159.王国魔術師団長
近衛との合同訓練を終えてから数日後、ステラは父に第一訓練場に呼び出された。
また一人で訓練場で待っていると、今日は父が一人でやってきた。
誰も見ていないが、けじめはつけたいのでステラは敬礼で迎えた。
「王太子殿下に伝えたそうだな。」
「はい、師団長。」
ステラが戦場に行きたいという話と師団長になりたいという話のことだろう。
王城の情報の早さと正確さに内心は驚くが、顔には出さずに頷いた。
「これからお前に私の全てを叩き込む。」
ステラは父の言葉に感情を隠しきれなくなって目を瞠った。
本当に後継として考えてくれているということなのだろうか、という喜びと驚きを隠せなかった。
「お前がここまで昇ってこられるように鍛えるから、覚悟しろ。」
「はい。覚悟は決まっております、師団長。」
ステラは再び敬礼して父をまっすぐ見つめた。
「今日は魔法戦を行う。先に杖を手放した方が負けだ。私を殺す気で来い。」
「承知しました。よろしくお願いいたします。」
内心は父と魔法戦をできることが嬉しいが、気を抜いては腑抜けだ。
また感情を押し殺して父に頭を下げた。
訓練場の端と端で父と向き合う。
父が魔法戦をするところは、ステラの知り合いでは戦闘部隊長以外見たことがないらしい。
かつては父も戦闘部隊長として天覧試合で戦ったらしいが、ステラが生まれた頃には既に師団長になっていたから、ステラがよく話すような若手から中堅の魔術師達は誰も父の魔法戦を知らないのだ。
何も情報がないが、正直父に勝てる気はしなかった。
でも気持ちだけは負けないように魔力を全て解放する。
訓練場どころか、広い王城内をステラの魔力が満たすのがわかった。
だが、父も魔力を解放するとステラの魔力は退けられて、訓練場を鋼が燃えるような密度の濃い父の魔力が包み込んだ。
魔力を押し退けられたことなど人生で初めてだった。
それだけで怖じ気づきそうだったが、気持ちで負けてはだめだと杖を強く握る。
父を取り囲むように無詠唱で遠隔の攻撃魔法を仕込み、自分に防御魔術を施した。
「それでは、始め。」
父の声が響くと同時に、父の魔力と気配がふっと消えた。
隠密魔法だろうと思い、ステラは《敵を現す》魔術を乗せて再び魔力を解放する。
すると、魔術が反応するよりも早くゴーっと地鳴りがして地面が揺れ始めた。
魔力を込めて鎮めようと思ったが、父のあの圧倒的な魔力を目にした以上、地上にいては危険だと思い、ステラは上空に逃げた。
「《転移せよ》」
上空に張った結界から下を見下ろすと、訓練場の地面全体が地割れて深い穴がいくつも空き、元の景色は跡形もなくなっていた。
父の姿がどこにも見えず、気配すらないことを不気味に感じつつ、また《敵を現す》魔術を乗せて魔力を解放して父の気配を探る。
すると、ステラよりももっと上空から強い魔力を感じたので防御結界を展開する。
「《訪れし災厄を打ち払い、我を護れ》」
強烈な雷がステラに乱れ打つように降り注ぎ、結界がひび割れていった。
防御結界が破られたら消し炭になってしまう。
「《転移せよ》」
身の危険を感じたステラは訓練場の二階部分にある貴賓席を背に結界を張って再び《転移》した。
深穴が空いている地上に降り立つのは危険だし、地面を直している場合ではない。
上空戦しかないと覚悟を決めてまた上空を見上げた。
そのとき、突然左胸に強い魔力が押し付けられるのを感じた。
はっと正面を見ると父がステラの真正面に浮くように立っていて、魔力を込めてステラの心臓に杖を突きつけていた。
ステラは瞬時に杖から手を離す。
ステラの杖が地上に落ちる音がして、父の杖が胸元から離された。
何の気配もしなかった。
目の前に現れるその瞬間まで、《転移》するために魔力が込められる気配も、父の気配も何もなかった。
ステラは呆然と父を見つめる。
「お前の実力はこんなものか。」
父の冷たい表情に、悔しくて涙が溢れそうになるのをぐっと堪える。
ステラは結界の上に跪いて頭を下げた。
完敗だ。
どうすればいいのか何もわからない。
不甲斐なさにただ跪いて頭を下げることしかできなかった。
「顔を上げろ。」
ステラが顔を上げると、いつの間にか地面は元通りに直されていて、その手には地面に落ちたはずのステラの杖が握られていた。
ステラはまた呆然と父を見つめる。
「お前がこの地位に就きたければ、私に勝て。
私に跪くような腑抜けに団を託すことはできない。」
「…はい、師団長。」
父がかつてないほど遠い存在に感じた。
どうすればその境地に辿り着けるのか、さっぱりわからない。
なぜ気配もなく《転移》できたのか、その方法も父への勝ち方もさっぱりわからない。
ステラはまた父に頭を下げた。
「師団長、どうか未熟な私を導いてください。どうかお力を貸してください。」
腑抜けでもなんでもいい。
父の境地に辿り着けるのならば、今すぐ土下座してすがりつきたいくらい、その教えを乞いたかった。
しばらく沈黙が流れ、やがてふっと空気が緩んだ。
「まぁ父様の娘だからな。見込みはある。鍛えてやるからついて来い。」
「…はい!師団長!」
いつも通りの父の笑みにステラは気が抜けそうになるが、これ以上腑抜けたところは見せられないのでさっと立ち上がってピシッと敬礼した。
父の背中はとてつもなく遠いけど、父が導いてくれるのならどんなにきつくてもついていこうと決意した。
その後は父に魔法戦の解説をしてもらいながら、魔法を教えてもらった。
父はやはり隠密魔法をかけて気配と魔力を消していた。
そして、《転移》するための結界や、転移魔術自体にも隠密魔法をかけて魔力を消していたらしい。
隠密魔法も結界魔法も転移魔術も、全てを無詠唱で行われたから何一つ気配がなかったのだ。
転移魔術を無詠唱で行うことも、魔法や魔術と隠密魔法を同時にかけることができることも思ってもみなかったので、父の発想と技術に驚愕した。
同時に、魔法と魔法を組み合わせたり、どんな魔術でも無詠唱で行えるのならば無限の可能性が広がることに気付いて、目の前の道が開けた気がした。
また、ステラは魔力の制御が荒いことも指摘された。
膨大な魔力をただ広げるのではなく、必要な範囲に圧縮することで、それだけで自分の魔力の痕跡を残せる。
そうすれば地上であれば結界を張らずとも《転移》できると聞いて、目が飛び出そうなほど驚いた。
魔法を習い始めたばかりの頃のように驚きと喜びに満ちた時間に、ステラは途中からは感情を抑えきれなくなって目を輝かせて父の話を聞いた。
日が傾き始めた頃、父は夕陽を背景にステラに言った。
「これからも私がお前に訓練をつける。どんな相手でも諦めなければ必ず勝てる。
どんな状況でも諦めるな。わかったな?」
「はい、師団長。」
父の言葉はこの訓練よりももっと大きなことを指しているのだろう。
父の背で輝く夕陽を見て、この一年半の間に自分の身に起きたことを思い出して気を引き締めた。
いつの日か絶対に父に勝って師団長になる。
そして、父のような力を手に入れて、ヴァレン様とこの国を守り抜く。
心の中で夕陽に誓って、不機嫌な主君が待つ王城へと帰った。




