118.秘密の訪問
襲撃から一週間が経った。
第一王子殿下は何の動揺も見せず、引き続き社交に忙しかった。
襲撃翌日の尋問の間だけは警護を他の魔術師に代わってもらったが、ステラはそれ以外のほとんどの時間を第一王子殿下に奪われていた。
第一王妃陛下とお話してからは三週間近く経っていて、やはり第一王妃陛下と言えども簡単に動けることではないのだと胸が痛んでいた。
それに、ステラがこれだけ第一王子殿下につきっきりになっていてはお呼び出しがあっても対応できそうもないと心が折れかけていた。
今日も第一王子殿下を湯殿の前で待ち、私室まで警護してからやっと解放されたので、ステラが湯を浴びて私室に戻ったのはまもなく日付が変わろうかという時間だった。
いつまでこの生活が続くのだろうとうんざりしながら、カウチに横になって例の「ともだちの ふしぎな まほう」という絵本を読んでいると、突然扉がノックされた。
「第一王妃陛下からの伝令です。」
ステラはその言葉に慌ててカウチから飛び起きて姿勢を正す。
こんな時間に伝令が来るということは、もしかしたら第一王妃陛下が動かれたのかもしれない。
城の侍従の格好をした金髪の青年はどことなく見覚えがある気がしたが、じろじろ見るのも失礼かと思って目を伏せた。
「第一王妃陛下よりステラ・アルカニス様に伝令で参りました。
次回の茶会はドレスを着てくるようにとのことです。」
「…わかりました。」
なんだか聞き覚えのあるような気がする声がはきはきと伝える。
やはりこのような時間に伝令を送るような内容ではないので、何か動いて下さっているのだ。
ステラが第一王妃陛下の指示の裏に何かあるのではないかと考え込んでいると、伝令が音も立てずに静かにステラに近づいてきたので驚いて後ずさる。
次の瞬間、伝令に口元を強く抑えられて抱き寄せられた。
ふわっと鼻をくすぐる嗅ぎ慣れた薔薇の香りに驚いて顔を見上げると、見慣れた青い瞳がステラを射貫いていた。
(レ、レオ様…?!)
叫びかけたが、口を抑えられているので声が出ない。
いつもの黒髪ではなく金髪だったし魔力を完全に消していたので気がつかなかった。
レオナルドはステラの耳元に口を寄せてさっと囁く。
「日付が変わる時間に《転移》せよとご命令だ。」
ステラはレオナルドの言葉に目を瞠る。
レオナルドは第一王妃陛下の甥だ。
第一王妃陛下の指示でこれを伝えるために来たのだとすぐに気づいた。
「それでは、またお迎えに上がります。
失礼いたします。」
またステラから体を離して姿勢を正し、レオナルドらしからぬはきはきとした口調で告げると退出していった。
レオナルドが出ていった扉を呆然と見つめていたが、はっとして時間を確認する。
日付が変わるまで後三分ほどしかない。
眠るのが目的の簡素なドレスでお会いするのも失礼かと思ったが、侍女を呼ぶわけにはいかないし着替える時間はない。
パニックになりながらワードローブから儀仗を取りだして、慌てて部屋の電気を落とし、急いでベッドに杖を向ける。
「《我の望みし物を映し出せ》」
魔力を込めて詠唱するとだんだん魔力が形になり、もう一人の自分がベットですやすやと眠り始めた。
時計を見ると後一分しかない。
化粧も何もしていないが、もうこのまま行くしかない。
秒針がカチカチと進む音の倍以上の速さで鼓動している心臓を感じながらその時を待つ。
日付が変わるその瞬間に、ステラは詠唱した。
「《転移せよ》」
次の瞬間、ステラは第一王妃陛下のサロンにある机の上に立っていた。
すぐに自分がとんでもないところに立っていることに気付いて慌てて飛び降りる。
「無事に来られたのね。よかった。」
艶やかにクスクス笑う声が聞こえてステラ慌てて振り返ってその場に跪く。
「お、お母様…大事な机を汚してしまう不敬を…」
「謝らないで。私がこれを使うように言ったんだから不敬じゃないわ。」
その声にそっと顔を上げると、澄んだ青い瞳がステラに微笑みかけていた。
「お母様、ありがとうございます。」
わざわざレオナルドを変装させてまでこんな時間に呼び出されたということは、相当内密に動いてくださったんだろう。
ステラは跪いたまま深く頭を下げた。
「これから、あなたを国王陛下の元に連れて行くわ。」
「…はい、お母様。」
ステラはその言葉に息が止まりそうになるが、自分が望んだことだ。
恐怖をぐっと堪えて返事をした。
「あなたの姿を城内で見られるわけにはいかないから、着替えてもらうわね。
ここへ参れ。」
第一王妃陛下の命令で第一王妃陛下付きの侍女が数人入室してくる。
手早くステラの身ぐるみを剥がすと、騎士の普段着のような男性物の服の上にフードのついたぶかぶかの黒いローブを着させられる。
髪を一つに縛ってローブに隠し、目深にフードを被せられた。
顔が青ざめていたのか、簡単に口と頬に紅だけ差されると侍女は再び退出した。
ステラは筋肉がつかないので線は細いが、女性にしては上背があるので、体の線が隠されたこの格好なら小柄な男性魔法使いに見えるかもしれない。
「うん、いいわね。では覚悟はよろしい?」
第一王妃陛下がいたずらっぽく微笑んだのでステラも微笑み返す。
「お母様、本当にありがとうございます。覚悟はできております。
ヴァレン様を絶対にお助けします。」
「顔を上げて。私も同じ気持ちよ。」
ステラは感謝の気持ちを込めて深く頭を下げたが、第一王妃陛下の言葉に従って顔を上げると優しい手付きでふわっと抱き締められた。
危うく涙腺が緩みかけたが、泣いている場合ではないのでステラは静かに決意を固めた。
◇◇◇
目深にフードを被ったまま、第一王妃陛下の後に続いて王城を進む。
儀仗は第一王妃陛下のサロンに置いてきたので丸腰なのが心細かった。
ステラも一度通ったことのある廊下に入って、第一王妃陛下の行き先がわかった。
国王陛下の執務室だ。
第一王妃陛下が執務室の前に立つと、扉を守っていた近衛騎士がフードを被り顔を伏せたステラを見て小声で聞く。
「第一王妃陛下、恐れ入りますがその者は…」
第一王妃陛下と一緒とは言え、素性のわからない者を国王陛下の御前に通すわけには行かないのだろう。
騎士の声に聞き覚えがあったのでちらっと見ると、元々はヴァレン様付きだったメーデンだった。
ステラがフード越しにメーデンを見上げると、メーデンの瞳とばっちり目があってぎょっとした顔をされる。
でもすぐに表情を戻して第一王妃陛下にさっと頭を下げた。
「ご無礼を失礼いたしました。
…第一王妃陛下がお見えです。」
「お通しせよ。」
最後の言葉だけよく響く声で言うと、中から父の声が聞こえて扉が開かれた。
ステラの心臓はこれ以上ないくらい速く脈打っている。
でもあのときの、ヴァレン様を連れて行かれたときの恐怖を思えば怖いものなどない。
ステラは一度だけ深呼吸をして感情を押し殺すと、第一王妃陛下に続いて入室した。




