第六話 なにも起きないことがどれほどしあわせであるか、 ということにわたしたちはなかなか気がつかない
少し間を置いてから、ミカがオズを仰ぎ見る。
「……で、改めてどう?オズから見てこの国は」
どこまでも深い灰色の瞳に見つめられて、オズは心の奥を見透かされているような感覚を覚えた。
『やれやれ、まだ年も若いだろうに……末恐ろしい坊ちゃんだこと』
そんなことを心のうちに零しながらオズは口を開く。
「そうねえ、昨日新聞を読んで思ったのは、これから先武器がよく売れる時代になりそうってこと」
「それって今すぐ戦争が起こるって話でもないよね。国民にとってもっとミクロな話」
「そ、恐化病な。いつ誰が自分を襲ってくるか分からねえってんだから、自衛のための武器を買うやつが多くなるだろう。そうなってくるといくら戦争が起こらなかったとしても、町の治安は格段に悪くなる」
これから儲かるという話なのに、オズが話す声のトーンは下がっていた。
「だね。その割には僕が見てきた場所は、この町を含めてのんきなままだけど」
「俺もそうよ。まあ、新聞で情報だけが流れてきても所詮は他人事だからな。いくら今気をつけろって触れ回ったところで、いざ自分の町で罹患者が出たり、自身が身内に殺されかけるまで、実感がわかないんだろ」
そういうオズの口調も、どこか諦観したような実感が籠っていた。
「でも武器がよく売れるのは武器商人の君にとって喜ばしいことだよね?」
「どうだかね。確かに治安が悪くなれば仕事としては儲かるが、同時に俺が冒す危険もでかくなる。俺は闘いはからっきしなんでね。難儀な商売だよ武器商人ってのは。……最近は国のお偉いさんたちも必死こいて政策を打ち出してるようだが、まあ焼け石に水なんじゃないの」
そこでミカの表情が初めて曇る。
「だよね」
ため息交じりの短い返答が帰ってきた。そんな憂いを帯びた表情ですら絵になるミカに、オズは少し感心する。
『すげえな、美青年ってのは。それだけで寄ってくる客が沢山いそうだ。主に女性客だろうけど』
オズが自分にはない美貌をしげしげと眺めていると、注文のエールが運ばれてきた。
食事が終わり、屋台を出た二人。アリスと別れた頃には薄暗かった市場の景色も、もうすっかり明るくなって活気が出ていた。
「君の面白い話が聞けて良かったよ。だけど本当に、君の武器を見るのは今度会ったときで良かったの?」
オズの少し前を歩いていたミカが振り返り、爽やかな笑みを向けてくる。
「ああ。お互い旅人なんだ。またどこかの町で会えるかもしれないだろ?そのときにでも改めてゆっくり見て行ってくれ」
「そっか、わかった。じゃあねオズ。またどこかで」
「またなミカ。エールごっそさん」
市場から去っていくミカの背中を見送ったオズも、自分の店に向けて歩き始める。
オズの不在にイライラと地面を踏み鳴らしているであろう少女が頭に浮かんで思わず苦笑した。
「帰ってくるのが遅いよ!私のこと追い払っておいて、あんただけ遊びにいくとかどういうこと?」
オズの予想通り、アリスは腕を組んで武器屋の前に仁王立ちをしていた。
人通りはすっかり増え、辺りは屋台に並ぶ人々の会話で賑わっていた。
案の定オズの武器屋は閑古鳥が鳴いているわけだが。
「うん、思ったよりイイ感じなんじゃないか。店の人もいい見立てするじゃないの」
アリスの文句をあっさりとスルーして、オズは彼女の服を指さした。
ふんわりと裾が広がった可愛らしいライトブルーのワンピースに、頭頂部に乗ったワンピースとおそろいの大きなリボン。
ミカほど人の目を引くわけではないが、新しく買った服を着たアリスは幼い見た目も相まってかなり愛らしく見えた。
「ちょっと、話題を変えて誤魔化そうったってそうはいかないんだからね!」
オズを睨みつけるアリスの頬は、しっかり桃色に染まっていた。
「はいはい。ごめんごめ……」
適当にアリスをいなそうとしたオズだが、急に口を噤む。
「?どうかしたわけ?」
「ここって、武器屋ですよね?」
首を傾げたアリスの後ろから男性の声がした。その声が僅かに震えていることをオズは聞き逃さない。
男性の息は完全にあがっており、忙しなく動く彼の視線がオズと商品棚を行き来する。
男性の様相にオズは見覚えがあった。7年前の忌まわしき赤黒い記憶がオズの脳裏をチラつく。
『こういうタイプの厄介事には、深入りしないに限るわ』
「ああ、そうだよ。俺の店へようこそ兄ちゃん。剣だけじゃねえ、槍に斧、弓や格闘戦用の籠手までいろいろ揃えてあるぜ。どんな武器をお探しかな?」
