120.再会
扉が開かれると一瞬間が空いて、こつこつと静かな足音がした。
足音は跪くステラの横で止まる。
衣擦れの音で、ヴァレン様も跪いたのがわかった。
ヴァレン様のお隣にいる喜びで体が震え始める。
涙を堪えて横を見ると、白銀の髪を耳にかけたヴァレン様が美しい姿勢で跪き、国王陛下に頭を下げていた。
その姿が尊くて、ステラは目を離すことができなくなる。
「国王陛下、第二王子ヴァレンが参りました。」
以前と何も変わらない、朗々として自信に満ちた、ステラの胸に響く声で国王陛下に告げた。
大好きなその声に、胸が締め付けられる。
「…ヴァレン。顔を上げよ。怪我はないか。」
国王陛下の気遣わしげな声に驚いて、ヴァレン様に惹き付けられていた瞳を国王陛下に向ける。
先程の厳しい表情はなくなり、優しい表情でヴァレン様に微笑んでいた。
「お気遣い恐れ入ります、国王陛下。つつがなく過ごしておりました。」
ヴァレン様は前に天文台で会ったときと同じようなゆったりとしたシャツを着ていたので、やはりステラのせいで急に呼び出されたのだとわかったが、特に動揺されている様子はなかった。
「そうか。そなたが無事で何よりだ。」
「ありがとうございます。国王陛下。」
ヴァレン様がまた頭を下げたのでステラも慌てて目線を下に向ける。
「ヴァレン。楽にして。顔を見せて。」
後ろから第一王妃陛下の声がした。
ヴァレン様が立ち上がって第一王妃陛下に向き直り、ステラも跪いたまま第一王妃陛下の方を向く。
「…少しやつれたわね。でも無事でよかった。」
「ご心配をおかけして申し訳ございません、母上。」
ちらりと見た第一王妃陛下の瞳は潤んでいて、今にも泣き出しそうな顔をされていた。
ヴァレン様と離れていた期間に何度も襲った、胸が締め付けられるような痛みを感じる。
無力なステラに力を貸してくださった第一王妃陛下のためにも、ヴァレン様をお助けしたい。
ステラは改めてやり遂げる意思を固めた。
ヴァレン様がまた国王陛下の方を振り返って跪いて頭を下げたので、ステラもそれに従う。
国王陛下から再び威圧感が放たれた。
「…ヴァレン、面を上げよ。
この者が、そなたの《忠誠》を受けた『王家の巫女』だと申している。間違いないか。」
「さようでございます、国王陛下。
私はこの者に《忠誠》を誓いました。」
ヴァレン様は国王陛下をまっすぐ見据えて、淀むことなくはっきりと告げる。
「証明せよ。」
「はい、国王陛下。失礼いたします。」
国王陛下の言葉にヴァレン様が立ち上がった。
どうやって証明するのだろう、とヴァレン様を見上げると、濃い金色の瞳がステラを見て微笑むように少し細められた。
優しく手を引かれて立ち上がらせてもらうと、ヴァレン様がステラの左胸に右手をとん、と当てる。
ヴァレン様の瞳がさっと深紅に染まると、ステラの胸に当てられたヴァレン様の指先から強い魔力が流れてきて、心臓から全身の血管に行き渡り、染み込んでいった。
驚いて目を瞠るステラにヴァレン様が微かに頷いたので、ステラもヴァレン様の左胸に手を当てて自分の魔力を流し込む。
そのとき、二人の足元に魔方陣が浮かんで、金色の光が体を包み込んだ。
ヴァレン様がステラに流し込んだ魔力が足元から魔方陣に伝わり、同じくヴァレン様に流し込んだステラの魔力が、ヴァレン様の足元から魔方陣に伝わっていく。
二つの魔力が合わさってまた体に返ってくると、全身の血管が喜びに沸き立ち、堪えていた涙が勝手に溢れ出して頬を伝う。
ヴァレン様を見上げるとその濃い金色の瞳も潤んでいて、ステラを愛おしそうに見つめていた。
やがてヴァレン様がステラから手を離したので、ステラもはっとしてその胸から手を離して涙を拭う。
魔方陣が消えると、残された金色の光がきらきらと輝きながら塵のように消えていった。
