103.幽閉
ヴァレン様が幽閉されるかもしれないと聞いた日から五日が経った。
学院の授業も残り一週間となり、学年末試験も迫っていたが、ステラは学院には通わず、執務室でずっとヴァレン様の護衛をしていた。
自分がいないときにヴァレン様が連れて行かれたらと思うと耐えられなかったのだ。
ひたすら立ってヴァレン様を眺めているだけのステラを見て、ヴァレン様やレオナルドはせめて執務室の端で勉強するよう促してくれたが、とてもそんな気にはなれなかった。
領地からわざわざ王都に戻ってきた貴族達は、連日国王陛下にヴァレン様の処分を奏上している。
第二王子派だった貴族の一部も第一王子派に寝返っているらしい。
執務室でヴァレン様とレオナルドが厳しい表情で会話しているのを、ステラは黙って聞いていた。
そして、その時は突然やって来た。
「殿下!第一王子殿下が…騎士団長と魔術師団長を連れて殿下を捕らえに…」
近衛騎士のメーデンがノックもせず、息を切らして部屋に入ってくると、跪いてヴァレン様に告げた。
ステラは居ても立ってもいられずヴァレン様の元に駆け寄って、ありったけの防御結界を張ろうと杖を構える。
レオナルドも杖を取り出してヴァレン様を守る体制に入る。
「ステラ、レオ、控えよ。」
ヴァレン様から威圧感が放たれて、冷たい、胸に響く声で命令をされてはっと体が固まる。
レオナルドは静かに杖を下ろした。
「そなたも剣を抜いてはならぬ。他の者にも言い聞かせよ。」
「…御意。」
メーデンにも命令すると、メーデンは苦々しい表情を浮かべながらも頷いて退室した。
ステラは震える左手でヴァレン様の右手をとってぎゅっと握る。
威圧感を放ち、王族として命令しているヴァレン様に触れるなど不敬だが、そうでもしないと立っていられなかった。
ヴァレン様は手を振りほどくことなく、その濃い金色の瞳でステラをまっすぐ射貫いて言う。
「ステラ、わかっているな。」
「…はい、ヴァレン様。」
「王家の魔法」が使われたら従うこと。
それはわかっている。
でも、ヴァレン様を守らないなんて無理だ。
鼓動が肋骨を打ち付けるほど大きく響いている。
ヴァレン様と離ればなれになるなんて耐えられない。
でも泣いてはいけない。王国魔術師として第一王子殿下に、《敵》に弱い姿など見せてはいけない。
鎧の音が幾重にも響き、近づいてくる。
ステラはヴァレン様の手を握ったまま、守るように杖を扉に向ける。
レオナルドは見ていられないというように顔を伏せてじっとしている。
「第一王子殿下のお成り。」
侍従の声がして扉が開かれると、その瞬間に金色の魔方陣がヴァレン様の周囲を取り囲む。
血管がぞわぞわして鳥肌が立つ。
ヴァレン様の普通の魔力とレオナルドの魔力がふっと消えたのがわかって、ステラも無詠唱で隠密魔法をかけて魔力を消して杖を捨て、脇に差した剣に手をかける。
「ヴァレン、そなたを捕らえるよう国王陛下に命じられた。」
第一王子殿下はいつもの微笑みを消し、紅く染まった瞳で冷たい声でヴァレン様に告げた。
メーデンとドラードの父である王国騎士団長とステラの父である王国魔術師団長も入室してきて、第一王子殿下を守るように剣と杖をそれぞれ構える。
ステラも静かに剣を抜いて、ヴァレン様を守る。
とても父を見ることはできなくて、第一王子殿下をまっすぐ見据える。
「ステラ、控えよ。」
ヴァレン様の声がするが、ステラは剣を放す気はなかった。
父が杖に魔力を込めたのがわかり、ステラはぐっと剣を握る。
「ステラ、抵抗してはならぬ。」
国王陛下の命令で動いている父の魔法を防いだら大逆罪だ。
それはわかっているけど、ヴァレン様を守らないなんてステラにはできない。
ヴァレン様と繋いでいた手に急に力が込められて引き寄せられると、次の瞬間ステラの手足に力が入らなくなり、ヴァレン様に抱き止められる。
言うことを聞かなくなった手から剣がこぼれ落ちた。
そのままステラを抱き上げたヴァレン様を見上げると、その瞳が深紅に染まってステラを厳しく見つめていた。
「兄上、抵抗するつもりはございません。」
「そうか。では連行せよ。」
ヴァレン様が第一王子殿下に向き合い、頭を下げる。
第一王子殿下はヴァレン様を冷たく見やり、騎士団長に告げると興味を失ったように退出した。
足元の金色の魔方陣が消えるが、ステラは力が入らないので何も出来ないまま第一王子殿下の背中を見送る。
騎士団長がヴァレン様に近づいて来ると、ステラは涙が溢れそうになって必死に堪える。
「ステラ、愛してる。」
ヴァレン様は聞こえるか聞こえないかの小さな声でステラの耳元で囁くと、抱き上げたままのステラをレオナルドの腕に手渡した。
レオナルドの薔薇の香りが優しくステラを包み込むと堪えていた涙が溢れてしまう。
「ヴァレン様!なりません!」
レオナルドに抱えられたままステラが叫ぶが、ヴァレン様は自ら騎士団長の元に歩いていく。
騎士団長がヴァレン様の腕を掴み、師団長がヴァレン様の背中に杖を突き付けると、ステラは見ていられなくて声を上げて泣いてしまう。
「控えよ!無礼者!尊きお体に触れるでない!」
めちゃくちゃに叫ぶが、ヴァレン様は動じることなく大人しく連れて行かれる。
「ヴァレン様!なりません!行かないで……」
ステラの叫びにも振り返ることなくヴァレン様が部屋を出て扉が閉まると、ステラの手足が力を取り戻した。
レオナルドの腕から抜け出そうともがくが、その細身の体のどこにそんな力があったのかと思うくらい強い力で抱き締められて身動きが取れない。
「レオ様、離して!ヴァレン様が!守らないと…」
「ステラ、ごめん。」
暴れるステラにレオナルドが謝ると、ステラの脳天にパチッと電流が走って、頭が真っ白になった。
◇◇◇
目を覚ますと、大きな天蓋が目に入った。
私室のふかふかのベッドで一人で寝かされていることに気付く。
「ステラ。」
その声にはっとして体を起こすと、レオナルドがベッドの縁に腰かけて心配そうにステラを見つめていた。
「レオ様…。」
なんだか血管がぞわぞわして気持ち悪くなって顔を歪めると、レオナルドが言った。
「この部屋には第一王子殿下の『王家の魔法』がかけられている。ステラの杖は王国魔術師団で管理されている。魔法は使えない。」
そう言われて慌てて自分の髪の色と魔力を確認するが、魔道具の効果も執務室でかけた隠密魔法も保たれているようで安心した。
やはり自分には「王家の魔法」は効かないのだ。
確かにレオナルドからは魔力を感じないが、元々よく魔力を消して近づかれては驚かされたので違和感がなかった。
「君まで連行されるのは耐えられなかったから魔法を使わせてもらった。痛い思いをしていたらすまない。」
「いえ、大丈夫です。お気になさらないで下さい。」
レオナルドは申し訳なさそうに顔を歪めて、ステラの頭を優しく撫でた。
もうその手を止める人が側にいないことに気付き、引き裂かれるような胸の痛みに泣きそうになる。