オズは敢えて事情を聞かず、軽いパニック状態になっている男性を落ち着ける様に、ゆっくりと話しかけた。
『でもこういう時は、大体向こうの方から事情を勝手に話してくれるもんだから、結局俺も他人面はできないわけだけど』
「ど、どんな武器がいいか、見繕ってもらえませんか?僕の親友が、大変なことになって……。でもぼ、僕、こんな状況は初めてで、どうしたらいいのか分からなくて」
『ほらね』
オズは心の中で小さくため息をつく。
そこで二人の会話に口を挟んだのは、意外にもアリスだった。
「大丈夫、ゆっくりでいいよ。私もオズワルドも、ちゃんとあなたのお話聞くから」
『おっとっと?まさかここで嬢ちゃんが出てくるとは……しかもちゃっかり俺まで話を聞くことにしてるし』
アリスの行動に内心驚きながらも、オズは彼女に続けて言葉を紡ぐ。
「嬢ちゃんの言う通りさ。いったん深呼吸しようぜ兄ちゃん、その方が結果的に早く落ち着けるでしょ?」
オズの言葉に男性はゆっくりと深呼吸をして、乱れた呼吸を整えた。
しばらくして、再び男性が口を開く。
「先ほどは取り乱してしまいすみませんでした。僕の名はノックスと言います。ところでなんですが……お二人は恐化病という病をご存じでしょうか?」
ノックスの言葉にアリスは首を傾げ、オズは帽子を目深に被る。
「恐化病?なにそれ?」
「罹ることで少しずつ正気を失って、終いには誰彼構わず襲い掛かっちまう不治の病さ。今のところ感染者こそ少なくて、危機感を持ってねえ奴が多いが。このまま罹患者が増えれば、近々この国は変わるだろうと俺は踏んでる」
オズの声は珍しく歯切れが悪かった。
「ええ。貴方のおっしゃる通りです。それでなのですが……実はその恐化病に親友が罹ってしまったようで」
「ええっ!?じゃあ、そのお友達って……」
もう助からないってこと、という言葉を必死に飲み込むアリス。
『そんなこたろうと思った』
アリスがびっくりして目を見開く一方で、オズは帽子の鍔で隠した三白眼を細める。
「兄ちゃんはその友人を介錯するための武器を買いに来たわけだな」
「はい。彼も自身が狂暴化していることを自覚したのがつい先日らしくて。その友人をロバートと言うのですが、彼が私に頼んできたんです。自分が完全に正気を失う前に、お前の手で介錯してほしいと」
改めて言葉にしたことで、刻一刻と理性を失っていくロバートを思い出したのか、唇を強く噛み締めるノックス。
「なるほどね。ノックス、あんたの言いたいことは分かったよ」
「〝ハンターギルド〟を勧めてもみたのですが、それでも彼は『俺を人のまま死なせてくれ』って言ったんです。ギルドの方には届け出も、もう出してあります」
そうか。とオズは頷いた。相変わらず帽子で隠れた彼の表情は見えない。
「了解。じゃあ俺は武器を見繕ってくるわ」
店に武器を取りに行こうと背を向けたオズの赤いベストをアリスが引っ張った。
「どうした?」
アリスは奥歯を噛み締めながらオズを見上げる。
「ちょっと待ってよ!いくら友達に頼まれたからって、人を殺したら犯罪になっちゃうじゃない!」
彼女はまだ、この商談に納得していなかったようだ。オズは頭を振ってアリスに向き直る。
「いいか嬢ちゃん、今この国ではノックスたちがやろうとしていることは犯罪にはならない」
オズは気怠そうに首の裏を掻いた。
「この国は半年前から法律が変わってな。恐化病に罹った本人が届け出をするか、殺人事件の調査で被害者が恐化病だった可能性が認められれば、人を殺しても罪に問われなくなったんだ」
「それでも!今からでも、治す方法を探せばきっと……」
なお食い下がるアリスに、オズの語尾が少し強くなった。
「人の話を聞いてたか?ノックスの親友が望んでるのは人のまま死ぬことだ。本人たちが了承しているんだったら、これ以上は俺たちが口を出すことじゃないでしょ」
「!」
オズの表情を下から垣間見たアリスは息をのむ。
これまで常に余裕に満ち、誰にも本音を悟らせなかったオズの表情、その瞳が僅かに揺れていたからだ。
「オズワルド……あんた」
「話は済んだか?言っとくけど、商売の邪魔をさせるために嬢ちゃんを連れてきたわけじゃないからね」
そんな風に見えたのもつかの間、オズの表情はすぐにいつもの気の抜けたやる気のないものに戻る。
そしてやれやれと首の裏をぽりぽりと掻きながら、武器の在庫が積まれている店の裏側へと消えていった。
今回のエピソードタイトルは【小林正観】より




