125.近衛の証
いよいよ、貴族達が召集される日の朝を迎えた。
今日の結果次第ではまたヴァレン様と離れるかもしれないと思うと時間が惜しくて、朝までほとんど寝ないまま求め合った。
ヴァレン様はステラの体を気遣われたが、訓練の成果を発揮してヨレヨレすることもなく、しっかりと自分の足で立って胸を張ってみせたらなぜか笑われた。
むしろ鍛えている形跡がないのに常に麗しいヴァレン様がすごいと思いながら、侍女に支度を整えてもらう。
今日は王国魔術師の正装のローブを纏い、髪は下ろしたままにしてもらった。
ヴァレン様からいただいたローブの金の留め具と胸の勲章が日の光を浴びてきらきらと輝いている。
ヴァレン様は王族の正装の黒い軍服を着ている。
久しぶりに王族らしいその姿を見て急に緊張が込み上げてきて慌てて目をそらすと、ヴァレン様はステラの緊張を見透かしたように優しく微笑んで、こちらに歩いてきた。
「ここへ持って参れ。」
侍従に命令すると、別の侍従がステラの儀仗と杖と剣を持って部屋に入ってきた。
あの日、第一王妃陛下が第一王子殿下から取り戻してくださったものだ。
ステラはヴァレン様の御前に跪いて頭を下げる。
「面を上げよ。」
大好きな声が胸に響く。
顔を上げると、ステラに微笑みながら杖と剣を一本ずつ手渡してくれた。
腰の革ベルトに杖と剣を収めて、最後に儀仗を手渡されるのかと思ったら、儀仗は侍従に持たせたまま扉の方に目配せをした。
別の侍従が入室すると、大きな紅いルビーが埋め込まれて、金の装飾が施された真新しい儀仗が持ち込まれた。
ステラが目を見開いて固まっていると、ヴァレン様が朗々とした声でステラに命じた。
「私の近衛の証としてそなたに授ける。
その力に誇りを持ち、私を守れ。」
口調とは裏腹に、ヴァレン様は優しくステラに微笑みかけながら儀仗を手渡す。
恐れ多さに震えそうになりながら受け取ると、元々の杖と同じくらい不思議と手に馴染んだ。
恐る恐る魔力を込めてみると、装飾の金と埋め込まれた大きなルビーが一層輝きを放った。
「…有り難き光栄、恐悦至極に存じます。第二王子殿下。
我が尊き主君を、この命を懸けてお守りいたします。」
ステラは儀仗をしっかりと握りしめてヴァレン様に深く頭を下げた。
「ステラ、楽にして。
君は宝石を嫌がるから、それならいいかなと思ったんだ。渡せてよかった。」
ヴァレン様がからかうように言うのがわかって、ステラが顔を上げてヴァレン様を見上げるとやはりいたずらっぽく微笑んでいた。
この金の装飾も相当だが、この大きさでこの純度のルビーはそれだけでも下手したら城が買えるくらい恐ろしく高価だろう。
考えたら顔が青ざめてしまったのか、クスクスと笑われた。
でも、たしかに身につける宝石をもらえるよりもずっと嬉しい。
主君から杖を授かるのは近衛魔術師として実力を認められた証なのだ。
国王陛下から杖を授かった父を見て、幼心に自分もいつかは、と夢を見ていたのを思い出す。
「恐れ多いですが、本当に嬉しいです。また夢を叶えて下さって、ありがとうございます。」
「喜んでもらえたならよかった。では、いこうか。」
「はい、ヴァレン様。」
儀仗を握り直して私室を出る。
入学式のときは父の儀仗をお守り代わりにしたが、今日はこの儀仗がステラのお守りだ。
何も怖いものなどない。
ステラは主君をお救いするための一歩を、しっかりと踏み出した。
◇◇◇
侍従の先導で「謁見の間」に向かう。
婚約式のときに集められたのは高位貴族だけだったので、今日はもっとすごいことになっているのだろうとぼんやり考える。
でもヴァレン様から授かった儀仗があるから、緊張はなかった。
ヴァレン様と並んで歩いていたが、「謁見の間」に近づいたので一歩後ろに下がって近衛の位置につこうとしたら、空いていた左手をとられた。
「ヴァレン様、今日は…」
「『王家の巫女』としてお会いするんだろう。」
耳元で囁かれてはっとする。
たしかに今日はヴァレン様の近衛魔術師としてではなく、「王家の巫女」として謁見するのだ。
「王家の巫女」であるステラの隣に立つ方が、神が定めた王位継承者だ。
ステラは大人しくヴァレン様の腕に手を添えて、エスコートしてもらった。
「第二王子殿下のお成り。」
侍従の声が響き、「謁見の間」の扉が開かれる。
婚約式と同じように玉座に向かってカーペットが敷かれていて、両側に貴族が並び、胸に手を当てる臣下の礼をとって頭を下げていた。
王国魔術師のローブを着ているのにエスコートを受けるステラを見て、貴族達が一斉に目配せをするのがわかった。
ステラはヴァレン様に導かれるがまま、玉座の御前に進む。
ヴァレン様が立ち止まったのでステラも従うと、奥の扉が静かに開かれて国王陛下を先頭に王族方が静かに入室された。
第一王子殿下の視線を感じて、今からしようとしていることを悟られないようにそっと顔を伏せた。
国王陛下が玉座に腰かけると、朗々とした声が響き渡った。
「本日は皆に伝えるべきことがあり、召集した。」
ステラはぎゅっと儀仗を握り直す。
添えているヴァレン様の腕にも力が入るのがわかった。
「ステラ・アルカニス、ここへ参れ。」
「はい、国王陛下。」
ステラはヴァレン様の腕から手を下ろし、国王陛下の御前に進んだ。
国王陛下は金色の瞳でステラをじっと見つめた後、胸に響く声で言った。
「余はこの者が、神が王家に授けし『王家の巫女』であることを認める。」
国王陛下の言葉に、会場が大きくどよめいた。
「国王陛下、恐れながらこの者は『王家の巫女』の条件を満たしていないように見えます。」
「さようにございます。魔力は膨大ですが、それ以外の条件は満たしておりません。どうかお考え直し下さい。」
「恐れながら私もそのように思います。」
第一王子派のフォード伯爵が言うと、第一王子派の貴族に混ざって、第一王子殿下に取り込まれた第二王子派の貴族までもが賛同するように声を上げる。
「静まれ。」
背後でヴァレン様が威圧感を放ちながら胸に響く声で言うと、会場はまた静まり返った。
国王陛下が再び口を開く。
「証明してみせよ。」
「はい、国王陛下。」
ステラは国王陛下に一度頭を下げると振り返って貴族達に向き直る。
最前列に立つ父がステラをじっと見つめているのがわかった。
呼吸を整えてから、父からもらった右手の中指の指輪を外してローブに仕舞う。
ステラの栗色の髪が根元から輝かしい白銀に染まっていくのを、貴族達が驚愕の表情で見つめている。
「私は、神に力を与えられし『王家の巫女』にございます。
そして、神が定めし王位継承者は第二王子殿下でございます。」
ステラが淀むことなく言うと、また会場がどよめき、第一王子派の貴族はステラに向けて殺気を放つ。
ステラが殺気を鎮めるように魔力を解放して威圧すると、また貴族達は沈黙した。




