162.他国の魔術師
執務室を出る時間が近づいて、ステラは頭の中を近衛魔術師としての自分に切り替えた。
今日の挨拶でも、貴賓の警護で来ている他国の魔術師と顔を会わせることになる。
父と戦闘部隊長からは、他国の魔術師は王国魔術師とは根本的に考え方が違うことを再度叩き込まれていた。
命令されれば人を殺したり呪ったりするのも、王族に攻撃を加えるのも厭わないという他国の魔術師に、ステラはヴァレン様には魔力の欠片も触れさせないと決意を固めていた。
ステラは儀仗を握って、自分が纏う魔力を変化させた。
いつものぼやっと体を包み込む魔力ではなく、魔力自体は解放してそれをぎゅっと自分に纏わりつかせるように圧縮する。
「ステラ、すごい魔力だ…。」
「本来の魔力を圧縮させているんです。必要ならば瞬時に解放してヴァレン様をお守りします。」
レオナルドがじっとステラを見つめるので表情を変えずに説明した。
「…本当にステラが味方でよかったよ。」
「他国の者に手出しなどさせませんのでご安心下さい。」
ヴァレン様も目を丸くしながら呟いたので、今度は安心して欲しくて微笑んだ。
並みの魔法使いならこの状態のステラに触れるだけで失神してしまいそうだが、ヴァレン様はつかつかと歩いてくると魔力をもろともせずステラをぎゅっと抱き締めた。
「無理はしないで。私の側から離れないでくれ。」
「大丈夫です。ヴァレン様のお隣でお守りします。」
ヴァレン様の不安そうな声色を聞いて、ステラは優しく魔力を込めてその背中を撫でた。
レオナルドは今度は何も言わず、静かに見守ってくれた。
◇◇◇
ヴァレン様のエスコートで「謁見の間」に向かう。
「王太子同妃両殿下のお成り。」
入室すると、自分の魔力をヴァレン様にも纏わせるように広げた。
ヴァレン様と目が合って、また「無理はするな」というような視線を送られたので、静かに笑みを返した。
今日は貴族達はおらず、カーペットの両側には王国騎士と王国魔術師達が並んでいた。
いつもは国王陛下が座られている玉座はなく、祭壇の上には椅子が二脚並べられていた。
あそこに自分が座って他国の貴賓を迎えるのかと思うと素のステラは意識が遠退きそうになったが、王国魔術師としてのステラが腑抜けるなと自分を叱咤した。
ヴァレン様と共に椅子に腰掛けると、早速賓客がやってきたようで侍従から声がかかる。
「ベルグ公国の公太子殿下のお成り。」
ヴァレン様が立ち上がったのでステラも従う。
ベルグ公国は隣国の一つの小さな国で、ここ百年大きな戦争は起きておらず、比較的関係が安定しているらしい。
公太子殿下が入室すると、後に続いて近衛騎士と近衛魔術師と思われる者も入室した。
魔術師と思われる者からは強い魔力を感じたが、ローブではなく軍服を纏っていたので本当に国によって様々なのだと実感した。
「王太子殿下の立太子とご成婚を心よりお祝い申し上げます。
貴国の安泰を心よりお祈り申し上げます。」
同じく軍服を纏った公太子殿下が頭を下げた。
「公太子殿下、遥々お越しいただき感謝します。明日の宴が我が国との親交を深める場になることを願っています。どくぞごゆるりとお楽しみください。」
ヴァレン様が朗々とした声で言う。
横に立つステラは内心は恐れ多すぎて逃げ出したい感情を殺して、微笑みを浮かべながら足を引いて一礼した。
その後も賓客達が続々と挨拶に来たので、ステラは魔術師を観察しながらひたすら微笑んで頭を下げた。
できれば一言も発したくなかったが、時々ステラにもお祝いの言葉をかけられるので逃げ出したい気持ちを抑えて対応した。
そして、警戒すべき相手がやってくるのがわかった。
強大な魔力を感じたからだ。
