123.忠告
「ステラさん、昨日はよく頑張ったわね。」
椅子に腰かけると、第一王妃陛下がステラを優しく見つめて微笑んで下さった。
「お母様、私のことを信じて国王陛下にお会いする機会を下さり、ありがとうございました。
…国王陛下の尊いお心を乱してしまい、申し訳ありませんでした。」
第一王妃陛下はあの後、国王陛下と一緒に部屋に残られていた。
どんなお話をされたのかはわからないが、国王陛下にご心労をお掛けしたことが申し訳なくて目を伏せる。
「陛下は大丈夫よ。むしろあなたをいじめすぎたと悔やんでいらっしゃったわ。」
「そ、そ、そんなことはございません。」
突然そんなことを言われてステラは昨日の様々な不敬を思い出して申し訳なくなり、パニックでおろおろしてしまう。
「母上。ステラを困らせないで下さい。」
「あら、ヴァレンは相変わらずで安心したわ。」
ヴァレン様がステラの頭を撫でながら第一王妃陛下を睨み付けるので余計におろおろする。
「ヴァレン様、お母様は全ての話を聞いてくださった上で、私に力を貸してくださったんです。
私、このご恩をどうお返しすればいいのか…。」
恩人を睨み付けてほしくなくてそう言うと、ヴァレン様は睨むのをやめて今度は目を丸くした。
そしてステラの頭から手を離すと、第一王妃陛下をまっすぐ見つめた。
「母上。此度はご尽力いただきありがとうございました。
ご心配をおかけして、申し訳ありませんでした。」
ヴァレン様が頭を下げるのでステラも慌てて頭を下げると、第一王妃陛下にまたクスっと笑われた。
「頭を下げる必要はないわよ。二人とも顔を上げて。
ヴァレンが無事に戻って来られてよかったわ。」
どこまでも優しい第一王妃陛下が尊くてふいに涙が溢れてしまい、慌てて拭おうとして先にヴァレン様にハンカチを差し出される。
「ヴァ、ヴァレン様、すみません。
本当にありがとうございます。第一王妃陛下。」
「お礼を言うのは私の方だって言ったでしょう。
ではお互い様ということにしましょう。」
「恐れ入ります…。」
ステラが一礼してまた顔を上げると、第一王妃陛下の顔から微笑みが消えて真剣な表情になっていたので、ステラも涙を拭って姿勢を正す。
「二日後に、貴族の当主を全員召集されるそうよ。」
ステラはその言葉に恐怖に震えそうになって、感情を押し殺した。
「あなたが捕らえた罪人も監獄から移送されているところよ。
あなたの好きにしていいとおっしゃっていたわ。」
「承知しました。」
罪人がまだ生きていたことに安心しつつ、気を引き締める。
「…失敗したら、私でも庇いきれないわ。
本当に大丈夫なのよね?」
第一王妃陛下が真剣にステラをじっと見つめた。
「大丈夫です。私が『巫女の魔法』で必ず第一王妃陛下とヴァレン様の無念を晴らし、第一王子殿下の罪を暴きます。」
ステラも改めて決意を固めて第一王妃陛下を見つめ返した。
第一王妃陛下は微かに表情を緩めると、今度は優しい声でステラに聞いた。
「その『巫女の魔法』を見せてもらうことはできるかしら。
疑うわけでないのだけど、何せ伝承でしか知らないから。」
ステラは一瞬目を瞠ったが、すぐに頷いた。
「わかりました。」
「じゃあヴァレン、私の魔力を奪って。」
第一王妃陛下がヴァレン様に軽い口調で頼んだのでステラは驚いてその瞳をじっと見つめてしまう。
第一王妃陛下を「王家の魔法」で従わせるなど、国王陛下以外には許されないことだ。
ヴァレン様も怪訝な顔で第一王妃陛下を見つめて言った。
「母上。しかし…」
「誰にも見られていないから大丈夫よ。」
「…承知しました。」
