第五話 出会いが運命を決める。
「ねえオズワルド、さっきのって詐欺じゃない?」
木製の硬いベッドに腰かけたアリスは曇った表情のままオズに話しかける。
一方のオズはいつの間に購入していたのか、小さな椅子に座って今日の新聞を読んでいた。
「オズワルド?」
「『恐化病、ペンフォス王国の各地で次第に広がる不治の病。罹った者は徐々に正気を無くし、最終的には理性を失って目に映る全てを破壊しようとする。今のところ治療法は全く不明』……ね。やれやれ、武器が売れそうなご時世だな」
「ねえ、オズワルドってば!」
何度呼んでも返事のないオズに、アリスは語尾を荒げた。
「え?なんて?」
「さっきあんたが売った武器の話だよ。こんな経営もギリギリそうな宿のおじさんに、交渉で宿賃を値切ったどころか、武器まで売っちゃうなんて」
アリスは口を尖らせてぼそぼそと呟く。自らの金髪を指にくるくると巻き付けため息をついた。
「いやいや嬢ちゃん、それを言うのは野暮ってもんよ。あのおっちゃんの顔を見ただろ?あの笑顔が今回の商売が上手くいったことの何よりの証明だ。それに、俺は何も嘘を言っちゃいない。おっちゃんが最初持ってた剣が偽物だったことも、俺が普段銀貨20枚で売ってる商品を15枚まで値引きしたのも全部本当のことだ」
「え、あんたって商売の時に本当のことしか言ってないの?」
アリスの疑問にオズは当然だとでも言いたげに頷いた。
「商売は客との信頼関係が第一だ。もちろん、商品を売るときにありもしねえことをペラペラ宣う商人も中にはいるけどな。客だって馬鹿じゃない。嘘八百のセールストークには、いつか必ずボロが出る。なんで客の信頼をわざわざ落とすようなことを言うのか、俺には理解できないね」
「……たまには良いことも言うんだね」
アリスは眉を顰め、複雑そうな表情をオズに向けた。
「だろ?ただ、馬鹿正直に全部の情報を開示するってのも商売をする上では逆効果だ。お客にとって有益な情報と、お客にとって前向きな情報は違う。俺が商売の時口にするのは、常に後者の売り文句だけ。極論、最終的にお客が〝この武器を購入すると良いことがある〟と思ってくれたら成功ってわけよ」
「でもやっぱりそれ、詐欺じゃない?要するに嘘はつかないけど、自分に都合のいい言葉だけを取捨選択して商売してるってことだよね」
「まあ、確かに人が良すぎる嬢ちゃんにはちょいと荷が重そうなのよね……」
「なにそれ。私のこと馬鹿にしてるようにしか聞こえないんだけど。あんたって常に人のこと見下してるよね。最低」
アリスはオズの言葉に青筋を立て、鼻をふんと鳴らすとそっぽを向いてベッドに横になる。
「やれやれ……年頃の子は大変だなあ」
オズは小声で呟き、ぽりぽりと首の後ろを掻くとパサリと新聞をテーブルの上に置いた。
「嬢ちゃーん、明日は朝早いからしっかり寝ておけよー。それと、寝る前に必ず体を洗うこと。お湯の入った桶と体を拭くタオルはそこな。ご希望なら湯あみの間は部屋の外に出ておくから言ってくれ」
ベッドの上から返事代わりのふんすという鼻息を聞くと、オズは椅子の背もたれに体重を預け、再び新聞を開いた。
翌朝、オズとアリスは通りの端にて露店を組み立てていた。
夜に雨が降っていたのか、街路樹の葉には朝露が白く輝いている。
小柄なアリスは2m程の柱上に屋根の布をかけようと、必死の表情で石畳上の足台からジャンプするが、一向に届く気配はない。
「はーいストップ、嬢ちゃんはこいつでちょっとお使いに行ってきな。というか、そんな身長で無理してないで、ダメそうだと思ったなら俺を頼って頂戴よ。適材適所っていうだろ?」
息を切らして肩を揺らすアリスの手に、オズは数枚の銀貨を握らせた。
「子供扱いしないでよ。私だって調子がいい時は4.2フィートあるし!」
ぶつぶつと文句を言いながらも、アリスは銀貨をしっかりと懐にしまう。
「ていうかこのお金はなんなの?」
「んー?そいつで新しい服を何着か買いにいくのさ。昨日も言ったろ、客商売は清潔さが命だ。今アリスが着てる薄汚れた恰好じゃ、集まるお客さんも集まらねえ。あ、そのお金はあくまで貸しだから。後でしっかり耳そろえて返してもらうから」
「……分かった。言い方がすごく気に入らないけど、言いたいことだけは分かった」
金髪を指先でいじりつつ、アリスは低く唸ると商店街の方へ去っていった。
オズが全ての開店準備を終えて一息つき、近くの露店で朝食代わりのエールを買ってこようとした時だった。
