107.近くて遠い人
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入学式を終えた後も引き続き第一王子殿下の警護にあたっていた。
ヴァレン様のことが心をよぎると胸が引きちぎられそうになるので、感情を殺して生活するのが日常になってきていた。
相変わらずどこでも護衛をつけたがる第一王子殿下の執務を執務室で見守っていると話しかけられた。
「そういえば、今年も天覧試合に出るのか?」
「恐れながら、今年は殿下の警護をさせていただきます。」
天覧試合の予選は既に始まっているだろう。
鍛えた防御魔術で部隊長の魔法を受け止めてみたかったが、こうも四六時中拘束されていては戦っている場合ではなかった。
「それではつまらないな。私が師団長に話しておくから試合に出てくれ。」
「…恐れながら、天覧試合で戦うためには予選がございます。既に始まっていますので私には出場する資格がございません。」
ステラはそう言って頭を下げる。
「では今からでも行ってくるがよい。」
「警護はよろしいのでしょうか。」
「よい。他の者をつける。」
「寛大なお心に感謝いたします、第一王子殿下。」
思ってもみない申し出に驚いたが、第一王子殿下の気が変わらないうちに執務室を退室した。
第一王子殿下の近衛騎士がついてきてはいるが、久しぶりの自由を勝ち取ってステラはほっと息をついた。
まさか天覧試合に出られるとは思っていなかったが、出られるのであれば絶対に部隊長と戦いたかった。
使いたい魔法があったのだ。
王国魔術師団の本部が近づくと、天文台がどうしても目に入ってしまって泣きそうになる。
今すぐ駆け寄って助け出したいが、第一王子殿下の近衛騎士がついてきているし、そんなことをヴァレン様は望まれない。
天文台を横目に見ながら久しぶりに王国魔術師団の訓練場に向かうと、やはり予選が始まっているようで魔力の衝突を感じた。
「ステラ!来たのか!」
ディーンが突進するようにステラに駆け寄ってどんと肩を叩くと急に日常を思い出して、天文台を見て堪えていた涙がばーっと溢れてしまう。
「え?!痛かったのか?!どうしたんだ?」
「おい、ご婚約者様を泣かせたのか?」
エメリックもひょいっと顔を出す。
学院で監視をしていたときの無気力な表情とは大違いで今度は思わず笑ってしまう。
「久しぶりに皆さんと会えて嬉しくて…突然泣いてしまってすみません。」
「なんだ。不敬で捕らえられたらどうしようかと思った。」
ステラの言葉にディーンがちらっと背後の近衛騎士を見てほっと息をついたのでまた笑ってしまう。
「第一王子殿下からご許可をいただいたんです。予選に参加させていただけますか?」
「勿論だ。むしろステラは去年部隊長に勝っているから決勝だけ出てくれればいい。」
「それならよかったです。」
途中参加は気が引けたので自分の出番はまだだと知ってほっとする。
「見ていくか?」
「そうさせていただきます。」
ディーンがステラの心情を慮ってくれたのだろうが、でも近衛騎士に察されないように肩をバンバンしながらさりげなく聞いてくれた。
第一王子殿下の側になどできるだけいたくなかったのでステラは全力で頷いた。
試合を見ると言いながら、ステラはほとんどの時間を天文台を眺めながら過ごした。
これほど近くにいるのに、そのお姿を目に映すことは叶わない。
太陽が空高く昇り、日の光が天文台に照りつけて眩しく輝いている。
ステラはこうして外の空気を吸っているけれど、ヴァレン様はもう一ヶ月以上もあの天文台に閉じ込められているのだ。
尋問で辛い思いはしていないか、お体は無事か、お元気で過ごされているのかと考え出すとまた涙が溢れそうになって、感情を押し殺した。
心の中でヴァレン様の無事を願って、すぐそこにある天文台に魔力を飛ばした。
◇◇◇
ステラは無事に最終戦を勝ち抜いて、部隊長と戦う権利を得た。
最近魔法を使っていなかったので不安だったが、なぜか魔力は前よりも増していて、今なら部隊長と正面から戦っても勝てる気すらしていた。
「ステラの魔法を見られるのが楽しみだよ。」
「勿体なきお言葉、恐れ入ります。」
天覧試合に出られることを報告すると、白銀の髪を後ろで束ねた第一王子殿下が優しさを感じる笑みを浮かべながらステラの頭を撫でた。
最近は第一王子殿下に見つめられても血管がぞわぞわすることはなくなっていたが、触れられることへの嫌悪感は変わらなかった。
でも、天覧試合への出場を許可してくださった恩はあるので何も言わずに頭を下げた。
◇◇◇
天覧試合の当日、第一訓練場には春の風が心地よく吹き抜けていた。
ステラは天文台を見上げて、どうか見ていて、と願いを込めてまた魔力を送る。
貴賓席まで第一王子殿下を護衛するステラを見て心ない言葉を言う者もいたが、感情を殺すことが常になったステラには何も響かなかった。
貴賓席に到着すると、第二王妃陛下が先に入室されていたので、ステラは頭を下げてから壁に張り付いて存在感を消す。
「母上、お久しゅうございます。」
「本当に久しぶりね、アルセナ。あなたの活躍は聞いているわ。」
「私は何もしておりません。引き続き国王陛下のお役に立てるよう精進します。」
ヴァレン様を捕らえておいて何もしていないとは何事か、とステラは会話を苦々しい思いで聞くが、感情を殺すことに慣れてしまったので表情には出ていないはずだ。
そのうちに鎧の音がして、国王陛下と第一王妃陛下も近衛騎士と一緒にいらっしゃった。
後ろに父もいるが、ステラと目を合わせようとしなかったのでステラも気にしないことにする。
久しぶりに見た第一王妃陛下は少しおやつれになっていた。
その原因はわかっているので、ステラは胸がずきっと疼くが、今日は第一王妃陛下にとっての敵の警護でこの場にいるステラは目を合わせることが出来なかった。
「国王陛下、第一王妃陛下、お久しゅうございます。」
「久しいな、アルセナ。」
ステラは国王陛下のことも今までとは別の意味で直視できなかった。
最初は貴族の奏上を受けて致し方なくヴァレン様を捕らえたのだと思っていたから国王陛下に対して負の感情はなかったが、あんなところに長期間幽閉して、尋問の許可まで出されたことで心底恐ろしくなっていたのだ。
「…そなたも来ておったか。」
「お久しゅうございます。国王陛下。では私はこれにて…」
国王陛下がステラに気づいたのでステラも手短に挨拶して頭を下げる。
国王陛下からすれば罪人の婚約者だろう。
御目汚しをするわけにはいかないと訓練場に向かおうとすると、第一王妃陛下に手をとられた。
驚いて体が固まり、その青い瞳を正面から見つめてしまう。
「ステラさん、会えてよかった。私はあなたを応援しているわ。」
第一王妃陛下の瞳は言葉よりも強くステラを捉えた。
その意味に気付いて泣きそうになり、ステラは慌てて目を伏せてお礼を言う。
「ご挨拶が遅れまして申し訳ございません、第一王妃陛下。
身に余るお言葉を賜り、恐悦至極に存じます。
ご期待に沿えますよう、最善を尽くします。」
そう言って頭を下げると、今度こそ本当に貴賓室を出て訓練場に向かった。




