168.接触
その後も数日間、ヴァレン様は王城内であってもステラの側を離れようとしなかった。
帝国の皇太子殿下が迎賓館に滞在している間は心配なのだろうと思って、ステラは出歩くのは諦めてヴァレン様の執務室で護衛をしながら学院の勉強をして過ごした。
ようやく皇太子殿下が迎賓館を発たれた翌日、ヴァレン様はまた一日執務室にこもられる予定だった。
ステラは何も予定がない今のうちに学院に行こうと思って、横で支度をするヴァレン様に声をかけた。
「ヴァレン様、本日は学院に行ってもよろしいでしょうか。」
「…いいよ。警戒は怠らないでくれ。」
「承知しました。ありがとうございます。」
ヴァレン様は一瞬逡巡するように目を細めたが、頷いてくれたのでステラは頭を下げた。
侍女が学院の制服を持ってきてくれたので、一ヶ月ぶりに身に纏い、《髪色を変える》魔道具の指輪も久しぶりに右手の中指に嵌めた。
緊張の続く日々だったので、やっと本来の自分を取り戻した気がしてほっと息をついていると、ヴァレン様に声をかけられる。
「指輪、わざわざするんだね。」
「はい、恐れ多いので。」
未だに白銀の髪の自分を見慣れなくて、姿見を見てぎょっとすることがあるのだ。
ステラが自信を持って言い切るとヴァレン様はクスクスと笑われたので、学院に行くことでご機嫌を崩されなくてよかったとまた胸を撫で下ろした。
◇◇◇
ヴァレン様が護衛を増やすと言っていた通り、送迎の道中の護衛として王国騎士と王国魔術師が十人ずつつけられた。
王家の馬車を囲む仰々しい隊列に民衆も興味津々な様子で、車窓からステラの姿を覗き込もうとして騒いでいる。
恥ずかしい気持ちと、貴重な戦力を自分に割いてしまって申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
ヴァレン様は気にするなとおっしゃるだろうが、これからは学院に通うのは最低限の頻度にしようと思った。
車窓の景色が学院に近づいてきたとき、ステラは微かに違和感を感じて車窓を見た。
建国祭の後の晩餐会で《刻印》した敵が近くにいる気がする。
窓から近衛騎士に合図を送ると、馬から降りて近づいてくれた。
「いかがなさいましたか、王太子妃殿下。」
「敵襲かもしれません。馬車を止めてください。」
ステラの言葉に驚いたような顔をしたが、すぐによく響く声で隊列に声をかけてくれた。
「止まれ。」
馬車が止まると、ステラは止めようとする近衛騎士を制して外に出た。
やはり《刻印》した敵の気配がする。
なんとなく感じる邪悪な魔力に、恐らく帝国の魔術師だろうと思う。
王国魔術師団の図書館で借りた本にかかれていた帝国の魔法はほとんどが呪いの類で、人の体を傷つけたり、自由を奪ったり、命を奪うものだった。
この国で邪悪な魔法として知られている魔法の元になったのが帝国の魔法なのだ。
そして、標的は自分だろうと察した。
殺気はないから、ステラに接触しようとして試しているのだろう。
自分がお目当ての王太子妃だとわかりやすく示すために、ステラは指輪を外した。
ステラの髪が白銀に染まると、周囲にいた民衆から歓声が沸いた。
「あの髪色は王家の巫女様だ!」
「王太子妃殿下ー!」
ステラは歓声には惑わされず、杖を取り出して敵の気配に集中する。
杖を構えるステラを見て近衛騎士が剣を抜き、王国魔術師が杖を構えたのでステラは命じた。
「控えよ!手出しをするでない!」
戦闘部隊仕込みのステラの声が響くと護衛の動きが止まり、民衆も驚いたように静まり返った。
敵が邪悪な魔力を自分に向けたのを感じて、ステラは隊列を覆うように無詠唱で防御結界を張る。
飛んできた帝国の魔法はステラの強力な防御結界に当たって霧散したが、万が一民衆に跳ね返ったら大変なことになる。
ステラは魔力の発信源に杖を向けてまた声を響かせた。
「そなたの狙いは私であろう。姿を見せるがよい。」
邪悪な魔力が探りを入れるようにステラに飛んできたので、ステラはそれを自分の魔力で打ち消した。
すると、建物の陰から黒いローブを来た魔術師が出てきた。
「よい。控えよ。」
近衛騎士が敵を捕らえようと足を踏み込んだのがわかったので、ステラは再び命じた。
帝国の魔術師を捕らえてしまっては国同士の問題に発展する。
この程度であればヴァレン様なら様子を見る気がしたので、ステラには捕らえる気はなかった。
黒いローブを来た魔術師は、ステラの前に歩いてきて跪くと、小包のようなものを差し出した。
帝国の紋章が押された蝋で封印してある。
「皇太子殿下より、王太子妃殿下への贈り物でございます。」
魔術師の言葉にステラは目を眇める。
邪悪な魔力は感じないので、近衛騎士に目で合図して受け取らせる。
「またお会いできる時を楽しみにしている、とおっしゃっていました。」
帝国の魔術師はそう言い残すと、ぼそっと何かを囁いてパッと姿を消した。
転移魔術でどこかへ飛んだのだろう。
護衛達が動揺しているのがわかったのでステラはまた声をかける。
「その包みは開けずに師団長に届けよ。
私はこのまま学院に向かう。敵は追うでない。」
ステラが馬車に戻るとまた民衆はざわめきだしたが、馬車はゆっくりと出発した。
王城に戻ろうか迷ったが、学院までもう僅かな距離なので学院にいる方が安全だと判断したのだ。
ステラは車窓を眺めながら、自分と護衛達の身に何もなかった幸運にほっと息をついた。
◇◇◇
学院に到着すると、何食わぬ顔を装って馬車を降りた。
内心は帝国から接触があったことや、あの小包はなんだろうと動揺していたが、王族が動揺してしまっては護衛も動揺するので心の内の感情は押し殺した。
馬車から降りるのにエスコートしてくれたヴァレン様付きの近衛騎士に声をかける。
「帰りの護衛は戦闘部隊長にご同行をお願いできますか。」
「承知しました、王太子妃殿下。」
恐らく帰りは接触はないだろうとは思いつつも、あの魔法に確実に対応できるのは父か部隊長だけだ。
こんな小娘が不相応だと思いつつも、自分は王太子妃なのだと言い聞かせてお願いしておいた。
馬車から降りると、近衛騎士が二人ついてきてくれた。
いつもは一人なので恐れ多くなるが、敵からの接触があった後なので何も言わずに、また何食わぬ顔をして教室に向かった。
「久しぶりだな!おはよう。」
教室に入るとクリスフォードが明るく声をかけてくれてなんだか気が抜けた。
「おはよう、クリス。声をかけてくれてありがとう。」
「王太子妃殿下にお礼を言われるなんて一生自慢するよ。」
いつも通りのクリスフォードにほっとして、ステラは微笑んだ。
「おはよう。いつ来られるのか心配していたのよ。」
「おはよう、アリス。建国祭までごたごたしていたの。」
また安心する声がして、ステラは笑顔で返した。
やはり学院に来ると歳も身分も相応の等身大の自分になれて安心する。
もっと通いたい気持ちはあるが、あれだけの人数が自分のために動くと思うとやはり最低限にしようと思って少し落ち込んだ。
この日は一時間目が魔法戦の授業だ。
先ほど戦ったばかりなのでなんともいえない気持ちになりながら、クラスメイトと一緒に練習場に向かった。




