119.救出
国王陛下の執務室に入室すると、部屋にいるのは国王陛下と父だけだった。
ステラも入室したのを確認すると、第一王妃陛下が父に告げた。
「魔法伯、防音結界を張って頂戴。」
「承知いたしました、第一王妃陛下。」
父がさっと杖を振って防音結界を張る。
ステラは相変わらずフードを目深に被り、顔を伏せて隠密魔法で魔力を隠しているが、きっと父は全て見抜いているだろう。
何も言われないということは、父もステラの行いを許してくれているのだと思った。
「セレナ、こんな時間に執務室で待っていろとはどうしたのだ。
それにその者は何だ。」
いつもよりも砕けた口調の国王陛下が第一王妃陛下に問う。
「陛下、本日は大切なお話がございます。
この者はそのために連れて参りました。」
第一王妃陛下が国王陛下に頭を下げたのでステラも倣って深く頭を下げる。
国王陛下は立ち上がると、第一王子殿下やヴァレン様の部屋にある物よりももっと豪華な応接用の椅子に向かわれた。
父が引いた椅子に腰かけると、第一王妃陛下も国王陛下の向かいに進まれたので、ステラも静かに椅子を引いてまた後ろに下がる。
「何者だ。」
国王陛下がステラに厳しい声で投げかける。
第一王妃陛下がステラを振り返って優しい声で、でもはっきりと言う。
「自分で話しなさい。」
ステラは第一王妃陛下に深く頭を下げると、目深に被っていたフードを脱いで隠密魔法を解除した。
国王陛下が現れたステラを見てわずかに目を見開くが、厳しい表情でまた問う。
「そなたが私に何用だ。」
他に人がいないからか、口調は柔らかいが、声には怒気のようなものが含まれていた。
罪人の婚約者がこんな夜更けにこんな格好で国王陛下の御前に現れたのだから当然だろう。
ステラは国王陛下の斜め前に向かうと、跪いた。
「国王陛下、大変なご無礼をお許しください。
私から国王陛下にお話ししたいことがございます。
そのために第一王妃陛下にお願いさせていただき、ここに参りました。」
そう言って臣下の礼をとって頭を下げる。
心の中は先程までの緊張が嘘のように、不思議なほど凪いでいた。
「…セレナが許可したのならば不敬は問わぬ。何用だ。」
国王陛下の声からは怒気が消えた。
ステラは更に深く頭を下げて続ける。
「寛大なお心に感謝いたします。
国王陛下、大変恐れながら、私には陛下にお伝えしていない秘密がございます。
私の抱えてきた秘密を、お聞きいただきたく存じます。」
「面を上げよ。話すがよい。」
ステラが顔を上げると、国王陛下は訝しげにその金色の目を細め、厳しい表情をされていた。
ステラはヴァレン様のことを想いながら、一つに結んでいた髪をほどいた。
ステラの栗色の髪がはらりと落ちてくると、右手の中指の指輪をそっと外してローブに仕舞った。
みるみるうちに髪が根元から色を失い、輝く白銀に染まっていく。
毛先まで色が変わったのを確認してから、国王陛下をまっすぐ見つめて言う。
国王陛下はその金色の瞳でステラの髪を凝視していた。
「国王陛下。私は、神に力を授けられし『王家の巫女』でございます。」
ステラの言葉にすっと目を細めると、国王陛下から威圧感が放たれて、厳しい声で言った。
「証明せよ。」
体が押さえつけられるような威圧感にいつもなら縮こまるところだが、今日は揺らがない。
ヴァレン様や第一王子殿下も時々この雰囲気を纏うが、これも「王家の魔法」のように生まれながらの王族に備わっている力なのかとぼんやり考えながら、国王陛下の金色の瞳を見つめる。
「私は、第二王子殿下の《忠誠》をいただいております。
国王陛下の尊きお力で、ご確認ください。」
ステラの言葉に、国王陛下の瞳が更に細められると、さっと深紅に染まった。
国王陛下の「王家の魔法」の魔力を感じると、それに抗うようにステラの全身の血管がざわめいて不思議な力が沸いてくる。
ヴァレン様の魔力が守って下さるのを感じて微笑んだ。
部屋を覆うように金色の魔方陣が現れて、第一王妃陛下と父が纏っていた魔力が消えるのがわかった。
