170.自分の価値
ヴァレン様から体を離されてしばらくぼーっとしていたが、はっと正気に戻った。
外はまだ明るかったけど日が傾き始めていた。
「ヴァ、ヴァレン様、城に戻らなくては…」
あれだけの人数を待たせていることに今更ながら恐ろしくなって、ステラは青ざめながら言った。
「護衛のことは気にしなくていいよ。
でもレオにも怒られそうだし着替えようか。」
クスッと笑いながらまたステラの額に口付けを落とすと、手早く制服を着せてくれた。
ヴァレン様は自分で支度を整えようとされたが、王太子殿下にそんなことをさせるわけにはいかない。
侍従も侍女もいないので支度を手伝うが、慣れないので恥ずかしくなって赤面する。
「そんなに可愛いとまた襲いたくなるな。」
「な、なりません!」
赤面しながらおぼつかない手付きで軍服のボタンを留めるステラを抱き寄せて言われたので、慌てて残りのボタンを全て留めて顔を伏せた。
「で、できました……」
「ありがとう、ステラ。」
ステラの頭を優しい手付きでぽんぽんと撫でた後、ヴァレン様は防音結界と鍵を解除して外に声をかけた。
「城に戻る。」
「承知いたしました、王太子殿下。」
戦闘部隊長の声がして、部隊長のこんな側でとんでもないことをしていたことを改めて自覚して耳まで沸騰する。
ヴァレン様はそんなステラを見てまたクスクスと笑った。
「《清めよ》」
「あ、ありがとうございます。」
ステラにもさっと清浄魔法をかけてくれるが、赤面した顔を隠してくれるわけではない。
俯いて耳まで赤くしながら部屋を出て、顔を伏せたまま部隊長に敬礼をした。
「ご足労いただいた上にお待たせして申し訳ございませんでした、部隊長。」
「滅相もございません、王太子妃殿下。」
部隊長の怖いくらい優しい微笑みにまた沸騰すると、ヴァレン様に手を取られた。
「では、戻ろうか。」
「はい、ヴァレン様。」
階段を降りると、本当にもう来ることはないであろう特別寮を目に焼き付けるように振り返った。
この寮で過ごした一年間は人生の宝物だと思う。
またヴァレン様と来られたことが信じれなくて、急に涙が込み上げてきて慌てて目元を拭う。
「ここで泣くステラも懐かしいな。」
ヴァレン様は愛おしそうに目を細めてステラを見ると、ハンカチを差し出してくれた。
「す、すみません。またヴァレン様と来られてよかったです。」
「そんなにここが気に入っているのならいつでも来ればいいし、私もまた来るよ。」
「だ、だ、大丈夫です!」
もうこんなに注目を浴びるのは勘弁したいし、王太子殿下にわざわざご足労いただくなんてとんでもない。
ステラが慌てて首と手をブンブン振ると、ヴァレン様は肩を震わせて笑った。
特別寮を出ると、授業を終えて寮に戻る生徒の列と鉢合わせてしまった。
皆に頭を下げられるが、中には顔を赤らめたりニヤニヤしている者もいて、ステラは恥ずかしすぎて沸騰しそうになる顔色を変えないように必死に感情を抑えた。
ヴァレン様はステラの心を見透かしたようにクスクスと笑うと、急に道の真ん中で立ち止まり、顎をくいっと上げられて口付けをされた。
女子生徒から沸き上がる黄色い悲鳴と男子生徒からの歓声に今度こそ耳まで沸騰して、抜けそうな腰をヴァレン様に支えてもらいながら馬車に向かった。
◇◇◇
帰りはやはり魔術師の気配はなかった。
ヴァレン様と一緒に四頭立ての馬車に乗せてもらって、戦闘部隊長や大勢の騎士や魔術師達に警護してもらっているのが申し訳なくなっていると、ヴァレン様が優しくステラの頭を撫でてくれた。
「必要な護衛だから大丈夫。君を失ったらそれ以上に多くの命が失われることになるからね。」
ステラははっとして顔を上げる。
ヴァレン様の言葉の重さがずしっとのしかかったが、そう言うヴァレン様も心が重いだろうと思ってその瞳をじっと見つめて言った。
