105.届かない願い
馬車が学院に到着すると、馬車で一緒だった近衛騎士がステラの両脇を挟み、残りの騎士と戦闘部隊の魔術師達が後ろについてくる。
まるで大罪人を連行するような異様な光景に、寮から登校する生徒達はぎょっとした顔で遠目にこちらを眺めていた。
教室に入ると、アンデモール先生がステラを庇うように迎えてくれた。
「騎士様は二名まで入室を許可します。ここからは学院が責任を持ちますので、他の方々は空いている教室でお待ちください。」
王国魔術師は皆、王立魔法学院の卒業生だ。
アンデモール先生には逆らえないのか、そもそもこんな任務にそれほど重要性を感じていないのか、皆頭を下げて去っていった。
騎士達は第一王子殿下の命令には逆らえないので教室の外で待機することにしたらしい。
ステラはアンデモール先生に心を込めて頭を下げる。
「アンデモール先生、ありがとうございます。」
「あなたは地位に関係なく私の生徒です。私が守るから安心しなさい。」
先生の優しい微笑みに涙腺が緩みそうになったが、枯れ果てた涙は出てこなかった。
ステラはアンデモール先生に守られながら、二名の騎士を連れて教室に入っていつもの席に座った。
「おはよう、ステラ。」
「おはよう、アリス。」
異様な空気を放っているであろうステラにも、アリスはいつも通り声をかけてくれた。
「まるで罪人のような扱いで腹が立つわね。」
ステラの耳元に顔を寄せて騎士には聞こえないように囁かれる。
思っていたことをそのまま言われてしまって思わず笑ってしまうと、アリスも微笑んでくれた。
「あなたには笑顔が似合うわ。私はいつでもあなたの味方よ。」
「ありがとう、アリス。」
優しい言葉にいよいよ涙腺が復活しかけたが、第一王子殿下の近衛騎士に見られていることを思い出してなんとか耐えた。
◇◇◇
アンデモール先生のおかげで筆記試験は問題なく終えたが、実技試験は本当に罪人のような扱いだった。
戦闘部隊の魔術師からステラの杖を受け取ると、即座に十人の魔術師の杖が心臓を取り囲むように突き付けられて魔力を込められる。
「貴方様が抵抗されたら、手段は問わず大逆罪で捕らえるよう命令されています。」
戦闘部隊のエメリックが感情のこもっていない声で言う。
「承知しました。攻撃する気はありませんが、学生に危害を加えないようお願いします。」
第一王子殿下はステラが反乱でも起こすと思っているのだろうか。
そんな気など毛頭ないステラは戦闘部隊の魔術師達に申し訳なくなり、また頭を下げた。
生徒達が怯えて試験にならないので、どの試験も一番先に終わらせてもらうとすぐに杖を魔術師に返した。
防御魔術のクリンプトン先生だけは戦闘部隊の魔術師達を睨み付けて
「私の生徒に杖を向けるな。」
と一喝してくれた。
元副部隊長に逆らえるわけなどない魔術師達が杖を下ろしてくれたので、クリンプトン先生に深く感謝しながら試験を受けた。
◇◇◇
仰々しい監視を受けながらも無事に試験を終えて、首席の座を守り抜いた。
でも、ローブの胸に増えた首席の証も、褒めてくれる人がいないと全く嬉しくない。
試験が終わった後もヴァレン様の私室に居座って、ヴァレン様のノートや天井まである本棚の本をひたすら読む生活を続けていた。
ヴァレン様も読んだのかなと思うと、同じページを読んでめくることが幸せに思えたのだ。
時々、レオナルドが心配して来てくれた。
レオナルドの話によると、第二王子派の貴族がどんどん第一王子派に取り込まれているらしい。
この部屋の魔法を維持するために第一王子殿下の瞳は常に深紅に染まっているので、「王家の魔法」によるものなのかヴァレン様の立場が危ういからなのかはわからないが、ステラは前者のせいだと思った。
今日もレオナルドの話を感情を殺しながら聞いていると、ふいにレオナルドがステラを抱き締めた。
「レオ様、どうなさったのですか。」
「…ステラ。辛いなら僕が君を城から連れ出す。全て忘れて僕と逃げよう。」
