158.望む地位
《体の自由を奪う》呪いと《王族の敵を捕らえる》魔術を解除するが、半数の騎士と魔術師達は蹲って苦痛に顔を歪めていた。落馬したのだから当然だろう。
それを見て、ステラは思い付いてその場でさっと跪いた。
ステラの側の騎士達がぎょっとして止めようとする。
「控えよ。」
ステラの一言で騎士の動きが止まったのを見て、ステラは右手の中指の指輪を外して手を組んで祈った。
(私の攻撃で傷ついた体が癒えますように。)
祈りに魔力を乗せると、ステラの足元に金色の魔方陣が輝き、そこから波のようにステラの魔力が広がっていく。
蹲る騎士と魔術師達に波が打ち寄せると、呆気にとられたようにステラを見て、皆が慌てた様子で跪いて頭を下げた。
ステラはそれを見て魔法の効果を確信したので立ち上がった。
王家の書庫で見つけた本に書かれていた巫女の魔法の一つ、《癒し》の魔法だ。
《治癒》の魔法ほど効果は高くないが祈りが届く範囲なら複数人をまとめて治療できる。
傷はそれほど癒えないが、痛みはとれるらしい。
かつての「王家の巫女」が戦場で使っていたらしいので使ってみたのだ。
指輪をはめ直していると、離れたところで見ていた近衛部隊長が馬で駆け寄ってきてさっと跪き、臣下の礼をとって頭を下げた。
「尊き祈りで我が部下をお救いいただき、感謝の念に堪えません。王家の巫女様。」
「顔を上げてください。立場は気にするなと言ったはずです。」
ステラが言うと近衛部隊長は今度はさっと立ち上がってステラを見つめた。
「戦闘副部隊長、噂には聞いていたが、その実力には感服する。」
「恐れ入ります、近衛部隊長。」
命令を忠実に守ってくれたことにほっとしながら敬礼して、今度はステラが頭をさっと下げる。
「大切な近衛を危険に晒してしまい、申し訳ございませんでした。」
ステラが顔を上げると、近衛部隊長は微笑んで言った。
「あの程度、たいした怪我ではない。君が《癒し》てくれたのだし、気にするな。」
「恐れ入ります、部隊長。」
ステラは再び敬礼して頭を下げた。
倒れ込んでいた騎士と魔術師も馬に乗って戻ってきたのでステラは駆け寄って声をかける。
「お怪我は大丈夫ですか?」
「王家の巫女様、尊き魔法をお使いいただきありがとうございます。こちらは大事ありません。」
「立場は気にしないでください。危険に晒してしまい、申し訳ございませんでした。」
近衛騎士はステラに謝られて顔が青ざめているので頭を下げるのはやめておいたが、無事でよかったと息をついた。
魔術師達はステラを恨みがましい目で見ていたので、大丈夫だと思ってそのままにしておいた。
再び近衛部隊長のところに戻ると、ステラをじっと見つめた。
「誠に戦場に出られるおつもりなのですか。」
王太子妃としてのステラに聞いているのだろう。
ステラもその目を射貫くつもりでじっと見つめ返した。
「当然その覚悟です。師団長と戦闘部隊長には既にご承知いただいております。」
「…国王陛下には私からお話しします。王太子殿下には、ご自身でお話いただけますか。」
近衛部隊長は逡巡するように一瞬悩ましい表情を浮かべたが、すぐに顔を戻して言った。
「勿論です。お気遣いいただきありがとうございます。」
ヴァレン様を説得するのは骨が折れそうだと苦笑いを浮かべながら言うと、近衛部隊長も察したようで微笑んでくれた。
◇◇◇
その後も訓練をして、日が暮れてから執務室に戻った。
「王太子妃殿下がお見えです。」
「…通せ。」
今日の訓練の話は既に伝わっているのだろう。
この上なく不機嫌そうな声が中から聞こえて、ステラはどうやって説得するか悩みながらも入室して頭を下げる。
部屋を威圧感が包み込んでいた。
レオナルドは既に帰っているのかヴァレン様の機嫌に耐えかねたのか、部屋には誰もいない。
「ヴァレン様、遅くなりまして申し訳ございません。」
ステラの言葉に何も返ってこない。
相当怒っているのだと察して、頭を下げ続けた。
