169.思い出の場所※
※R15注意
午前中の授業を終えると、アリスと一緒に一ヶ月ぶりの食堂に向かった。
前回同様、ステラを見た一年生が慌てて頭を下げるのを見て、それすら懐かしく感じた。
今日のメニューはいつか食べたタンシチューだ。
恐れ多くも王族専用の食事の美味しさに慣れてきたが、それでも食堂のタンシチューは蕩けるほど美味しいので、ステラは一口を味わって食べては恍惚のため息をついた。
「あなたって本当に美味しそうに食べるわよね。」
「…よく言われるわ。でも本当に美味しいんだもの。」
同じ言葉を前回は帝国の皇太子殿下に言われたことを思い出して苦笑いしながら答えていると、なんだか体に馴染んだ魔力の気配を感じて入り口に目を向けた。
「どうしたの?」
「いえ、きっと気のせいだわ。」
学院で感じるはずのないその魔力の気配も、きっと懐かしいタンシチューのせいで感覚がおかしくなっているのだろうと思った。
すると、遠くから鎧がぶつかるような金属音が聞こえてきた。
食堂に集まっていた学生が皆訝しげに顔を上げる。
だんだん近づいてくる紛れもない鎧の音に食堂がざわつき始めた。
ステラも鎧の音と共に近づいてくる魔力に、まさか、と思って再び入り口に目を向けた。
アリスも訝しげに入り口を見つめている。
そんなことはあり得ないとわかっているけど、ステラはこの魔力を間違えるわけがない。
一旦魔力の気配に集中しようと杖を手にとって目を閉じるが、どう考えてもこの魔力はあの方の物だ。
鎧の音はすぐそこで響き渡っていて、同時に大勢の足音が聞こえてくる。
ステラが再び食堂の入り口に目を向けたそのとき、真っ白な軍服を着た、白銀の髪の麗しい御方が現れた。
その高貴な色を見て皆が咄嗟に顔を伏せるが、ステラは固まってしまって動けない。
目の前に座っているアリスは顔を伏せながらも、驚愕の表情を浮かべてステラを見つめている。
ステラもアリスを見つめたまま固まっていたが、はっとして再び目を上げるとその御方の濃い金色の瞳がステラの瞳を捉えた。
真っ白な生地に金色の装飾が施された軍服を纏った目に映すことすら恐れ多い御方が、ステラに向かってまっすぐ歩いてくる。
そして、椅子に座ったまま固まるステラに覆い被さるように抱き締めた。
「ステラ、無事でよかった。」
耳元で響くその声が信じられなくて、思わず呟いてしまう。
「ヴァレン様…?どうして……?」
ステラの声を聞いたヴァレン様はまたぎゅっと強く体を抱き締めた。
「魔法伯から聞いた。心配で君の顔を見ないと気が済まなくなったんだ。
ステラが無事でよかった。」
ヴァレン様の言葉で、すっかり忘れていた朝の接触のことを思い出してはっとした。
「ご、ご心配をお掛けして申し訳ありません。」
「ステラ、顔を見せて。」
ヴァレン様は体を離すとじっとステラを見つめた。
そこでようやく自分が座ったままで、王太子殿下を立たせていることに気付いて慌てふためく。
「お、王太子殿下、どうぞお掛けください。」
よろめきながら立ち上がり、食べかけのタンシチューを横にずらして椅子を引くと、ヴァレン様の後ろに控えていたレオナルドが堪えきれなかったように吹き出した。
レオナルドの姿を見てまたはっとして、ようやく食堂全体に目を向けた。
戦闘部隊長と戦闘部隊の魔術師が数名、そして鎧を纏ったたくさんの近衛騎士が壁沿いに控えていた。
学生達は皆怯えた表情で顔を伏せている。
今更ながら大変なことになっていることに気付いて、青ざめながら頭を下げた。
こんなことなら襲撃の後そのまま王城に戻っていればよかったのだ。
「王太子殿下。私のために尊いお時間を頂戴して遥々お成りいただき、申し訳ございません。」
「ステラ、顔を上げて。
私が勝手に来たんだから謝らないで。君の無事を確認できてよかった。」
ヴァレン様が優しくステラの頭を撫でてくれるが、ステラは恐れ多さに震えが止まらない。
青ざめながら震えるステラを見てヴァレン様がクスッと笑った。
「目立たせてしまったね。とりあえず出ようか。」
「は、はい、ヴァレン様…。」
ステラが食べかけの食事を片付けようとして、レオナルドに制される。
「王太子妃殿下、お気になさらず王太子殿下とごゆっくりお過ごしください。」