その言葉に驚いて、久しぶりに温かい感情が戻ってくる。
「レオ様…。お気遣いいただきありがとうございます。
私はヴァレン殿下の近衛魔術師です。
主君をお守りしなければなりません。
主君を残してこの城から出ることはできません。」
「…そうか。もしその気になったらいつでも言ってくれ。」
レオナルドの瞳が切なそうに歪められる。
レオナルドは幼い頃からその優しさでステラを何度も守って励ましてくれた。
感謝の気持ちを込めてそっと微笑むと、ステラの頭をぽんぽんと優しく撫でて、レオナルドは部屋を退出した。
レオナルドが帰った後しばらくはぼんやりしていたが、することがないので結局本を読んでいると、扉の外から侍従の声がした。
「第一王子殿下のお成り。」
その声にステラは本を閉じて立ち上がり、頭を下げる。
レオナルドが思い起こさせてくれた温かい感情がすっと消えるのがわかった。
「面を上げよ。」
胸に響く声がして、顔を上げる。
「久しいな、ステラ。」
「お久しゅうございます、第一王子殿下。」
ヴァレン様が捕らえられた日以来に見た第一王子殿下は、深紅の瞳に優しく見える微笑みを浮かべていた。
自分に「王家の魔法」は効かないことはわかっているが、敵の目など見たくないので目は伏せたまま答える。
「君に話があって来た。」
「ご足労いただき恐れ入ります、第一王子殿下。」
まともな話ではない気がして、頭を下げながら感情を押し殺す。
「そなたに私の警護を命ずる。」
「…承知しました。第一王子殿下。」
ステラは一瞬心も体も固まるが、淡々と答えた。
「抵抗しないのだな。私の近衛は嫌がると言うのに。」
「王国魔術師として有り難き誉れでございます。」
王国魔術師の使命は王国と王族を守ることだ。
第一王子殿下の警護も当然の仕事なので、断る理由も大義もない。
「私の警護をするときは杖と剣を返してやる。但し、万が一それで私を攻撃するようなことがあればヴァレンの命はない。」
「攻撃など滅相もないことでございます。第一王子殿下の尊きお体を誠心誠意お守りいたします。」
ヴァレン様を人質にとるような言い方に腹が立ったが、怒ったところでヴァレン様が戻ってくるわけではない。
「では、そのようにせよ。」
ステラはまた深く頭を下げた。
「…ヴァレンのことは聞かないのだな。」
突然名前を出されて体がビクッと反応してしまう。
「私ごときが口に出すのも恐れ多い話でございます。」
ヴァレン様がどう過ごされているかは気になっているが、敵の口からその名前を聞くのはぞっとする。
「『王家の魔法』による尋問をしたよ。」
ステラはその言葉に思わず顔を上げて第一王子殿下を見上げてしまう。
体が震えそうになり必死に抑えるが、顔面は蒼白になっているかもしれない。
「なかなか口を割らないのでな、少々痛め付けておいたよ。」
ステラは怒りで今度こそ体がわなわなと震え始めた。
涙も出そうになるが、敵の前で弱みを見せるな、と言い聞かせる。
「君の働き次第では少し休ませてやるか。」
腹立たしくて睨み付けたかったが、ここでステラが反抗したら敵の思うつぼだ。
「誠心誠意、務めさせていただきます。第一王子殿下。」
声が震えないように気を付けながらまた頭を下げると、第一王子殿下は何が面白いのか、肩を震わせて笑いながら部屋を後にした。
第一王子殿下が退出されて扉が閉まると、涙を堪えきれなくなって声を出して泣いた。
ヴァレン様が、命を懸けてお守りしたい大切な主君が尋問を受けているなんて、ステラの体を引き裂いてもらった方がよっぽどましだ。
辛くて耐えられないのに、この気持ちを受け止めてくれる人は手の届かない場所にいる。
空が真っ暗になって星がきらめくまで泣き続けて、ふとヴァレン様の部屋の大きな窓から見える天文台に目を向ける。
どうかご無事でいらっしゃいますようにという願いを天文台に届くようにぎゅっと魔力に込めて、跪いて手を組んで祈ったが、天文台は何の変化もなくただ冷たく王城を見下ろすだけだった。




