第八話 他人に対する思いやりと共感は、 私たちが差し出せる最大の贈り物なのだ
昼食を探しに歩くアリスはすれ違う通行人たちに顔をしかめる。背の高い大人たちが多く闊歩する市場では、小柄な彼女の視界は大幅に遮られていた。
日はかなり高くまで上がっており、売買の楽し気な声で賑わう町の雰囲気からも昼の活気をひしひしと感じた。
辺りからはミートパイやローストミート、揚げ菓子の香ばしい匂いが漂い、アリスは思わず唾を飲む。
アリスはぴょんぴょんと定期的に飛び跳ねることで視界を確保しながら、何とかそれらしき露店へとたどり着いた。
「こんにちは。おじさん、このお店ってミートパイ売ってる?」
「お、嬢ちゃん。おつかいか?ご苦労さん。ミートパイならもちろんあるぜ。ちょっと待ってな、すぐ包んできてやるから。1つで良かったか?」
「ううん。2つがいい。あとスモール・ビアとエールも一つずつちょうだい」
白髪まじりの店主が頷き、四角いミートパイを二つ包み始める。
『たまたま、アイツと同じのが食べたかっただけだから。ほんとは私の方が先にミートパイ狙ってたんだし』
「ほら、おまちどおさま。ミートパイ2つにスモール・ビアとエールで銅貨6枚な」
「すごくおいしそうだね。ありがとう」
店主から商品を受け取ると、そこそこの重量がアリスの細腕にのしかかった。
「大丈夫かい嬢ちゃん。ちょっと重いんじゃねえか?」
「これくらいなら全然平気だよ。私、鍛えてるからね」
強がりではなく、見た目の小柄さから勘違いされやすいのだが、実際に10ポンドくらいまでならアリスは軽々と持ち歩くことが出来た。
『そんな身長で無理してないで、ダメそうだと思ったなら俺を頼って頂戴よ』
今朝がた言われたそんな台詞と、憎たらしい赤髪と金色の目がアリスの頭をよぎり、口を尖らせた。
いつも自分を軽視しているオズのニヒルな笑みをどうにかして歪ませられないものかと思案する。
そこでアリスはふといいことを思いついた。
「ところでなんだけど、おじさん。チリソースってあるかな?」
ずっと不機嫌そうだったアリスの表情が初めて年相応にほころび、店主は不意打ちの可愛らしい表情にたじろいだ。
市場から少し離れた辺り、店の建物が立ち並ぶ通りにて。道端の長椅子に座ったアリスは、ガサゴソとミートパイを取り出した。
『ここら辺に、もしかしたらノックスさんのお店もあるのかも』
そんなことを考えながらぽけーっとミートパイを口に入れたアリス。
歯で噛むとサクッと心地のいい音がして――
「うううぅーっ!!」
突如顔を真っ赤にしたかと思うと、夢中でスモール・ビアをごくごくとつぎ込んだ。
彼女が手に持ったミートパイからは、赤くて微かな刺激臭のする液体が溢れ出している。
『オ、オズワルドに仕返しするためにチリソースを入れたのに……!!私が食べちゃったら意味ないじゃない』
アリスは涙目になりながらも、食べ物を粗末にしてはいけないと必死にスモール・ビアで残りのミートパイを流し込んだ。
「辛いよぉ……口がヒリヒリするよぉ……」
唇をパンパンに腫らしたアリスが、己の軽率な行動に後悔していると、見覚えのある背中が彼女の視界に入った。
「あれ、ノックスさん……?」
ロバートと思われる人と話しながら連れ立って歩いており、腰にはあの剣を提げている。
二人はそのまま近くにあった花屋の中に入っていった。
『やっぱり、もう二人には時間が無いんだ』
アリスはちらりと市場の方を振り返る。
『元々これは二人の問題なの。これ以上、ただの取引先である俺たちが出る幕はない。これから先は二人きりにしてやるべきだって』
先ほどオズに言われた言葉が蘇るが、アリスの心は決まっていた。
「私は、私の心に従いたい。ノックスさんたちのところに行ったところで何もできないかもしれないけど……。大切な誰かを失いそうになってる人がいて、皆がしらないだけで、まだなにか救う方法があるかもしれない。ここで見ないふりなんて、絶対にできないよ」
市場から顔を逸らし、市街の向こう側、ノックスの花屋をまっすぐ見据えたアリスは拳を固く握って立ち上がった。
案の定というべきか客が全く来ないので、特にやることのないオズは売り物の武器を手入れしていた。