「ありがとうございます、ヴァレン様。
もっと安心していただけるように、帰ったら早速鍛えます。」
「そういうことではないんだけどね。」
ヴァレン様になぜか笑われたので、ステラもほっとして笑みが漏れた。
「城に帰ったらそのまま魔法伯のところに向かおう。君が受け取った物を分析してもらっているから。」
「承知しました。」
ステラはその後は護衛に対する申し訳なさについて考えるのはやめて、ぼーっと窓から外の景色を眺めた。
◇◇◇
馬車が王城に到着すると、王族と謁見するための応接室に案内された。
父が待っているのだろうと思ってステラは気を引き締める。
「王太子同妃両殿下のお成り。」
侍従の声で扉が開かれると、父が頭を下げて待っていた。
机の上には小包の中身であろう箱と一枚の紙が置かれていた。
戦闘部隊長も入室すると、父によって扉に鍵がかけられて防音結界が張られた。
「お待ちしておりました。」
父の怖いくらいの微笑みに、学院から帰ってくるのが遅くなった理由を知られているんだろうと思って目を逸らした。
「待たせたな、魔法伯。」
ヴァレン様も怖いくらい麗しい微笑みを浮かべて言う。
戦闘部隊長もいるのでステラは気まずすぎて冷や汗がたれてきたが、ヴァレン様に導かれるまま、父の正面に並んで腰かけた。
すると、父が表情を戻して言った。
「ステラ、何があったのかもう一度教えてくれ。」
「はい、師団長。」
ステラも姿勢を正して気持ちを引き締める。
「私は前回の晩餐会でホールに《敵に刻印する》魔術を隠密にかけておりました。」
その言葉にヴァレン様と部隊長がステラを見るのがわかったが、そのまま続けた。
父は片眼鏡越しにステラをじっと見つめている。
「馬車がまもなく学院に到着しようというときに《刻印》した敵の気配を感じたので馬車を止めさせました。
邪悪な魔法が使われそうになるのを察知したので、帝国の魔術師だろうとわかりました。
そのため、守ろうとする護衛を止めて私自身が対処しました。
敵からは殺気は感じず、使われた魔術も軽い呪いの類のものでした。
私と接触するのが目的だと考えたので、捕らえようとする近衛を制して、姿を現すように相手に言いました。
こちらの魔力を試された後、帝国の皇太子殿下の近衛魔術師の一人が姿を現し、小包を渡されました。
渡されるとすぐに《転移》されましたが、捕らえる必要はないと考えたので追わないように命じて学院に向かいました。
事の次第は以上です。」
ステラが話終えて父に敬礼をすると、ヴァレン様が横で息をついた。
「殺意はないとはいえ、私の妃を攻撃するとは理解できないな。」
「捕らえた方がよろしかったでしょうか。」
ステラがヴァレン様を見つめると、ヴァレン様は顔を歪めて言った。
「いや、ステラが正しいよ。
私がその場にいたら捕らえていたかもしれないが、面倒なことになるからね。」
「恐れ入ります、王太子殿下。」
捕らえなくてよかったと内心はほっとしていたが、父の前なので気を引き締める。
「これはお前が受け取った物の中身だ。
そっちの箱は特に魔法はかけられていなかったから開けていいよ。」
父がステラを見て言う。
ステラは触れたくなかったが、ヴァレン様がさっと手にとって箱を開けた。
中身はたくさんの宝石がきらめくブローチだった。
見るからに不相応な品物に、喉の奥からひっと声が漏れる。
ヴァレン様はブローチを苦々しげに見つめるとステラに聞いた。
「欲しい?」
敵とは言え「いらない」とは不敬すぎて言えないが、全く欲しくなかったのでブンブンと首を振って否定した。
「宝物庫で管理せよ。」
「承知しました、王太子殿下。」
ヴァレン様は父にそう言うと箱を置いた。
ステラは宝石が自分の手に渡ることにならなくてよかったと、肩の力が抜けた。




