第四話 商業の歴史は、人びとの交流の歴史である
その日の夕方、オズとアリスは隣町であるアッセルデーツにたどり着いた。
先日オズが商売をしていたラックドワルスほどではないにしろ、この町も旅人たちの往来があった。
それも関係してか日が沈み始めた今の時間帯でも、夕食の材料を仕入れようとする人たちによって市場が賑わっている。
しかし、オズは市場の中に足を踏み入れこそしたが、色とりどりの食材や書物が並ぶ露店の前を素通りするだけで、一向に自分の店を開こうとしない。
しまいには円形広場の長椅子に座ってきょろきょろと辺りを観察し始めた。
遠くから吟遊詩人が爪弾くリュートの美しい音色が聞こえる。
「ちょっと、早くお店開かないと夜になっちゃうよ。何まごついてんの、馬鹿オズワルド」
いつまでもやる気のなさそうなオズにしびれを切らしたアリス。
反射的にオズの足を蹴飛ばそうとして、彼女の右腕にはめられた金色の腕輪が目に入った。アリスは辛うじて踏みとどまり、代わりに指先で彼のわき腹をつつく。
「……ん、あー。そうだな。じゃあそろそろ今日の宿屋に向かうとするかあ」
オズは考え事をしていたのか、そわそわと浮ついた足取りのアリスとは対照的にのんびりと答えると、どっこいせと腰を上げる。
「え、それじゃあお店は?」
「そんなに心配してくれなくても明日からちゃんと開くよ。でもねぇ」
オズはぽりぽりと左手で首の裏を掻いた。
「でも、なに?」
「この町だと、あんまり武器は売れなさそうなのよね」
市場を行き交う人々をぼんやりと眺めながら、オズはぼそりと呟く。
アリスは同じように市場をぐるりと見渡してみるが、オズの言葉の意図がわからずに首を傾げた。
「なんで?」
「うーん、分かりやすく説明するとだな……。この町には食べ物の露店が多くて、道具屋や防具屋がほとんど見当たらない。ここまでは分かるか?」
オズは地面に落ちていた小枝を拾い上げると、教師のように振って見せる。
「……うん」
アリスはオズの態度に少々イラつきを覚えながらも心を鎮めようと努めながら頷いた。
「市場ってのは、その町の需要を探る一番手っ取り早い方法なのよ。俺が一昨日まで商売してたラックドワルスっつう町には、道具屋、防具屋、武器屋が多かった。冒険者や傭兵、兵士なんかの戦いを生業とする旅人が多かったからだな。けどこの町、アッセルデーツは旅人の種類がまた違う。ほら、例えばあっちの店を見てみろ」
オズが小枝で指した先には、店の店主から分厚い本を受け取る男性の姿があった。不思議な紋章が描かれた長いローブに身を包み、神経質そうな線の細い顔には黒縁のメガネが光っている。
「あいつは見ての通り、多分学者だ。あのローブにある紋章、見覚えがある。確か王立魔法学院のものだった。……それで、その反対側には吟遊詩人の兄ちゃんがいるだろ」
オズの言う通り、先ほどから耳を潤す美しい音色の源は金髪の美青年が持つリュートだった。
「極めつけはやたらと種類豊富な食材がならぶ屋台。ここの町は王都に近いこともあって治安も良さそうだし、武器の需要はそれほどでもなさそうっつう話よ。街灯が多いこともあって、こんな時間までかなりの数の人が出歩いてるしな。調理用ナイフも前の町まででほとんど売り切れちまってストックがねえし、今回は早めに切り上げるのが吉だと俺は思うね。以上、講義終わり。ではアリスくん、何か質問あるかー?」
「……その人を小馬鹿にするような憎たらしい口調はどうにかならないの?」
オズは小枝をぽとっと捨てると両手をひらひらと振る。
「おっと、こいつは手厳しい。これでも俺は心と誠意を込めて授業したつもりだったんだけど」
「……」
アリスに睨まれてなおも煙に巻くような言動を繰り返すオズ。
すごく大きなため息を一つつき、アリスは肩にかかった金髪を払った。
「もういいよ。宿にいこう」
「へいへい」
宿に着いて店主から話を聞くなり、オズは頭を振った。
「おいおい、マジかよ。いやーそりゃないぜおっちゃん」
二人がたどり着いたのは、みるからにオンボロの宿屋だった。
アリスが何事かとオズに近づこうとする。時々真っ暗な隙間が覗く床を踏むと、ギシギシと木がきしむ音がした。建付けの悪い窓から、隙間風がぴゅーぴゅーと滑り込み、彼女の金髪を舞い上げる。
宿屋の受付をしようとしたところで、オズはなにがしかのスイッチが入ったようだった。
