165.晩餐会
さすがに国賓が参加してご自身が主催する晩餐会は無視できなかったのか、ヴァレン様は約束通り一回で解放してくれた。
ステラは緊張が続いた上に連日襲われてヨレヨレだったが、湯殿に連行されて侍女に磨き直されると輝きを取り戻した。
式典のときよりも濃くぱっちりと化粧されたので、我ながら学生には見えないと思う。
首筋の跡は薄れていた上に念入りに隠されたので、髪も上げることが出来てほっとした。
今日のドレスは白銀の生地に金色の豪華な刺繍が散りばめられていて、普段よりも落ち着いたシルエットだった。
白銀の髪でそのドレスを纏うと全身をヴァレン様の色に染められたかのように見えて、勝手に赤面する。
最後にあの恐れ多いティアラとネックレスを身に纏うと、まるで自分が国賓かのようなピカピカの輝きを放っていて直視できなかった。
儀仗を持つと、ピカピカに輝いた自分と豪華な輝きを放つ儀仗のルビーと金の装飾が妙にしっくりきた。
そんなことを思った自分の不相応さに恐ろしくなって勝手に青くなった。
侍女に案内されてヴァレン様が待つ控え室に到着した。
「王太子妃殿下をお連れしました。」
「通せ。」
胸に響く声がして、先ほどまでの甘いヴァレン様とのギャップに思わず胸がときめいてしまって慌てて感情を押し殺す。
「顔を上げて。」
入室をすると、甘いヴァレン様の声がしてほっとして顔を上げる。
先ほどまでの白い軍服ではなく、勲章のついたサッシュを提げて黒い燕尾服を完璧に着こなしている姿に胸を射貫かれた。
一人で赤くなっていると、ヴァレン様がつかつかと静かに歩いてきて、優しくステラを抱き締めた。
「私の色を纏った君はたまらなく美しい。」
先ほどの余韻の残る色香の滲んだ少し掠れた声で耳元で囁かれて、ステラは耳元まで沸騰した。
「これほど美しいと隠しておきたくなるな。」
そのまま胸元の宝石に口付けられると、色気に当てられて倒れそうになる。
「ヴァ、ヴァレン様…た、倒れそうなので参りましょう……」
せっかく磨かれたのにヴァレン様の色気でヨレヨレになってはいけない。
ステラが足に力を込めると、背中をつーっと妖しくなぞられた。
「倒れてくれたら行かなくて済むからそうしようかな。」
「な、な、なりません!!」
絶対に行かなければならないので慌てて儀仗を構えると、ヴァレン様はクスクスと笑いながら体を離した。
「ステラを怒らせたら怖いからね。行こうか。」
「はい。ヴァレン様。」
これ以上色気に当てられては決意も揺らいでしまいそうだったので、ヴァレン様の気が変わらないうちにホールへと急いだ。
◇◇◇
ホールが近づくと、ステラは自分の魔力を圧縮してヴァレン様にも纏わせた。
「本当にすごい魔力だな。」
「ご不快な念を抱かせてしまい申し訳ございません。」
「いや、ステラに包まれているみたいで心地いいよ。」
「なっ……」
並の魔法使いなら触れるだけで卒倒しそうなこの魔力を纏って心地がいいというヴァレン様がすごいと思う。
でもそんな感覚を持たれていると思うと恥ずかしさが勝って何も言えなくなり、顔を真っ赤にして俯いた。
ヴァレン様はステラの反応がわかっていたようにクスクスと笑われた。
「王太子同妃両殿下のお成り。」
侍従の声がして扉が開かれた瞬間、ステラは儀仗に微かに魔力を込めて心の中で詠唱した。
(《敵を刻印せし力を覆い隠せ》)
敵を《刻印》する魔術に隠密魔法を足したものだ。
これでこの空間にいるヴァレン様の敵になり得る魔術師を隠密に《刻印》することができた。
隣にいるヴァレン様はステラが儀仗に魔力を込めたことに気づいたのかちらっとステラに視線を向けたが、他の魔術師には気付かれなかったようでほっとした。
ヴァレン様のエスコートでホールに入ると、いつもと違って白いクロスが張られたテーブルがいくつも並べられていて、晩餐会の仕様になっていた。
他国の高貴な賓客達が皆立ち上がって頭を下げているので居心地が悪いが、顔には出さずにヴァレン様のエスコートに従って正面の席に向かった。
主賓は帝国の皇太子殿下なのでヴァレン様とステラの間に皇太子殿下の席が設けられていた。
ヴァレン様からとんでもない推測を聞いてしまったので気まずくなるが、すぐ後ろに帝国の魔術師が控えているのでステラは気持ちを切り替えてヴァレン様の護衛に集中することにした。
その後国王陛下と第一王妃陛下も入場されて、国王陛下のお言葉で晩餐会が始まった。
ヴァレン様を守ることに集中しようと思いながらも、目の前の美味しそうに輝く料理に目を奪われる。
スープを一口掬って口に運ぶと、普段の美味しすぎる王族専用の料理を更に磨き上げたとてつもなく美味しい料理に衝撃を受けた。
(そ、素材が喜びに震えているわ…!料理長こそ神の使いよ…!絶対に逃していけない才能だわ!)
