127.祈りの魔法
ステラを襲おうとした者が即座に捕らえられたのを見て貴族達の殺気は弱まったが、第一王子殿下自身は殺気を隠そうとしなかった。
「大逆罪で捕らえられるのはそなただ。」
第一王子殿下が深紅に染まった瞳でステラを睨み付けて静かに言った。
「あなたの罪を証明できなければ、私を捕らえてください。この命もあなたに差し上げます。」
「ならば今この場で証明せよ!」
ステラが第一王子殿下を冷たく見つめると、第一王子殿下はステラを怒鳴り付けるように声を荒らげた。
ステラは今度は国王陛下に向き合って頭を下げた。
「国王陛下、私が責任を持ちますので、罪人をここに寄越していただけますでしょうか。」
「許そう。」
「寛大なお心に感謝いたします。国王陛下。」
国王陛下が頷くと、父と王国騎士団長がさっと部屋を退出した。
ステラは儀仗を握り直して罪人を待ち受けた。
ステラが今度は何をしようとしているのかと、貴族達はまたざわめいている。
少し間があって「謁見の間」の扉が開かれると、ヴァレン様の元近衛騎士のイグニスを先頭に、学院を襲撃した手練れの汚らしい魔法使いと一緒に来ていた魔法使い、そして舞踏会で第一王子殿下を襲った魔法使い、建国祭と王立学園を襲撃した魔法使いと騎士がそれぞれ鎖に繋がれて入室した。
王国騎士が罪人の首元に剣を突きつけ、王国魔術師が心臓の裏側から杖を突きつけているが、イグニス以外の罪人は自我を完全に失っているのか呆けたような顔をしている。
そしてイグニス以外の罪人は猿轡を噛まされていた。
異様な光景に、貴族達は穢らわしいというように顔を歪めている。
ステラは話を聞きたい者達が生きていたことにほっと息をついた。
「あなたはこの者達を覚えていますか。全員、あなたのせいで罪を負い、私が捕らえ、鎖に繋がれることになった者達です。」
「このような者が私の目に映ることがあると思うか。」
ステラが第一王子殿下に問うが、第一王子殿下は嘲笑うように否定した。
ステラは怒りで体が震えそうになったが感情を殺して、イグニスに命じた。
「イグニス、ここへ来なさい。」
騎士と王国魔術師に挟まれたまま、イグニスがステラの近くまで来て跪く。
その目には涙が滲んでいる。
「この者は、あなたの《王家の魔法》によって支配されていましたが、自力で支配を逃れた者です。」
ステラが第一王子殿下に告げると、その深紅の瞳がすっと細められた。
「イグニス、面を上げよ。
あなたが経験したことを話しなさい。」
顔を上げたイグニスに、ステラはその目をまっすぐ見つめて頷いた。
イグニスはステラに頭を下げた後、国王陛下に体を向けて話し出す。
「私は、第二王子殿下の近衛騎士をしておりました。」
イグニスの言葉に貴族達がざわつくが、ステラが魔力を放つと静まった。
「第二王子殿下が幽閉された後、第一王子殿下付きの近衛となりました。
第二王子殿下が囚われ、ご婚約者様の慟哭が響き、自分の無力さに打ちのめされていた日に、第一王子殿下自らが私にお声をかけてくださったのです。
主君とご婚約者様をお守りできず、悔しさに震える私に
『敵の近衛など不服かもしれないが、私は第二王子を虐げたいわけではない。
どうか私の側で第二王子を助け出す時を待ってくれないか。』
とおっしゃいました。
私はその言葉に驚いて、恐れ多くも顔を上げてその瞳を見つめてしまいました。
その瞳の奥に紅い光がきらめいたとき、なぜか私が仕えるべきはこの方だと確信したのです。
それ以来、第二王子殿下をお救いしたいと思うのと同時に、第一王子殿下を苦しめる者を排除したいという気持ちが日に日に高まりました。
そして、ステラ様が第一王子殿下の警護を担当されるようになりました。
第一王子殿下と常に行動を一緒にされるお姿に苛立ちが募り、同時に、第二王子殿下のご寵愛を受けながら第一王子殿下のお側におられることに憎しみを抱きました。
その頃、また第一王子殿下に呼び出されました。
今度は最初からその瞳に囚われたように目を離せなくなり、気がついたら私は辞表を提出して、ステラ様を襲撃していたのです。
ステラ様に捕らえられて、その尊い瞳でまっすぐ私に向き合って下さったことで、私は自分が大変な間違いを犯していたことに気がつきました。