以前、ヴァレン様にかけられたことのある《魔力を奪う》魔法だ。
ステラがそれに抗うように自分の魔力を解放すると、国王陛下は驚いたように目を見開いた。
その瞳は金色に戻り、足元の魔方陣が消えた。
「…ヴァレンを呼べ。」
「承知いたしました、国王陛下。」
国王陛下が父に告げた言葉に、今度はステラが目を瞠った。
今日ヴァレン様に会えるなんて思っていなかったので、心臓が再び激しく脈を打ち始める。
喜びに体が震えそうになって必死に抑えた。
父が退出して、国王陛下と第一王妃陛下と一緒に部屋に残された。
国王陛下は考え込むように顎に手を当てながらステラをじっと見つめている。
暫くの沈黙の後、国王陛下はステラにまた厳しい口調で聞いた。
「いつから知っていたのだ。なぜ今まで黙っていた。」
聞かれると思っていた質問だったので、高鳴る鼓動に気づかれないように気を付けながら落ち着いて答える。
「自分が『王家の巫女』だと確信したのは昨年の夏ごろです。
私は第二王子殿下とお会いするまで誰からも『王家の巫女』の話を聞いたことがなく、その存在すら知りませんでした。
生まれ持った髪の色は、今よりもくすんでいて、王族方のような美しい白銀とは言い難い色でございました。
しかし尊い色に近しい色を身に纏う恐れ多さに、ずっと本来の髪の色を隠して生きてまいりました。
学院の入学式で第二王子殿下と魔力を通わせたことで殿下はお気づきになられたようですが、初めて耳にしたあまりに恐れ多いお話に、私は信じておりませんでした。
その後、恐れ多くも第二王子殿下の《忠誠》をいただき、この髪の色とどこまでも湧き上がってくる魔力を得て、ようやく自分が『王家の巫女』であると確信しました。
ただ《忠誠》をいただいた当時は第二王子殿下が学生でいらっしゃったことと、私自身が自分の身を守る力を持ち合わせておりませんでしたので、時を待っておりました。
殿下のご卒業後も、ある理由で身の危険を感じておりましたゆえ、公表すべきタイミングを探っておりました。
国王陛下に真実を打ち明けることができず、申し訳ございませんでした。」
「身の危険を感じた理由とは何だ。申せ。」
そう聞かれるのがわかっていてあえて言葉を選んだので、淡々と話す。
「恐れながら、第一王子殿下が関わっておられます。」
国王陛下は今度こそはっきりと怒気を含んだ声で言った。
「第一王子がそなたの命を狙ったと申すか。」
自分を包む威圧感と国王陛下を怒らせてしまった恐怖で体が震えそうになるのがわかって、ステラはまた感情を殺して答えた。
「恐れながら、私の命ではございません。
第一王子殿下が狙われたものは、第二王子殿下のお命と、王位の継承でございます。
第一王子殿下は、『王家の魔法』を使って不当に人を支配しておられます。」
なんとも大それた恐れ多いことを言っていると自分でも思う。
第一王妃陛下の後ろ盾があるとはいえ、もし国王陛下が信じてくださらなければ大逆罪だ。
でもステラは王国魔術師として、王族として、「王家の巫女」として、この国を守らなければいけない。
そして近衛魔術師として、主君をお救いしなければならない。
怖じ気づきそうな心を奮い立たせて、国王陛下の瞳をまっすぐ見つめた。
国王陛下は怒りを隠さず、ステラを睨み付けている。
「そなたは何を申しているのかわかっているのか。」
「はい、国王陛下。
恐れながら、私は『王家の巫女』としてこの国をお守りするために申し上げております。」
ステラは跪いてはいるが、頭は下げず目も伏せず、国王陛下の瞳を見続けた。
重い沈黙が部屋に流れる。
自分から話を続けた方がいいのか、質問を待つのがいいのか考えあぐねていると、扉をノックする音がして飛び上がりそうになった。
「第二王子殿下をお連れしました。」
父の声がして、ステラの心臓は生き返ったかのように急に脈を打ち始め、感情が抑えきれなくなる。
涙が溢れそうになって必死に涙腺を止める。