いつもの食事もそうらしいから、今回もきっと国産の材料が使われているだろう。
この国の畑で作られた野菜がこんなに美味しくなるのかと思うと、領地で誰もいない早朝の畑に魔法でこっそり水やりをしていた日々が報われる気がして感涙しそうになる。
「この国の料理は大変美味しいものばかりですが、貴方は本当に美味しそうにお食べになるのですね。」
横から帝国の皇太子殿下に声をかけられた。
気を抜いていたわけではないが、ステラにとっての敵から声をかけられるとは思わなかったので驚愕が顔に出そうになって慌てて感情を押し殺す。
「お目汚しを申し訳ございません。
皇太子殿下も我が国が誇る素晴らしい食材をお楽しみいただけますと幸いに存じます。」
そう言って微笑むと、皇太子殿下の黒い瞳とばっちり目が合って微笑み返された。
奥に座るヴァレン様は微笑みを浮かべながらステラのやり取りを見ていたが、表情に似つかわしくない不機嫌なオーラを感じたのでステラは料理を味わうのは諦めて護衛に集中することを決めた。
「とんでもない。王太子妃殿下の麗しさに思わず目を奪われてしまいました。
昼間の魔法も素晴らしいものでした。」
「身に余るお言葉を賜り恐れ入ります、皇太子殿下。恐れながら私ではなく王太子殿下のお力にございます。」
尚も話しかけられるのでどうしようとヴァレン様を見ると、麗しい微笑みの奥に不機嫌さを隠さずに言った。
「私の大切な妃をお気に召していただき光栄に存じます、皇太子殿下。どうぞごゆるりとお楽しみください。」
「王太子殿下、お気遣いいただき感謝します。」
高貴なお二人が微笑みの裏で睨み合っているように見えてステラは内心震えたが、それよりも皇太子殿下の背後の魔術師の気配が気になっていた。
先ほどから邪悪な魔法の魔力を感じるのだ。
このような場で手を出されることはないだろうと思いつつ、その穢らわしい魔力の欠片すらヴァレン様の高貴な御体に触れて欲しくない。
ステラはヴァレン様に無詠唱で防御魔術を施して、自分に纏わせる魔力の質量を高めて警戒を強めた。
その後も皇太子殿下から話しかけられてはヴァレン様に繋いで睨んでもらう役目を全うしていると、宴も終盤に差し掛かった。
そろそろ退出して別室で個別に賓客達と交流することになっている。
ヴァレン様にタイミングを確認しようとしたとき、皇太子殿下の近衛魔術師から邪悪な魔力が発されてヴァレン様に纏わりつこうとしているのを察知した。
ステラは微笑みは顔に張り付けたまま絶やさなかったが、心の中では敵を抹殺したい気持ちを抑えきれなかった。
怒りを込めて自分の魔力を相手の魔術師にぶつけるように一瞬解放すると、相手の魔術師の魔力ごと邪悪な魔力も押し退けられた。
ヴァレン様がステラの魔力に気付いて、微笑みながらも鋭い目線をステラに送った。
ステラも微笑みながらその目を見て頷くと、ヴァレン様が皇太子殿下に声をかけた。
「それでは、私達は先に失礼いたします。また後程お話ししましょう。ごゆるりとお楽しみください。」
「楽しい宴の席をありがとうございました、王太子殿下。また後程お会いしましょう。」
ヴァレン様が立ち上がると皇太子殿下も立ち上がってヴァレン様に頭を下げた。
それを見た会場の賓客達も立ち上がって頭を下げる。
ステラは微笑みと警戒を絶やさないまま、ヴァレン様にエスコートしてもらってホールを退出した。




