111.密談
第一王子殿下の元に戻ると、まだノクティス公爵と話していた。
殿下とノクティス公爵の視界に入らないようにと、第一王子殿下の影に隠れるように控えたが、すぐに気付かれて声をかけられた。
「ステラ、戻ったのか。」
「寛大なお心をいただきありがとうございました。」
さっと頭を下げてまたその背中に隠れようとしたが、ノクティス公爵がステラに視線を向けているのがわかったので挨拶する。
「ノクティス公爵様、お久しゅうございます。」
「ご挨拶が遅れまして申し訳ございません。
お久しゅうございます、アルカニス嬢。」
「恐れ入ります。本日は王国魔術師として参りましたので、お気になさらないで下さい。」
久しぶりに王族として接されて内心慌てるが、見た目には落ち着いて答える。
ステラはまた頭を下げて第一王子殿下の後ろに下がった。
その後も次々に第一王子殿下に挨拶に来る貴族達の好奇の視線に、感情を押し殺しながら警護を続けた。
夜会が終わった後は湯殿と私室へ向かう第一王子殿下の護衛をして、長い一日が終わった。
◇◇◇
ステラが「王家の巫女」であることを第一王妃陛下に打ち明けると決めたものの、高貴な御方にどうやって連絡を取るのかは悩んでいた。
ステラを監視している騎士に言えば繋いでくれるだろうが、それでは全てが第一王子殿下に筒抜けになってしまう。
それに、ステラには自由に行動できる時間がほとんどなかった。
今日も執務室で公務を行う第一王子殿下を、護衛の必要があるのかと思いながらぼーっと眺めていると、扉がノックされた。
「アルカニス魔法伯がお越しです。」
「お通しせよ。」
侍従の声に思わずビクッと体を震わせてしまう。
父が第一王子殿下に用があるということはヴァレン様のことだろうか。
心臓が早鐘のように脈打った。
「お久しゅうございます、第一王子殿下。」
「よく参ったな。」
ステラは敬礼して迎えるが、久しぶりに会う父はステラを見ることもなく、第一王子殿下と向き合う。
「第二王子殿下の話ですが、このまま続けてもよろしいでしょうか。」
そう言って何の感情も感じない冷たい表情でステラをちらっと見やった。
「そなたは退出せよ。」
「承知しました、第一王子殿下。」
内心はがっかりするが、また感情を殺して頭を下げて退出した。
退出したステラは扉のすぐ横に控える。
防音結界がかけられているようで中からは何も聞こえなかった。
またぼんやり立っていて、はっと気がついた。
父は第一王妃陛下の学院時代の同級生だ。
何度か話にも出てきたので、内密に第一王妃陛下に繋いでもらうことができるかもしれない。
父が部屋から出てくるのを今か今かと待ってやっと扉が開かれたとき、父からもらった指輪に一瞬だけ魔力を込めた。
扉の横で敬礼するステラに父が微かに頷いたので、魔力に気付いてくれたのだろう。
ステラは喜びを顔に出さないようにまた感情を押し殺して、第一王子殿下の護衛に戻った。
◇◇◇
父からの動きは突然だった。
父の訪問から数日後、執務室で第一王子殿下の警護をしていると、警備部隊の王国魔術師が入ってきた。
「第一王子殿下、失礼いたします。
師団長が、ステラ・アルカニス様をお呼びです。
私はステラ様がご不在の間、代わりに警護するために参りました。」
ステラは父が動いてくれたことが嬉しくて今すぐ父の元へ駆け出したかったが、表情には出さないように感情を殺した。
第一王子殿下を見ると、訝しげに目を細めていた。
「魔法伯がステラに何用だ。」
「辞令を出されるとのことです。」
ステラはヴァレン様の近衛魔術師の身分のまま第一王子殿下の警護を行っていたが、やっていることは警備部隊の仕事だ。
警備部隊へ配置替えとなる辞令を出されるのだろうと思った。
恐らくステラと会うための適当な理由だろうが、近衛魔術師ではなくなるのは寂しくて目を伏せる。
「そうか。では行くがよい。」
「恐れ入ります、第一王子殿下。行って参ります。」
第一王子殿下に杖と剣を渡して頭を下げた後、交代の魔術師に敬礼してから部屋を出た。
第一王子殿下の近衛騎士が監視のためについてきたが、父も想定内だろうと思って気にせずに進んだ。
外は嵐のような大雨が吹き荒れ、雷が鳴っていた。
ステラは自分に魔力を纏わせて防いでいるので濡れずに済んでいるが、外に面した回廊から吹き荒ぶ雨で監視の騎士はずぶ濡れになっている。
天文台が見えてきて、改めて決意を固めながら王国魔術師団の本部の師団長室に向かう。
「失礼いたします。ステラが参りました。」
「入れ。」
師団長をノックすると、すぐに父の返事が聞こえた。
ずぶ濡れの近衛騎士も後ろから一緒に入ってくる。
「申し訳ないが、精密な魔道具があるのでその格好で入られては困る。外で控えてくれるか。
防音結界はかけないから話を聞くのは構わない。」
「…承知しました、師団長。」
父は王国騎士団長と並んで軍部のトップだ。
近衛騎士の主君は第一王子殿下であるとはいえ、軍の一員として父には逆らえない近衛騎士は渋々退出して扉を閉めた。
「ステラ、久しぶりだな。」
「お久しぶりでございます、師団長。」
「お前はずぶ濡れになっていなくてよかったよ。」
「恐れ入ります。」
父が窓の外を見て苦笑いで言うが、ステラは近衛に聞かれていると思って気を引き締める。
「お前に辞令を出す。」
「…はい、師団長。」
父が机に置いてあった小さな箱を手に取ると、師団長としての厳しい表情でステラを見据えた。
ステラは一瞬目を伏せてローブに留めてある近衛魔術師の徽章を目に焼き付けた後、顔を上げて敬礼する。
「ステラ・アルカニス。
お前を来月一日付で戦闘部隊の副部隊長に任ずる。
任務にあたっては第二王子殿下の近衛魔術師としての任務を優先することとする。
これを受け取れ。」
父の言葉にステラは驚愕して敬礼したまま固まる。
箱を差し出す父にはっとして前に進むが、あまりの衝撃に足元はおぼつかない。
「…ありがとうございます、師団長。」
なんとか声を絞り出すが、覇気のない情けない声が出てしまう。
父から受け取った箱には、剣と杖が描かれた戦闘部隊の徽章と、ローブの襟に付ける副部隊長の証の階級章が輝いていた。
信じられなくて父を見上げると嬉しそうに目を細めて微笑んでいた。
「国王陛下がお前の才をお認めになった。自信と誇りをもって職務に励むように。」
「身に余る光栄にございます、師団長。命を懸けて責務を全うする覚悟にございます。」
ステラはまだ困惑していたが、師団長の前でヨレヨレしてはいけない。
今度は背筋に力を入れてぴしっと敬礼した。
沈黙が流れて、そういえば自分が父を呼んだのだと思い出した。
外には監視の騎士がいるのでどうやって話を切り出そうかと慌てていると、父が口を開いた。
「この嵐では警備部隊も大変だな。」
そう言って窓のすぐ外に見える天文台を見る。
「そう、ですね…。」
ステラはヴァレン様を思い出して胸が痛くなり、天文台を見ていられなくて顔を伏せる。
「嵐は嫌いだ。敵が紛れ込んでも気付きにくいからな。」
「…はい。」
突然そんなことを言われた違和感で父を見つめるが、父は静かに微笑んでステラを見つめていた。