「…面を上げよ。」
胸に響くその声にそっと顔を上げると、ヴァレン様は「氷の殿下」と呼ばれていた頃のような冷たい目でステラを見つめていた。
「王太子妃、どういうことだ。」
その声で威圧感を向けられると体がステラの意思とは無関係に震えそうになるがぐっと堪えて、ステラは濃い金色の瞳をじっと見つめ返した。
「お聞き及びかと存じますが、私は戦場に出るつもりで訓練をしております。」
ステラの言葉にヴァレン様の瞳がすっと細められる。
「そなたは立場をわかっているのか。そのようなことは私が決して許さぬ。」
「私は恐れ多くも殿下のお隣に立つお許しをいただきましたが、戦闘部隊の魔術師でもございます。有事の際は国を守るために戦うのが私の任務です。」
予想していたことなのでステラは動じずに返した。
「ならば今この場で王国魔術師を辞めさせる。」
ヴァレン様は手元に置かれていた紙をステラに突きつけるように示す。
王家の紋章が透かしてある正式な書類だ。
ヴァレン様のサインと印が既に捺してあるのを見て、本気なのだと悟った。
ステラは跪くが、頭は下げずにヴァレン様を見つめた。
ヴァレン様は跪くステラに動じることなく、静かに見下ろしている。
「王太子殿下、私の夢は王太子殿下をずっとお側でお守りすることです。
そしてもう一つ、密かに願っていた夢がございます。」
ステラの言葉にヴァレン様は冷えきった目線を向けたまま、書類を手元に置いた。
「言うがよい。」
胸に響く声で静かに命じた。
ステラは呼吸を整えて、その濃い金色の瞳をまっすぐ見つめて言った。
「私はいつか父の地位に、王国魔術師団長に上りつめたいのです。」
ステラの言葉に、濃い金色の瞳が大きく開かれた。
ヴァレン様はステラが自分からは一度も地位を望んだことがないことをよくご存知だ。
副部隊長の地位は国王陛下が、近衛魔術師と王太子妃の地位はヴァレン様が与えてくださった物だ。
王国魔術師団長は、ステラが初めて自ら望んだ地位だった。
「今までも、これからの人生でも、ずっと夢見ていることでございます。
どうか、私の夢を奪わないでください。」
ステラは臣下の礼を取り、頭を下げた。
王太子殿下の前で師団長の地位を望むなど大それたことをしている自覚はある。
でも、こうでもしないとヴァレン様は本当に王国魔術師を辞めさせてしまうと思ったから口にした。
ヴァレン様は黙ったままだったが、跪いて頭を下げるステラをじっと見つめているのがわかった。
長い沈黙の後、ヴァレン様はふーっと息をついた。
「…ステラ。」
怒ってはいなさそうな声にそっと顔を上げる。
ヴァレン様の瞳にもう冷たさはなく、部屋の威圧感も消えていた。
「君の夢を奪うことはできない。だけど戦場に行くなんて言わないでくれ。」
泣きそうにも聞こえる声にステラの胸は痛むが、頷くことはできないので黙って俯いた。
ヴァレン様が静かにステラの目の前に来て、跪くステラに覆い被さるように抱き締めた。
王太子殿下の膝が地面についてしまってはいけないので、ステラはヴァレン様に抱かれたまま慌てて立ち上がった。
「ヴァレン様。」
「王国魔術師は続けてくれ。訓練も自由にするがよい。でも戦場に行くことだけは許さぬ。」
「…王太子殿下。私はこの国の安泰のために身を捧げる覚悟にございます。」
命令されていることはわかったけど、それでも曖昧に返した。
「王族として身を捧げればよい。
君の命が脅かされるなんて耐えられない。それだけはやめてくれ。」
「…はい、ヴァレン様。」
ステラを抱き締めるヴァレン様が微かに震えていることに気付いた。
ステラはもう頷くしかなかった。
ヴァレン様の命令に従いたいとは思えなかったけど、魔力を込めながらそっとその背中を撫でて言う。
「ご安心ください。私はヴァレン様と添い遂げるまで、どこにいても心はお側におります。」
ステラの言葉にヴァレン様は何も返さなかったが、ただぎゅっと強く抱き締められた。