店主の男性は不機嫌そうにあごひげを撫でた。殆ど砂漠と化した寂しい頭が哀愁を誘う。
「一部屋しか残ってないもんはないんだ、仕方ねえだろ。この時期は旅人が多いからな。こんな時間にやってきて、まだ部屋が空いてるだけありがたいと思え」
意外なオズの言動に少し感心しながらも、店主に同意するがごとくアリスも頷く。この男は珍しいことに異性である彼女に気を使い、同じ部屋に泊まることを渋っているようだった。
「いいよオズワルド。あんたのことは大嫌いだけど、一部屋しか空いてないのなら仕方ないじゃない」
オズは二人の言葉を聞き、首を横に振る。
「いや、そうじゃなくてさ。一部屋で一泊銀貨2枚は高すぎって言ってんの」
「「は??」」
店長とアリスが同時に間抜けな声を出した。オズワルドという男はこの期に及んでまだ金を出し渋っていたのである。
「値引きなんかするわけねえだろ。文句があんなら他所に行け」
「そうしてえとこだけど、ここ以外の宿は満室だったのよ。アンタんとこ、素泊まりで銀貨2枚だろ。さっき見た宿は朝食付きで銀貨1枚と銅貨5枚だったぜ?」
「ウチがぼったくってるとでも言いてえのか?出てけ!商売の邪魔だ」
「ちょっと、あんた何言ってんの?せっかく、泊まれるところだったのに!」
ようやく休めるというところで、急に金額交渉を始めたオズに地団駄を踏むアリス。
それを無視して話の通じない店主にやれやれと大げさにため息をつくと、オズは宿の壁に飾られている武器に近寄った。
「これ、ノルン・カワテンが打ったショートソードだろ」
まっすぐな刃が目を引く、傷一つない刀身。
額に青筋を立てていた店主は、話題を変えたオズの言葉に少しだけ落ち着きを取り戻す。
「……貧乏な俺が持ってる、唯一の自慢の品だ。俺は昔から武器っつうもんに目がねえんだ。自分で扱えはしないがな。それがどうした」
店主の答えにオズは肩をすくめた。
「おっさんは気づいてないようだけどね、こいつは偽造品だ。質もかなり悪い」
「なっ!?嘘つくんじゃねえ。そいつは8年来の友人から、特別に格安で譲ってもらったんだよ!」
「嘘じゃない。本当だ。武器商人を生業にしてる俺が言うんだから間違いねえ。ノルンの武器には必ず刀身にノルン自身の銘が入るのよ。こんな風にな」
オズはクランクを開けてショートソードを取り出し、鞘から引き抜く。彼の言う通り刀身には、確かにノルン・カワテンの名が刻まれていた。
「そんな……ばかな」
「あのババアは凝り性かつ自己主張が激しくてね。納期ギリギリまで手直し作業を続けるもんだから、こっちもいつも困ってんの。ちなみにこの本物のショートソード、商品価格は銀貨20枚になりまーす」
「あ、あの野郎ぼりやがったんだ!あの著名な鍛冶師の傑作だっつうから俺は金貨1枚も出したのに……」
項垂れる店主にオズはそっと近寄る。
「そんなおっちゃんに朗報だ。俺たちを一泊銀貨1枚で泊めてくれるってんなら特別価格の銀貨15枚でこの本物をあんたに譲ってやる。このままだとあまりにおっちゃんが報われないからな。出血大サービスさ」
オズは、改めて店主の前に手に持っていたショートソードを置く。浅葱鼠色の美しい刀身が、ランタンの光を反射してキラリと光った。
「なんだって、それは本当か!?」
「ああ、神に誓って本当だ」
オズの言葉を聞き、店主はカウンターから身を乗り出した。
「分かった!お前の言う通り銀貨1枚で泊めてやるから、ぜひ売ってくれ。頼む!」
店主は慌てて棚から銀貨を取り出すと、15枚あるか数え始めた。
彼の言葉にオズは満足そうに頷き、机の上にあるショートソードを鞘へとしまうと、自らの銭袋から銀貨を一枚取り出して店主に手渡す。
「まいどあり、これにて商談成立だ」
「こちらこそだ!友人に騙されてたのはショックだが、お前のおかげでいい買い物ができたぜ。今日は一部屋しか空いてなくて悪かったな。狭え部屋だが、くつろいでいってくれよ」
「そりゃどうも」
オズは帽子を取り、店主に向かって深々と頭を下げると奥の廊下へと去っていく。
アリスはそんなオズの後姿を一睨みしてから、店主にぴょこんと頭を下げると足早に赤髪の商人についていった。
今回のエピソードタイトルは【Charles-Louis de Montesquieu】より