罪を悔やんだとき、全ての記憶が鮮明に蘇り、そして自分が犯した罪の重さに震えました。
ステラ様の寛大なお心で生かしていただき、今この場で証言できる喜び、恐悦至極に存じます。」
イグニスが涙ながらに話し終えると、「謁見の間」を重い沈黙が包み込んだ。
第一王子殿下に寝返った第二王子派の貴族の中には、はっとしたような顔をしている者もいる。
ステラが国王陛下を振り返ると、国王陛下の瞳は深紅に染まっていた。
「面を上げよ。」
国王陛下の声でイグニスが顔を上げる。
「真実を述べよ。」
「はい。」
「今話したことは全てそなた自身が経験したことなのか。」
「はい。」
「偽りはないか。」
「はい。」
「…今もそなたの主君は第二王子なのか。」
「はい。」
国王陛下の瞳が金色に戻ると、イグニスはまた深く頭を下げた。
「もうよい。」
国王陛下の言葉にイグニスはさらに深く頭を下げると、他の罪人の元へ戻って行った。
「第一王子、ここへ。」
「…はい、国王陛下。」
第一王子殿下が国王陛下の御前に来たので、ステラはヴァレン様を守るように儀仗を構えて前に立つ。
国王陛下の瞳がまた深紅に染まった。
「…アルセナ。真実を述べよ。」
「はい。」
「そなたは先程の者に『王家の魔法』をかけたのか。」
「はい。」
「同意も得ずに、その瞳の色も変えずに『王家の魔法』を使ったのか。」
「はい。」
「他の者にもそうしたのか。」
「はい。」
国王陛下の尋問に皆静まり返って聞き入っている。
ステラは尋問される第一王子殿下を冷めた目で見ながら、ヴァレン様を攻撃しようとする者がいないか警戒していた。
そのとき、第二王子派の貴族が並ぶ方向から殺気を感じた。
ステラが無詠唱で自分とヴァレン様を包み込むように防御魔術を発動すると、攻撃魔法が霧散した。
「《天に反逆せし者よ、汝が罪は我が裁かん。我にひれ伏せ》」
詠唱して魔力を解放すると、ばたっと音がして一人の貴族がひれ伏した。
「そのまま捕らえておけ。」
騎士が連行しようとしたが、ステラはそれを止めた。
以前、挨拶したことがある貴族だった。
あのときは《敵を現す》魔術に反応しなかったから、きっとこの者も洗脳されているのだ。
「国王陛下、よろしいでしょうか。」
国王陛下の尋問を遮るなどとんだ不敬だが、これ以上第一王子殿下のせいで捕らえられる者を出したくなかった。
「…よい。そなたの好きにせよ。」
「恐れ入ります、国王陛下。」
国王陛下の瞳が金色に戻ったのを見て、ステラは頭を下げてまた貴族達に向き直った。
そして、ステラはその場に跪いて手を組んだ。
また貴族達がざわつくが、ステラは目を閉じて祈りに集中する。
(第一王子殿下によって支配された心が解放され、自分を取り戻しますように。
これ以上、罪なき者が罪を犯すことがありませんように。
『王家の魔法』によって傷ついた心が癒されますように。)
ステラの祈りに応えて、足元に金色の魔方陣が浮かんだ。
天の神様に届くように強く魔力を込めると、魔力が金色の柱となってステラを包み込み、やがて「謁見の間」全体に波のように広がっていくのがわかった。
ステラが静かに手を下ろして目を開くと、ヴァレン様がそっと側に来て、手を取って立ち上がらせてくれる。
振り返ると先ほどまで自我を失っていた罪人が己の罪の大きさに戦いて震えながらひれ伏し、第一王子殿下に取り込まれていた貴族が膝をついて頭を垂れていた。
父とノクティス公爵はステラに微笑みかけていて、イグニスはステラと目が合うと深く頭を下げた。
成功したのだ、とほっと息をついてヴァレン様を見上げると、ヴァレン様の濃い金色の瞳が嬉しそうに細められていた。
ステラはまた国王陛下に向き合って頭を下げる。
「国王陛下、私に機会を下さり、ありがとうございました。
第一王子殿下に支配されていた者達は解放しました。
王家と同じく神に力を与えられし者として、その尊い「王家の魔法」が不当に使われることのないよう願います。」
「…我が名に誓おう。ヴァレンとそなたは下がってよい。」
「恐れ入ります、国王陛下。」
ステラはまた深く国王陛下に頭を下げた後、第一王妃陛下にも向き直って頭を下げた。
そしてヴァレン様に再び手を取られて、「謁見の間」を後にした。