レオナルドの怖いくらいの微笑みに、ヴァレン様は相当無理を言って来てくれたのだと伝わってきた。
「ごめんなさい、レオ様…」
レオナルドにも申し訳なくなって目を伏せると、ヴァレン様がまたステラを抱き寄せて額に口づけた。
アリスにお別れをしていないことに気付いて振り返ると、少しだけ顔を上げて呆れたように微笑み、「またね」と口話してくれた。
ステラもうまく笑えなかったが微笑み返した。
そしてヴァレン様に腰を抱かれて、たくさんの護衛と共に食堂を出た。
◇◇◇
ヴァレン様はそのまま校舎の外に出ると、懐かしい道を進んだ。
「ヴァレン様、この道は…」
「寮に帰ろう。」
ステラはその言葉に目を瞠った。
やがて懐かしい建物が見えてくると、侍従が先に回って鍵を開けた。
一年間一緒に暮らしていた、ヴァレン様の特別寮だ。
いつでも来られるとは聞いていたけど、まさか本当にまたヴァレン様と来られる日がくるなんて思っていなかった。
学院にヴァレン様がいることの衝撃も忘れて涙が出そうになる。
魔法がかけられているようで、中は出ていった日のまま時が止まったかのように何も変わっていなかった。
ヴァレン様に腰を抱かれたまま懐かしい応接室に入ると、あっという間に唇を奪われた。
「んっ………ふ……ぁ……ヴァレン、さま……」
性急な口付けに、ここが学院なことも、外にたくさん人がいることも忘れて溶かされそうになる。
カウチにそっと押し倒されると唇を離されて強く抱き締められた。
「君を失ったらと思うと居ても立ってもいられなくなった。」
少し掠れた声に、ステラはまた朝のことを思い出して慌てて現実に戻ってくる。
「殺気はありませんでした。私と接触したかっただけのようなので大丈夫ですよ。
城に戻ればよかったのに、ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。」
抱き締められていて頭を下げられないが、ヴァレン様の不安を取り除きたくて背中を優しく撫でながら謝った。
「君が鍛えてくれていてよかったと心底思ったよ。」
体を離すと、ヴァレン様が困ったように
微笑んだのでステラも微笑み返した。
「ヴァレン様に安心していただけるように、もっと鍛えますね。」
ヴァレン様はステラの頭を優しく撫でると、そのまま横抱きにして抱えられた。
「殿下、なりません!」
王太子殿下となったヴァレン様に抱えられるのは三度目だが、本来はこんなことをさせてはいけない立場だ。
しかも今日はどこもかしこも元気だから抱えられる理由はない。
「部屋に行こう。」
ヴァレン様の声で応接室の扉が開かれると、扉の横で控えていた戦闘部隊長と目が合ってしまって耳まで沸騰する。
「で、殿下…自分で歩きます。お手を…」
「私がこうしたいんだから従って。」
そう言われると何も言えない。
部隊長と一緒に来ている戦闘部隊の魔術師達は何食わぬ顔で顔を伏せているが、今度会ったら絶対にからかわれるだろう。
恥ずかしすぎてヴァレン様の胸に顔を押し付けると、ヴァレン様はまた額に口付けを落として懐かしい部屋に向かって階段を上っていった。
ステラが使っていた部屋の扉が、先に回っていた近衛騎士によって開かれる。
やはり中は物がないだけで何も変わっていなかったので不思議な気持ちになりながらも、訓練で一緒になったこともある騎士にこのような姿を見られて赤面した。
ヴァレン様はステラをそっとベッドに下ろすと、あっという間に扉に魔法で扉に鍵をかけて防音結界を張った。
慣れた手付きでローブを脱がせられるが、皆が授業を受けている中でこんなことになっている背徳感で耳まで赤くなってしまう。
「ステラ、何を考えているの?」
「……は、恥ずかしいです、ヴァレン様…」
自分の頭の中の不純な考えを見透かされたようで恥ずかしすぎて手で顔を覆うと、ヴァレン様はクスッと笑って体を撫でた。
不純なステラはその動きだけでビクッと体が震えて、身を捩らせてしまう。
顔を覆っていた手をベッドに押さえつけられて唇を奪われると、その熱に溶かされるまではあっという間だった。
頭も体も全てヴァレン様で埋め尽くされて、学院で授業が行われていることも、戦闘部隊長がすぐ側にいることも何も気にならなくなった。
目の前の行為に夢中になり、全てを忘れて求め合った。