ステラは儀仗に魔力を込めて無詠唱でヴァレン様に防御魔術をかける。
これだけ騎士と魔術師がいる中で手を出されるとは思わなかったが、レオナルドが警戒しろと熱弁していたので念には念をいれておいたのだ。
しばらくして、侍従の声が響いた。
「オルキデ帝国の皇太子殿下のお成り。」
入室してきた帝国の皇太子殿下は黒髪に黒い瞳で軍人のような体格をしており、国王陛下やヴァレン様のように人を従わせる威圧感が滲み出ていた。
ヴァレン様よりも少し歳上で、第一王子殿下と同じ年頃に見える。
沢山の勲章が輝く黒い軍服に黒いマントを羽織っていて、他の王族方と同じように麗しいお顔は何の感情も感じさせない冷たい表情をしていて近寄りがたそうな雰囲気があるが、元々近寄りたくないのでステラにはあまり関係なかった。
皇太子殿下に続いて、魔術師が数人入ってきた。
全員黒いローブを着ていて、魔力を隠す気もないのか膨大な魔力をひけらかすように解放していた。
ステラはヴァレン様にその魔力が当たらないように、自分の魔力を再度隙なく纏わせた。
「王太子殿下の立太子とご成婚を慶んでお祝いいたします。我が国との親交が益々深まることを心より望んでおります。
王国の末長い安泰を心よりお祈り申し上げます。」
帝国の皇太子殿下がヴァレン様に頭を下げる。
魔術師達は頭は下げず、じっとステラを観察しているのがわかった。
「皇太子殿下、遥々お越しいただき感謝します。明日の宴が我が国との親交を深める場になることを願っています。どくぞごゆるりとお楽しみください。」
ヴァレン様が先ほどと同じように朗々と返す。
ステラも微笑みを浮かべて足を引いてさっと頭を下げたが、魔術師達からは目をそらさず、魔力の質量を高めて警戒を強めた。
ステラと魔術師達が牽制し合っていると、皇太子殿下がステラに声をかけた。
ステラは魔術師を見ていたので皇太子殿下の表情はわからなかったが、その声には僅かに親しみが込められているのを感じた。
「王太子妃殿下、お初にお目にかかります。ご成婚を心よりお祝い申し上げます。」
「温かいお言葉をいただきありがとうございます。長旅でお疲れでしょう。どうぞごゆるりとおくつろぎください。」
ステラはまたさっと頭を下げて会話を終了させたかったが、尚も話しかけられた。
「噂にはかねがね聞いておりましたが、実に麗しくていらっしゃる。それに王太子殿下の近衛魔術師をなさっていて魔法の才にも秀でていらっしゃるとお聞きしました。
神は貴国に祝福としてあなたをお与えになったのですね。
建国祭でのあなたの魔法を楽しみにしております。」
「身に余るお言葉をいただきありがとうございます。皇太子殿下。」
これで何度目か忘れたが早く会話を終わらせたくて再び頭を下げると、魔術師の一人が解放していた魔力が、ステラの魔力にねっとりと絡み付いてくるのを感じた。
ステラは微笑んだまま顔を上げて、自分の魔力の密度を高めてその魔力を打ち消した。
ヴァレン様はステラの魔力のやり取りに気付いたのか、ぐっと腰を掴んで自分に引き寄せた。
「皇太子殿下のおっしゃる通り、神が私に与えてくださった大切な妃でございます。私が添い遂げるまで、末長いお付き合いをお願いいたします。」
ステラはその言葉に驚愕して思わずヴァレン様を見上げてしまう。
ヴァレン様は微笑みながらも真剣な瞳で帝国の皇太子殿下を見つめていた。
「こちらこそ、末長いお付き合いをお願い申し上げます。」
皇太子殿下はそう言って頭を下げると、魔術師達と共に退室した。
その後も何組かの賓客に挨拶して、疲れ果てて恐れ多さすら抱かなくなった頃にやっと「謁見の間」を出ることができた。




