167.標的
窓から差し込む日の光が眩しくて、ステラは大好きな甘い香りのする胸に顔を寄せた。
胸がぎゅーっとなるその香りに包まれた幸せでまた眠りの世界に落ちそうになる。
「おはよう、ステラ。可愛いけどまたレオに怒られるよ。」
頭上から麗しい声がしてはっと目を覚ます。
「お、おはようございます!ヴァレン様!」
慌てて飛び起きると、乱れた白銀の髪がかかった濃い金色の瞳とばっちり目が合った。
朝のヴァレン様は致死量の色気を放っていて何度見ても目の毒だ。
ステラが真っ赤になってベッドから飛び降りると、艶やかに笑われた。
昨夜はいつ寝たのかもわからないが外はすっかり日が昇っていて青ざめる。
「ね、寝過ぎました…申し訳ございません…。」
「私が疲れさせてしまったし謝らないで。」
その言葉に今度はぼぼっと赤面する。
朝から忙しく動くステラの心臓にまたヴァレン様はクスクスと笑うと、侍女を呼んでくれた。
◇◇◇
レオナルドは既に執務室に入っているようだが、見慣れない侍女が部屋の前で待っていた。
「王太子妃殿下、王国魔術師団長様が魔術師団の本部でお待ちです。」
ステラはその言葉に青ざめた。
いつから待たせていたのかわからないが、師団長を待たせるなど王国魔術師としてあるまじき行為だ。
行ってもいいかと許可を得るためにヴァレン様を見上げると、ヴァレン様が侍女に言った。
「私も行くと伝えよ。」
「承知いたしました、王太子殿下。」
ステラは今度は驚いて目を丸くするが、ヴァレン様はそのまま執務室の中に入ってしまったので慌ててついていく。
中ではレオナルドが既に執務を始めていて、冷ややかな目で挨拶した。
「ご機嫌麗しゅうございます、王太子殿下。
おはよう、ステラ。」
「お、おはよう、レオ様。」
そう言うレオナルドのご機嫌は全く麗しくなさそうだが、ヴァレン様は気にしない様子で言った。
「おはよう、レオ。ステラが魔法伯に呼ばれた。私も話があるから今から魔術師団に行ってくる。」
「さようでございますか。承知いたしました。」
ステラは王太子殿下がわざわざ本部に行かなくても…とおろおろするが、レオナルドも気にした様子はなく、普通に返事をした。
そのまま腰を抱かれて、ヴァレン様と一緒に王国魔術師団の本部に向かった。
◇◇◇
本部に着くと、突然現れた王太子殿下に魔術師達が慌てた様子で臣下の礼をとって頭を下げた。
ステラは腰を抱かれたままなので副部隊長としての面目がなくて恥ずかしいが、父を待たせてしまっているので気を引き締めて師団長室に向かった。
ステラが扉をノックする。
「王太子殿下のお成りです。」
すぐに扉が開かれて、父が臣下の礼をとって頭を下げた。
ヴァレン様に続いてステラも入り、父に敬礼して頭を下げる。
「師団長、お待たせして申し訳ありません。」
「滅相もございません、王太子妃殿下。」
父はステラに怖いくらいの微笑みを向けた後、ヴァレン様を睨み付けた。
遅れた理由を見透かされている気がしてステラは顔を赤くしないように必死に耐えたが、ヴァレン様は気にする様子はなかった。
ステラが応接用の椅子を引いてそこにヴァレン様が腰かけると父に向かって言った。
「魔法伯、先に話を済ませるがよい。」
「恐れ入ります、王太子殿下。」
父は睨み付けるのをやめて、恭しく頭を下げた。
そして普段通りの表情に戻ってステラに向き直った。
「お前は帝国の魔法を知らないんだな?」
「はい、師団長。勉強不足で申し訳ありません。」
ステラの魔法の知識はほとんどが父の書斎で得たものだ。
父もわかっていたのか頷いた。
「いや、禁書に指定されている物が多いからあの部屋には置いていなかったんだ。
団の図書館にはあるからこの後にでも立ち寄るといい。」
「承知しました。師団長。」
禁書になるような魔法が普通に使われる帝国のことが心底恐ろしくなったが、ヴァレン様をお守りするためには必要な知識だと思ったので頷いた。
「それから訓練だが、私の時間があるときはその指輪に呼び掛ける。行けるときだけ魔力を込めてくれ。」
「承知しました。ありがとうございます。」
ステラが敬礼すると、父はヴァレン様に向き直って頭を下げた。
「お待たせしました、王太子殿下。私の話は以上でございます。」
ヴァレン様は頷くと、父にも腰かけるように目で促した。
ステラはヴァレン様の後ろに控えようとして、手を引かれて横に座らされた。
「魔法伯、防音結界を頼む。」
「承知しました。」
ヴァレン様の言葉で、王太子妃として座らせたのだと気付いた。
父がさっと防音結界を張ると、ヴァレン様は父に真剣な眼差しを向けて言った。
「ステラが、帝国の皇太子に狙われている。」
父は僅かに目を瞠るが、すぐに表情を戻した。
「『王家の巫女』の魔力をご所望なのでしょうか。」
「いや、そうではない。魔力というよりもステラ自身を欲しているように見えた。」
父はヴァレン様の言葉に眉をひそめた。
「…確かに私の自慢の娘ですが、さようなことがありましょうか。」
「お父様。」
王太子殿下の前で無礼だと思い、ステラは焦って父を止めるがヴァレン様は気にせずに続けた。
「ステラには王族を惹き付ける力があるのだろう。私や母上や兄上だけでなく、帝国の皇太子にまで気に入られるのだから。」
「そ、そ、そんな…」
ステラは恐れ多すぎて真っ青になり、父も信じられないという表情を隠さずに片眼鏡越しにヴァレン様を見た。
「私の前ではっきりと言われたよ。ステラを掴みに行くと。」
父は驚愕の表情を浮かべて戦き、椅子からガタッと音がした。
ステラも思い出すと目眩がしてきて手で顔を押さえた。
「…王太子殿下の前で妃殿下を奪うと宣言するなど、理解できません。」
「国を奪おうとするくらいだから妃を奪うことも何とも思わないのだろうな。」
父が呆然としたように呟くと、ヴァレン様はステラにも言ったことを平然と言った。
「とにかく、ステラの身が危険だ。王城の外に出る時は護衛を増やすが、そなたも帝国の動きを注視してくれ。」
「承知しました、王太子殿下。」
父は命令するヴァレン様をじっと見つめると、表情を戻して頭を下げた。
師団長室を出ると、ステラはとても信じられなくてヴァレン様に聞いた。
「ヴァレン様、そんなわけがありません。あれは…」
「あれはステラを奪いに行くと宣言したんだよ。」
ステラの目を見て言い切るヴァレン様に、言葉が続かなくて俯くしかなかった。
政治にも社交にも疎いステラよりもヴァレン様の言うことの方がきっと正しい。
「君も警戒してくれ。自分の身は自分で守れるんだろう?」
「はい、王太子殿下。警戒を怠らないようにします。」
ステラは臣下の礼をとって頭を下げた。
その後、恐れ多くも王国魔術師団の図書館にも付き合っていただき、帝国に関する本を何冊か借りた。
ヴァレン様は帝国の魔法についてもご存知のようで、最初は複雑そうな顔をしていたが、読むべき本を渋々教えてくれた。