「ねえ、そこにいる赤髪のおじさん。ちょっとお話いいかな?」
背後から聞こえた響きのある美声にオズが振り返る。
その青年はオズと目が合うと、にこりと笑って会釈をする。
ふんわりとした柔らかい金髪と、人のよさそうな灰色の瞳。町娘たちが思わず振り返るような甘い美貌をした青年は、目立たないが小綺麗な服を着てマントを羽織り、リュートを背負っていた。
オズはその青年の容貌に見覚えがある。
「あんた、昨日円形広場でリュートを演奏してた兄ちゃんだな」
「はは、見られてたんだ。ちょっと小っ恥ずかしいね。僕はミカ。旅の吟遊詩人をやってるんだ。おじさんは武器商人でしょ。しかも、かなりやり手の」
「ウチの武器を買いに来たお客さん……って訳でもなさそうね。悪いけど、俺は今から」
「朝食のエールを買いに行くんでしょ?僕が奢るから、一杯付き合ってよ」
オズの言葉を先回りして遮ると、ミカと名乗った青年は馴れ馴れしくオズに手を差し出す。
オズはちらりとミカの目を見やる。優しそうな外見と裏腹に、その瞳は抜け目なくこちらを射抜いていた。
『へぇ。この兄ちゃん……ミカって言ったっけ。思ったよりずっとやり手だな。でも商人って雰囲気でもない。こりゃ厄介な奴に目をつけられたかもな』
オズは内心でため息をつく。厄介事には首を突っ込まないに限る……が。
『旅の吟遊詩人って言ったな。ということは、こいつに俺の名を売っておけば旅先で宣伝をしてくれるかもしれない。まあ、今教えられた情報を馬鹿正直に信じるならの話だけど』
特に意識したわけではないが、ふとオズの脳裏にはミカと同じ金髪を持ち、悪態を垂れながらぴょこぴょこと小さな体でついてくる少女の顔が浮かんだ。
「どうする?僕の暇つぶしに付き合ってくれるなら、君の武器を買って行ってあげてもいいよ。こんな平和な町じゃ、いくらおじさんが商売上手だったとして売り上げは振るわないだろうし」
「くくっ」
オズは頭に被った帽子の鍔を手で下げる。いつもやる気のない顔をしている彼の口から、思わず笑いが漏れた。
『しっかり俺の足元まで見てやがる。こいつは面白い』
「おじさん?どうする、やっぱりやめる?」
人懐こそうな灰色の目が、オズの顔を覗き込む。
「いや、いいぜ。ミカ、あんたの言う通り、俺はこの町じゃ恐らく商売あがったりで暇だろうからな。あんたの奢りっちゅう条件はそのままでお願いね」
オズはくっくと笑いを堪えながら頷いた。愉快気に細められたオズの金色の三白眼が朝日を受けて光る。
ミカは軽やかに笑うと、オズに向けて手を差し出した。
「もちろん、僕の奢りだよ。よろしくね、えーと」
「俺はオズだ。今後ともご贔屓に」
差し伸べられたミカの手を軽く握り返し、握手をする。
朝食を露店で食べる人は少数派なのか、まだ人通りもまばらな市場の端。遠くで家畜の鶏が鳴く声が聞こえた。
オズとミカが選んだのは、オズの武器屋よろしく市場の端の方にある立ち飲み屋だった。ただしオズの店とは位置する方角が違うこともあり660フィートほど離れている。
屋台なので小綺麗とは言い難いがそれでも不潔さは無く、店の奥からやってくるミートパイの香ばしい匂いが食欲を誘った。
何より市場の端という立地によって客が少ないのが、二人がこの店に決めた大きな理由を占めている。
「で、俺に何の用?」
店の暖簾を潜るなり、オズは早速本題に入った。
「いやね、とある新聞記者の友達に頼まれたんだ。今度特集を組みたいからいろんな職業の人から今の国の情勢に対する意見を聞いてくれってね」
「あー、それで武器商人の俺。なるほどだけどそれにしても……うーん、よりによって俺かあ」
オズは帽子の下、首の裏をぽりぽりと掻いた。
「嫌?」
「いや、嫌ってわけじゃないのよ。ただ面倒くさいなって思ってな。でもまあミカには奢ってもらってる訳だし、一杯分はしっかり付き合わせてもらうわ」
オズは店の奥にいる店主に向かって指を二本立て、エールを二つ注文した。
あいよという店主の返事を聞きつつ、ミカはオズの答えににっこりとほほ笑んだ。
「ありがとう。オズのそういう律儀なところ好きだよ。さすが商人だね」
「そりゃどうも」
普通の町娘たちが見たら顔を赤く染め上げてしまうであろう魔性の笑み。オズは欠伸をしながら、この場にアリスがいたら面白かったかもしれないのにと少し残念に思った。
今回のエピソードタイトルは【丸山浩路】より




