104.残り香
「レオ様、ヴァレン様は…」
「ヴァレンは天文台に連行されたよ。」
「そんな…」
あそこは魔力のある罪人の収容場所だ。
高貴な御方が過ごせるような部屋はない。
「ヴァレンは普通の魔力も人並み以上だからね。わかっていたことだ。
そんなに酷い扱いは受けないはずだから、そこは安心して良い。」
そんなことを言われても、あんな場所にヴァレン様が滞在されると思うとステラは今すぐ助けに行きたい衝動に駆られてしまう。
「ステラ、君は杖も剣も奪われているし、この部屋の外には騎士と魔術師が控えている。逃げ出そうとか助け出そうなんて無駄な真似はするな。」
レオナルドがステラの気持ちを見透かしたように厳しい口調で告げる。
「…わかっています、レオ様。」
逃げ出したり助け出そうとしたら大逆罪だ。
ヴァレン様がステラに生きていてほしいと願って下さったから、そんなことはしない。
「この部屋の中では自由に過ごしていいそうだ。学院に通うときには監視がつくだろうけど。
王国魔術師としての任務がどうなるかは追って連絡がある。」
「わかりました、レオ様。
…あの、ヴァレン様の私室には入れないのですか?
勉強道具をヴァレン様の私室に置かせてもらっているんです。」
ベッドの奥にあるヴァレン様との私室を繋ぐ扉には向こう側から魔法で鍵がかけられているのがわかった。
勉強道具や貸してもらっているノートを取りに行きたいという理由もあるが、ヴァレン様のことを感じられる気がして、もし許されるのなら中に入りたかった。
レオナルドは一瞬驚いた表情を浮かべたが、学年末試験のことを思い出してくれたのか微笑んでくれた。
「確認しておくよ。僕は王城で他の仕事をしているから、必要なら外の騎士に伝えて呼んでくれ。」
「ありがとうございます、レオ様。」
またステラの頭を撫でて、名残惜しそうに退出するレオナルドを見送った。
レオナルドの雷を受けてくらくらしていた頭がすっきりしてきて、立ち上がったステラはふと目に入ったカウチに足を向ける。
ヴァレン様といつも一緒に過ごしていた場所だ。
カウチに腰かけると、大きな窓越しに王国魔術師団の天文台が目に入った。
あそこにヴァレン様が閉じ込められているのだと思うと、涙がこみ上がってきてぽろぽろと溢れ落ちて止まらなくなる。
「ヴァレン様…」
左手の薬指に輝く、ヴァレン様からもらった赤い宝石の指輪を涙が伝ってきらめく。
守りきれなかった悔しさと、会えない悲しさと、第一王子殿下のせいで主君があんな場所に閉じ込められている憤りで、感情がぐちゃぐちゃになって声を上げて泣き叫んだ。
ステラの頭を撫でてくれる人はもう誰もいなかった。
一人で泣き腫らしていると、ノックの音が聞こえた。
「第一王子殿下のお成り。」
ステラは驚きで目を見開いて、慌てて涙を拭って立ち上がって頭を下げる。
「泣いていたのか。顔を上げて。」
入室した第一王子殿下の声に先程の冷たさはなかったが、顔を上げる気にも返事をする気にもならなかった。
ステラが頭を下げたまま黙っていると、こちらに歩いて来る気配がして身をこわばらせる。
「ステラ、面を上げよ。」
命令には逆らえないので、ぎしぎしと音を立てそうなほどぎこちなく顔を上げる。
視界の端に第一王子殿下の紅く染まった瞳が映った。
「君は何も悪くない。泣くことはない。」
励ましているつもりなのだろうか。
ステラが悪くないのならヴァレン様も悪くないと言いたかったが、王族にそんなことは言えないのでそのままの姿勢で押し黙る。
「ヴァレンの私室は調べが済んでいる。好きにするがよい。」
「…寛大なお心に心より感謝いたします。第一王子殿下。」
ステラが深く頭を下げると、第一王子殿下がステラの顎を掴むようにして無理矢理顔を上げさせた。
深紅に染まった瞳が鋭くステラを射貫く。
「そなたは、私の近衛になる気はないか。」
以前にも言われた言葉に動揺するが、答えなど決まっている。
「私は今もこの先も、ヴァレン殿下の近衛魔術師でございます。」
顎を掴まれて頭を下げられないので目線を下げる。
「…そうか。忠誠心が強いのはよいことだ。」
顎を離されたので黙ってまた頭を下げる。
「学院には自由に行くがよい。但し私が手配した者をつける。」
「寛大なお心に深く感謝いたします、第一王子殿下。」
第一王子殿下は頭を下げ続けるステラに興味を失ったのか、血管がぞわぞわする感覚を残して部屋を出て行った。
第一王子殿下から許可を得たのでふとベッドの奥のヴァレン様の私室に繋がる扉を見ると、先程までかけられていた鍵が開かれている。
緊張しながら扉を開くと、やはり一通り調べられたようで前に来たときより少し乱れていた。
相変わらず血管はぞわぞわしたが、ヴァレン様の甘い香りは変わらず残っていて胸がぎゅーっと締め付けられた。
ヴァレン様の学院時代の教科書やノートがしまわれている本棚へ向かう。
「王国史」と美しい文字で書かれたノートを手に取ると、ヴァレン様の優しさを思い出してまた涙が溢れる。
そこにヴァレン様がいるような気がして夢中でめくっているといつの間にか日が落ちていて、迎えに来た侍女に湯殿に連れていかれた。
ヴァレン様がいない今、何のために磨かれてるのかもわからないまま磨き上げられてドレスを着させられる。
私室に戻ってカウチに腰かけてまた天文台を眺めて泣いていたら、いつの間にかそのまま眠ってしまっていた。
◇◇◇
自由に学院に通っていいとは言われたものの、きっと監視のために多くの者が配置されるだろう。
そこまでして行きたいとも思えなかったので、ステラはヴァレン様の部屋に閉じこもって試験の勉強をして気を紛らわせた。
悲しみは癒えないのに涙は出なくなって、捌け口のない虚しさだけが募っていった。
そして、学年末試験の日がやってきた。
ヴァレン様にわがままを言って通わせてもらっている以上、試験だけは監視の者達に申し訳なくても、ヴァレン様がいなくて悲しくても行くと決めていた。
久しぶりに学院のローブに腕を通す。
杖は王国魔術師団の預かりになってしまっているのでいつものベルトはせずに、ヴァレン様からいただいた留め具でローブを留める。
金の留め具に王家の紋章が輝いているが、仕方がないとはいえ国王陛下にヴァレン様が捕らわれてしまった今、不敬にも全く有り難さを感じなかった。
馬車に乗ろうと玄関を出て思わず固まる。
第一王子殿下の近衛騎士が十名と、戦闘部隊の王国魔術師が十名、馬車の前で臣下の礼をとって頭を下げて待機していた。
ただの学生に警備部隊ではなく戦闘部隊が監視につくなど聞いたことがない。
ずっと一緒に訓練してきた魔術師達は、表情には出ていないものの望んでそこにいるわけではないことが伝わってきた。
申し訳なくなり、ステラは頭を下げてから馬車に乗り込んだ。
馬車の中では第一王子殿下付きの近衛騎士が両脇に座っていた。
いつでも抜刀しそうな殺気を放っていて、こんな中で試験を受けるのも気が引けたが、文句を言える立場ではないので黙って真ん中に座った。