確かにこの部屋には誰もいない。
ヴァレン様は渋々といった様子で頷くと、瞳を深紅に染めて詠唱した。
「《汝が魔力は我が物なり》」
第一王妃陛下の足元に金色の魔方陣が浮かぶと、第一王妃陛下の燃えるような魔力がすっと消えた。
「さあ、ステラさん。私を《解放》して。」
「承知しました。」
第一王妃陛下が面白がるようにステラを笑顔で見つめる。
ステラは立ち上がると、第一王妃陛下の斜め前に跪いて手を組んだ。
(私の恩人、第一王妃陛下が「王家の魔法」による支配から解放されますように。)
天の神様に届くように魔力を込めてじっと祈ると、ステラの足元に金色の魔方陣が浮かんだ。
あっという間に魔方陣を中心に魔力の波が生まれたと思ったら、そのまま第一王妃陛下の足元に打ち寄せた。
すると、ヴァレン様の「王家の魔法」の魔方陣が消えて、第一王妃陛下の魔力が元に戻った。
ステラもヴァレン様に祈りを捧げるときに使っただけで人に使ったのは初めてだったので、目の前の出来事に驚いて固まってしまう。
「…信じてはいたけど、本当に『王家の巫女』なのね。」
第一王妃陛下がその青い瞳を丸くしてステラに声をかけた。
ヴァレン様も瞳を深紅に染めたままステラを驚愕の表情で見つめている。
「…成功してよかったです。」
これなら、貴族達にも罪人達にも使えそうだとほっと息をついて言った。
「ステラ。君はいつの間に…」
「この魔法のことをたまたま知ったんです。
これでヴァレン様をお救いできます。」
瞳は金色に戻ったがまだ驚きの表情を隠しきれていないヴァレン様に、ステラは笑顔で返した。
そんなステラを見て、第一王妃陛下は今度は心配そうな顔でステラに聞いた。
「…ステラさん。あなたが私にしてくれた話を、今度は貴族達の前ですることになるわ。それは大丈夫かしら。」
「覚悟の上です。お気遣いいただきありがとうございます。」
ステラの出自も含めて、ということだろう。
国王陛下には聞かれなかったが、きっと父かヴァレン様が報告してご存知だったのだろう。
さすがにノクティス公爵の名前は出さないが、ステラが父の実の子でないことを知られるのも覚悟した上で行動している。
第一王妃陛下にもヴァレン様にも、そして父自身にもステラが父の子だということは認めてもらっているので、貴族達になんと言われようと気にならなかった。
ヴァレン様は黙ったままステラをじっと見つめている。
「…そう。あなたの勇気がこの国を救うことを願っているわ。」
「身に余るお言葉、恐悦至極に存じます。第一王妃陛下。
この命を懸けて、ご期待に応えさせていただきます。」
ステラは第一王妃陛下のお言葉に、臣下の礼をとって深く頭を下げた。
「顔を上げて、楽にして。ステラさん。」
第一王妃陛下の優しい言葉にそっと立ち上がった。
ステラを見て艶やかに麗しく微笑んでくれる。
「そういえば、第一王子の警護はもうしなくていいわよ。
魔法伯が第一王子に伝えたから貴方は気にしないで。」
「…承知しました。お気遣いいただきありがとうございます。」
ステラは第一王妃陛下の言葉に本当に息をついた。
終わりの見えなかったあの生活がやっと終わるのだ。
四六時中感情を押し殺して第一王子殿下に連れ回される生活に、ステラはうんざりしていた。
気が抜けて感情が顔に出ていたのか第一王妃陛下はステラを見て艶やかにクスクスと笑われた。
「では、私の近衛として連れ帰ります。
二日後にお会いしましょう。母上。」
「ええ、ではまたね。」
ヴァレン様が立ち上がって第一王妃陛下に頭を下げたので、ステラも指輪を嵌め直して一緒に頭を下げて部屋を退出した。