汚れを防ぐ油を薄く塗り、清潔な柔らかい布で丁寧に拭きとっていく。
『武器を扱うのが苦手なのに、手入れだけは一人前ってのも、我ながら皮肉な話ねえ』
今はもう慣れた鉄の匂いにオズはくああと欠伸をしながら、目の前の片手剣を眺める。
『本当にオズは剣が向いていないな。……はは、そんな顔をするなって。なんたってお前の武器は口だろ?』
懐かしい顔が脳裏によぎり、大きな鍔の下でオズの目が細められる。
「いやほんと、参っちゃうね」
剣の手入れが一通り終わると、オズは市場の奥にある日時計を見て眉をひそめる。
「なんか……嬢ちゃん帰ってくるの遅くねえ?作業してて気づかなかったけど」
もうとっくに正午は過ぎており、市場の人だかりはいったんの落ち着きを見せていた。
しかしながら、青いワンピースを着た小さな体は一向に見える気配がない。
『うーん、俺のことが嫌いすぎて逃げちゃったかな?でも、あの性格だからなあ。あんまりそういうズルいこと考えられなさそうなのよね、嬢ちゃん。そもそも仇が俺である以上、最終的には俺の前に戻ってこなくちゃいけないわけだし』
オズは彼女を使いに行かせる直前の会話を思い起こす。当時オズは売れ残った斧を仕舞っていたため、思い出すのに少し手間取ったものの、ひとまず記憶を手繰り寄せることには成功した。
『こっそり二人を見に行ってくるよ。ノックスさんがちゃんとロバートさんの想いを遂げられるかどうか』
会話とも言えない、一方的なやり取り。そんなアリスの台詞を思い出したオズは首の裏をぽりぽりと掻いた。
「あー。いや、まさか……ね」
オズは少しの間首を捻っていたが、やがて諦めたように外出中と書かれた看板をトランクから引っ張り出すと店頭にかけた。
「世話が焼けるなあ」
同じ姿勢で凝り固まった肩をほぐしながら、オズはやれやれと呟いた。
しばらく市場の中を探したもののやはりというべきか、ぴょこぴょこと歩く金髪の少女は見つからない。
「ちょいといいかいおばちゃん。今日の昼前に、こんくらいの背丈で青いワンピースを着た金髪の嬢ちゃんを見なかったか?」
「いや、見てないね」
「そうかあ。いや、気にしないでくれ。教えてくれてありがとうな」
ミートパイを売っている店を手当たり次第に巡り、7~9歳くらいの少女を見なかったかと聞くが、昼前は人通りが非常に多かったこともあって有力な情報は得られなかった。
『はあ……。てことはやっぱり、ノックスのところに行っちゃった可能性が濃厚だな。となると問題は、件の花屋がどこにあるかなんだけど』
オズが帽子の鍔を指先でくいくいといじっていると、突然声をかけられる。
「おい、そこの赤髪のあんちゃん、金髪の嬢ちゃんの保護者かなにかか?」
振り返ると露店の店主がカウンターから身を乗り出していた。
「まあ、似たようなもんだ」
「そうかそうか。その嬢ちゃんなら、さっきうちの店でミートパイを買って行ったぜ」
白髪交じりの店主は店先に客がいないこともあってのんびりと言った。
「おっちゃん、嬢ちゃんがどこに行ったか分かるか?」
「ああ。たぶん3番通りらへんだよ。そこのワッフル屋を右に曲がって、そのまままっすぐ行くと市場を抜けられる。嬢ちゃんはそっちの方角に歩いて行ったぜ」
店主の言葉にオズは頷く。
『まあ、話の内容が本当かどうかはさておき、実際に行ってみないと手に入る情報も手に入らないからな』
「ありがとうなおっちゃん。おかげで助かったよ」
空腹で靄がかかる頭をぽんぽんとたたき起こしながら、オズは店主の目撃証言に従って市場を後にした。
アリスの影を追って通りを訪れたオズは、きょろきょろと辺りを見渡した。
家具屋、服屋、薬草屋に雑貨屋。立ち並ぶ建物の内容から、ここは商店街のようだとオズは判断する。
「さーてと、花屋は……お、あそこか」
花屋を見つけても、そこに向かうオズの足取りは相も変わらずやる気がない。
「おーい嬢ちゃん、迎えに来たぜ」
花屋の扉には〝Closed〟という看板がかかっており、扉前の地面にはミートパイとエールが落ちている。
「ん?」
それを見つけたオズの目が鋭くなった。




