106.敵を護る
第一王子殿下は言葉通り、翌日からステラを自分の警護につけた。
ヴァレン様と違って四六時中護衛をつけたがったので、執務室にいるときでも湯殿に行くときでも、ステラは第一王子殿下の後をついて回らされた。
ただ、そのおかげで普段の瞳は金色に戻ったので、「王家の魔法」が使われているのかの確認はしやすくなった。
貴族との会談はさすがに聞かれるわけにはいかないのか扉の外で待っていたが、レオナルドの言う通り、第二王子派のはずの貴族も積極的に第一王子殿下と面会していた。
ステラも何度もヴァレン様のお隣で挨拶したことがある相手もいた。
第一王子殿下の護衛をするステラと目が合っても不思議なほど表情を変えないので、やはり第一王子殿下は何かしらの魔法で洗脳しているのだろうと感じた。
貴族達とは対照的に、レオナルドや元々ヴァレン様付きだった近衛騎士や侍従と城内ですれ違うと皆痛ましげな顔でステラを見たが、感情を押し殺して視線に気付かないふりをした。
夜は杖と剣を回収されて、また《魔力を奪う》という「王家の魔法」がかけられた私室で過ごしたので自由は皆無だった。
だが、ヴァレン様の近衛魔術師としての矜持を保つために、空いた時間に天文台に向かって祈りを捧げることだけは続けていた。
◇◇◇
いつの間にかステラは王立魔法学院の三年生になり、二十歳の誕生日を迎えた。
第一王子殿下に連れ回されているせいで誰もステラに接触できないので、節目を祝ってもらえないのは少し寂しかったが、ヴァレン様がいない寂しさを上回ることはなかった。
今日は学院の入学式で「豊穣の魔法」を執り行う第一王子殿下を警護することになっている。
警護担当になってから初めて王城から外出するので気を引き締めていた。
王国魔術師の正装のローブを纏い、普段つけているものよりも大きい「英雄の証」の正式な勲章をつける。
杖と剣を腰から提げて、監視の騎士と共に第一王子殿下の執務室に向かった。
「ステラ・アルカニス様をお連れしました。」
「通せ。」
第一王子殿下の執務室にも慣れてきたことを悔しく思いつつ入室して頭を下げる。
「お待たせいたしました、第一王子殿下。」
「よい。では参ろう。」
第一王子殿下の後について王族専用の馬車寄せに向かうと、見慣れた四頭立ての馬車が止まっていた。
ステラは先に回って第一王子殿下が乗りやすいように手を差し出す。
すると、逆にその手を引かれて馬車に押し込まれた。
「第一王子殿下、恐れながら私の役目は殿下の警護でございます。
この馬車は不相応にございますゆえ、失礼いたします。」
「では私の妹として乗るがよい。」
「…恐れ入ります。第一王子殿下。」
ステラが降りようと頭を下げるが、そう言われては抵抗できない。
隣に座る第一王子殿下の距離の近さに嫌気が差しながらも、渋々腰を掛けた。
「ステラは中々心を開いてはくれぬな。」
「殿下の尊い御目に私の穢れた心をお見せするわけにはまいりません。」
第一王子殿下の視線を感じるが、ステラは前を見つめながら答える。
すると、おろしていた髪を一房掬われて撫でられた。
「尊いお手が汚れてしまいます。お戯れはおよしください。」
「妹の髪を触るくらいよいではないか。」
ステラの体に触れていいのはヴァレン様だけだ。
全身に鳥肌が立つが、嫌だなんて言えるはずもないのでまたまっすぐ前を見つめた。
馬車が学院に到着すると、第一王子殿下がさっと先に降りて手を出される。
王族のエスコートを断るなど不敬なので黙ってその手をとると、校門に集まっていた新入生や父兄が大きくざわめいた。
「第二王子殿下のご婚約者様ではないか?なぜ第一王子殿下のお隣にいるんだ?」
「あれって『英雄の証』よね。だから謀反を起こしても許されるのよ。」
「王族なら誰でもいいのかしら。ふしだらだわ。」
「第二王子殿下が幽閉されているから乗り換えたのか。大罪人だもんな。」
自分に対する心ない言葉はいくらでも耐えられるが、主君への侮辱は耐えられない。
ステラが父兄に向かって殺気を込めて魔力を放つとざわめきは静まった。
「そう怒るでない、ステラ。」
ステラの魔力に気づいた第一王子殿下が立ち止まってまたステラの髪を撫でるように触る。
「申し訳ございませんでした、第一王子殿下。」
ステラは頭を下げてまた前を向き、第一王子殿下のあとについて大聖堂に向かった。
大聖堂に近づくと、ステラを見た在校生が驚愕の表情を浮かべて静まり返った。
学年末試験のときは罪人のように扱われていたのに、次に現れたら帯剣して第一王子殿下を護衛しているのだから皆の反応も当然だろう。
魔方陣の準備のために第一王子殿下に続いて大聖堂に入ると、既に座っていたアリスが驚愕の表情を浮かべた後、叫び出しそうなのを抑えるかのように手で口を覆って涙を流した。
ドラードは今にも斬りかかるのではないかという勢いで第一王子殿下を睨み付けている。
口を利いていなかったクリスフォードやエリザベスまでも、信じられないというような表情をした後、痛ましげに顔を歪めた。
皆の顔を見ていると涙が込み上げてきそうになり、感情を押し殺して第一王子殿下の護衛に集中する。
第一王子殿下が祭壇に上がるとステラも続いて祭壇に上がって杖を構え、会場に魔力を解き放って警戒する。
「終わったよ。」
第一王子殿下に声をかけられたので頭を下げてまた後ろからついていき、大聖堂を後にした。
大聖堂の裏に回ると、昨年と同じように父や他の来賓が集まっていた。
父は当然ステラの任務を知っているだろうから特に表情は変わらなかったが、他の来賓は皆ぎょっとしたようにステラを見た。
来賓は皆、国の重鎮だから婚約式にも来ていただろうし何度か挨拶したことがある方もいる。
ステラは少し気まずくなっていたが、第一王子殿下は全く気にならないようでステラに話しかける。
「学院が始まったから私の警護もできなくなるのか。」
「試験以外は任務を優先しますので、お気になさらないでください。」
「そう。それならよかった。」
その言葉に学院に行くと言っておけばよかったと悔やんだが、言い返すほどの感情は沸き上がらなかったので静かに頭を下げた。
入学式が始まり、ステラは祭壇の下で警戒に当たった。
皆、式典よりもステラを見ているのではないかというほど会場から痛いほど視線を感じる。
ヴァレン様さえ侮辱しなければステラのことは好きに思っておけばいい。
ステラは感情を殺したまま、式典が無事に終わることを願った。
「それでは、新入生代表による宣誓と王家による『豊穣の魔法』を執り行います。」
その言葉にはっとするが、今年魔法を執り行うのはヴァレン様ではない。
第一王子殿下の「王家の魔法」など恐ろしくて見たくもないので会場に目を向けたまま警備を続けていると、第一王子殿下が魔方陣に魔力を込めたのか、全身の血管がぞわぞわした。
しばらくして魔力の波が足元に降り注ぐと、足の血管がそれを拒否するようにぎゅっと縮こまるような感覚があって驚く。
ヴァレン様の魔力が護ってくださるのを感じて、ステラは少し微笑んでまた警備に戻った。