不思議な魔法に呆然としてヴァレン様を見つめていたが、ヴァレン様が国王陛下に向き直ったのを見てやっと今の状況を思い出して、慌ててそれに従った。
「…そなたが第二王子の《忠誠》を受けた『王家の巫女』であることを認める。」
「お認めいただき光栄に存じます。国王陛下。」
国王陛下がステラの目をまっすぐ見て言う。
ステラもその金色の瞳を見つめ返したあと、深く頭を下げた。
「面を上げよ。」
国王陛下の声でまた顔を上げると、また怒気を含んだ瞳で睨まれた。
再び重厚な威圧感が部屋を包み込む。
「だが、第一王子の件は別だ。
ヴァレンの命と王位を狙ったなど、とても信じられぬ。証拠はあるのか。」
国王陛下の言葉に、ヴァレン様が驚いたようにステラに顔を向けるのがわかった。
「恐れながら、第二王子殿下に『王家の魔法』をかけていただければ《真実》をお答えできます。
どうか私を尋問してください。」
ステラは国王陛下を見据えて言う。
ステラのことを絶対に傷つけることのないヴァレン様に「王家の魔法」をかけられたら、ステラは抗えない。
以前、罪人の尋問に使っていた魔法をかけて尋問してもらえば証拠の一つになる。
国王陛下からもヴァレン様からも厳しい視線を感じるが、ステラは国王陛下から目をそらすことなく見つめ続ける。
「ヴァレン、この者の魔力を奪え。」
「…承知しました、国王陛下。」
ヴァレン様の不服そうな声を聞いて、あとで怒られるのだろうなと直感した。
でもヴァレン様を救うためなら手段を選んでいる場合ではない。
ステラがヴァレン様に顔を向けると、深紅の瞳がステラを厳しく見つめていた。
「《汝が魔力は我が物なり》」
ヴァレン様が呟くように詠唱すると、足元に金色の魔方陣が輝き、自分の魔力がすっと消えるのがわかった。
それを見て国王陛下も瞳を深紅に染めながら父に問う。
「魔法伯、真実を述べよ。」
「はい。」
「この者は真に魔力が奪われているか。」
「はい。」
「魔力を隠してはいないか。」
「はい。」
父は表情を変えずに、国王陛下を見つめながら淡々と答えた。
国王陛下の瞳がまた金色に戻る。
「ヴァレン、この者に真実を述べさせよ。」
「はい、国王陛下。」
ヴァレン様は国王陛下に頭を下げると、ステラに向き合った。
「国王陛下に真実を述べよ。」
「はい。」
ヴァレン様がそう言うと、ヴァレン様の深紅の瞳に囚われたように目が離せなくなって、口が自分の意思とは無関係に動き始めた。
今度は国王陛下がステラに問うが、ステラの瞳はヴァレン様から目が離せない。
「第一王子がヴァレンの命を狙ったというのは真か。」
「はい。」
「直接手をかけようとしたのか。」
「いいえ。」
「他の者を使ったのか。」
「はい。」
「なぜ第一王子の指示だとわかったのだ。本人に聞いたわけではなかろう。」
「はい。」
「他の者から聞いたのか。」
「いいえ。」
「自分で見たのか。」
「はい。」
勝手に動く口は恐ろしい《真実》を流暢に喋ってくれる。
国王陛下は目を眇めてステラを見る。
「実際に第一王子が『王家の魔法』を使って人を支配している姿を見たというのか。」
「はい。」
「なぜ人を支配しているとわかったのだ。証拠はあるのか。」
「はい。」
ステラの言葉にヴァレン様の深紅の瞳が驚いたように見開かれるが、国王陛下はそのまま続ける。
ステラの瞳はヴァレン様に囚われているので国王陛下の表情はわからないが、声はどんどん厳しさを増している。
「…王位の継承を狙った証拠もあるのか。」
「はい。」
国王陛下から放たれていた威圧感が少し緩んだ。
「…ヴァレン、もうよい。」
「承知しました、国王陛下。」
国王陛下がヴァレン様に声をかけると、ヴァレン様の瞳がまた濃い金色に戻った。
ヴァレン様に奪われていた魔力が戻ってきて、ステラの瞳と口は自由を取り戻した。




