110.一縷の望み
ヴァレン様の部屋を出て自分の部屋に戻ると、夕陽がカウチを照らしていた。
ここでヴァレン様から指輪をもらった日の光景が脳裏をよぎってまた泣きそうになって、ふと思い出した。
ステラは一度だけ、「王家の巫女」として魔法を使ったことがある。
ヴァレン様に指輪を差し上げたときに、王国魔術師団の図書館で見つけた魔法を使って《守り》を施したのだ。
あのときはなんとなくそうした方がいいと思って右手の中指にしている《髪色を変える》魔法がかけられた指輪を外して、本来の白銀の髪で魔法をかけた。
ステラは自分の鼓動が胸を打ち付けるのを感じながら、窓辺に跪いて夕陽に染まった天文台を見つめる。
そっと右手の中指の指輪を外すと現れた白銀の髪が、あのときのヴァレン様のように夕陽の朱色に染まっていた。
(どうか、ヴァレン様が傷つけられることがありませんように。
必ず私がお助けするので、それまで健やかに過ごされますように。)
心の中で願いながら手を組むと、自分の足元に金色の魔方陣が輝き、魔力が金色の光を纏って天文台にまっすぐ飛んでいった。
そうかもしれないとは思ったものの、本当に成功したことに驚いて呆然と天文台を見つめる。
ヴァレン様にはどのように届いているのかわからないけど、これでお守りできるといいなとまた心の中で願った。
第一王子殿下の「王家の魔法」に変な影響を与えたらどうしようとふと気付いて、慌てて立ち上がって指輪をまた嵌めた。
相変わらず血管がぞわぞわしているので大丈夫だとは思うが、その日はいつ第一王子殿下がやってくるのかとビクビクしながら過ごした。
◇◇◇
「王家の巫女」の魔法を使う方法はわかったけど、誰に、いつ、どうやって自分が「王家の巫女」だと伝えればいいのか、政治に関わったことのないステラにはわからなかった。
それにヴァレン様からも父からも言うなと命令されている以上、勝手に動くことはできない。
誰にも言えないまま第一王子殿下の警護をする日々を続けていた。
今日は国王陛下のお誕生日をお祝いする夜会の日だ。
去年はヴァレン様にドレスを着させられたが、今年は王国魔術師の正装のローブに身を包む。
こんなことになるのなら、嫌がらずにもっとドレス姿で着飾ってヴァレン様の隣に立って喜ばせて差し上げたかったと思う。
胸が痛くなるが、感情を殺して第一王子殿下の元へ向かった。
執務室に入ると、第一王子殿下は正装の黒い軍服姿でステラを迎えた。
たしかにその姿は麗しいが、ヴァレン様の軍服姿に感じるようなときめきはなかった。
「なんだ、ドレスではないのか。」
「私はドレスを身に纏うような立場ではございません。」
目を細める第一王子殿下に頭を下げて淡々と答える。
「君は本当に私になびかぬな。」
「私ごときが恐れ多いことにございます。」
第一王子殿下はその麗しい姿で数々のご令嬢を虜にしてきたのだろう。
ステラが頭を下げたまま答えると、諦めたのか部屋を出られたのでステラもあとに続いた。
「第一王子殿下のお成り。」
侍従の声がして第一王子殿下に続いてホールに入るが、いつもの《敵を現す》魔術は使わなかった。
ステラの《敵を現す》魔術はヴァレン様の敵にしか反応しないし、その《敵》の護衛をしている今は何の意味もないからだ。
第一王子殿下の後ろに続いて国王陛下の元へ向かうと、会場の貴族にざわめきが走る。
これまでも第一王子殿下の警護で貴族とは何度も会っていたが、大勢の前で護衛をするのは初めてだ。
天覧試合で第一王子殿下がステラを抱き締めるのを目撃した貴族は嫌悪感が込められた目でステラを見て、他の貴族はヴァレン様の婚約者であるステラが帯剣して第一王子殿下の護衛をしていることに驚愕の表情を浮かべている。
ステラは感情を殺してホールを進み、国王陛下と第一王妃陛下の御前に立った第一王子殿下と共に頭を下げた。
「国王陛下、第一王妃陛下。第一王子アルセナがご挨拶を申し上げます。」
「よく参った。面を上げよ。」
第一王子殿下が顔を上げるが、ステラは俯いたままで姿勢を正した。
「国王陛下、めでたき日を心よりお祝い申し上げます。
国王陛下のご健康と御代の安泰をお祈り申し上げます。」
第一王子殿下が再び頭を下げたのでステラもそれに従う。
挨拶している間もステラに対する貴族達の好奇の視線を感じた。
第一王子殿下が挨拶を終えたのでステラも後に続いて去ろうとすると、第一王妃陛下に声をかけられた。
「ステラさん、いいかしら。」
第一王子殿下に目配せをすると頷かれたのでステラは第一王妃陛下に向き合う。
「ご挨拶が遅れて申し訳ございません、国王陛下、第一王妃陛下。このめでたき日を心よりお祝いいたします。」
そう言って頭を下げると、第一王妃陛下の優しい声がした。
「顔を上げて。あなたと少しお話ししたいの。こちらへいらっしゃい。」
王族としてではなく王国魔術師として来ているのにいいのだろうか、と国王陛下の後ろに控える父を見ると表情は変わらなかったが頷かれたので、第一王妃陛下に従ってその場を離れる。
第一王妃陛下が誰もいないホールの最奥で立ち止まったのでステラも立ち止まって頭を下げる。
「第一王妃陛下、いかがなさいましたか。」
「ステラさん、顔を上げて。」
ステラが顔を上げると、第一王妃陛下の澄んだ青い瞳がステラに優しく微笑みかける。
「お母様…。」
「やっと呼んでくれたわね。」
思わず呟いてしまってはっとしたが、第一王妃陛下が嬉しそうに微笑んで下さったのでステラも微笑み返す。
「ステラさんと中々話せないから、お話ししたかったの。」
「お気遣いいただきありがとうございます、お母様。」
第一王妃陛下は言いながらちらっと第一王子殿下を見る。
ステラが四六時中連れ回されていることをご存知なのだろう。
第一王子殿下はノクティス公爵と話していた。
「ステラさん、私にできることがあったらいつでも頼ってね。きっとあなたの力になれると思うわ。」
ステラは心を見透かされたような言葉に目を瞠る。
自分が「王家の巫女」だと打ち明ける相手として第一王妃陛下のお顔は思い浮かんだが、気が引けていたのだ。
それに、第一王子殿下の監視の目があるから自力では会えそうもなかった。
「ありがとうございます、お母様。そのときには、よろしくお願いいたします。」
どうやって第一王子殿下の目をかいくぐって第一王妃陛下と会うのかは考えないといけないが、ステラはやはり打ち明けるなら第一王妃陛下だと決意した。
あまり長く話しても第一王子殿下に疑われてしまうので深く頭を下げて、また第一王子殿下の元に戻った。




