第80話:決着
最終第8マッチ。安全地帯が縮小を重ねるにつれ、世界中の視線は生き残った最後の2チーム――Black LotusとTrinity Raidへと完全に絞られていた。
他チームが次々と脱落していく地獄のような乱戦の中、二強は互いを強烈に意識し、引き寄せ合うように最終局面へと生き残った。
遮蔽物のほとんどない、わずかな起伏だけが頼りの平原。立ち込めるスモークの向こう側から、ヴィクターの放つ圧倒的な殺気と、マキナの冷徹な演算の気配が、レイの耳を震わせる。
『――残るは2チーム! 3対3の完全なイーブン! 勝った方が世界王者、負けた方はすべてを失う! これぞ歴史に残る、正真正銘の最終決戦だッ!!』
ジャックの絶叫が響く中、先に仕掛けたのはBlack Lotusだった。
マキナの構築した新たな数式は、Trinity Raidの「揺らぎ」さえも計算に組み込んでいた。ヴィクターの銃撃が、ねねの進路を正確に塞ぎ、ほむらの狙撃ポイントを強引に潰していく。
「……くっ、さすがに一筋縄ではいかないわね!」
ほむらが歯を食いしばりながら、防弾仕様の車の影に身を隠す。
「でも、引く気なんてサラサラないもん!」
ねねがスモークを焚き、決死の突撃を敢行する。
だが、マキナの理論はその先を読んでいた。ヴィクターの放った手榴弾が正確にねねの足元で炸裂し、キルログが流れる。
『Black Lotus Victor が TR_Nene をダウン』
「ねね!!」
レイが叫ぶ。すかさずヴィクターが、ねねを完全に排除するために前進してくる。
モニターを見つめるマキナの目が、勝利を確信して輝いた。
(終わった。仲間を助けようとレイが動けば、ヴィクターの次の弾丸がお前を貫く。動かなければ、ほむらと共に各個撃破だ。どちらを選んでも、僕たちの『全知』の勝ちだ)
しかし。
レイの耳に聴こえてきたのは、絶望の音ではなかった。
「……レイ、ほむらちゃん、行けえええええ!!」
ダウンしたねねが、最後の力を振り絞って自分の身体を横たえ、ヴィクターの射線を防ぐ「生きた遮蔽物」となったのだ。
「――なっ、ダウン体を盾にした!? 計算が、また……!?」
マキナが驚愕に目を見開く。
「……ほむらちゃん!」
「言われなくても!!」
ねねが作ったコンマ数秒の奇跡。
ほむらが車の上に飛び出し、自らの身を完全に晒しながら、ヴィクターの随伴メンバーに向けて全弾を叩き込む。相打ち。ほむらも崩れ落ちるが、Black Lotusの牙城は確実に崩壊した。
残されたのは、レイとヴィクター。1対1。
パルスの壁が背後に迫り、二人の距離はわずか数メートル。
ヴィクターの瞳には、かつてないほどの激しい「熱」が宿っていた。マキナの人形としてではなく、一人のゲーマーとして、目の前の宿敵を叩き潰したいという、剥き出しの闘志。
(マキナさん、聴こえますか)
レイは、引き金に指をかけながら、心の中で呟いた。
(これが私たちの音です。一人じゃ届かない場所へ、三人の不協和音だからこそ、ここまで響かせる事ができたんです!)
スモークが晴れた瞬間、二人の銃口が同時に火を吹いた。
バァァァンッ!!!
静寂。
一瞬、アリーナのすべての音が消えたかのように思えた。
そして次の瞬間、大画面に映し出された神々しい文字が、世界を激震させた。
【TR YOU ARE THE CHAMPION!】
『――決まったァァァァァッ!!! Trinity Raid、最後の1対1を制し、チャンピオンを獲得!!! 総合優勝、世界一に輝いたのは、日本代表Trinity Raidだァァァッ!!!』
大歓声がロンドンの夜空へと突き抜ける。
日本の配信画面は、お祝いのコメントで画面が見えなくなるほど埋め尽くされた。
防音ブースの中、レイはヘッドセットを外し、そのままガタガタと震える手で顔を覆った。涙が、止めどなく溢れてくる。
「やった……やったよ、二人とも……!」
「うわぁぁん、レイ、ほむらちゃん!」
ねねが泣きながら抱きつき、ほむらも眼鏡を曇らせながら、二人の肩を強く抱きしめた。
ブースの後方では、葉月が静かに天を仰いでいた。
その目にも、微かに光るものがある。彼はゆっくりと歩み寄り、三人の頭を順番に、不器用ながらも優しく撫で回した。
「……よくやった。お前たちが、世界で一番かっこいいプレイヤーだ」
一方、Black Lotusのブース。
マキナは、モニターに表示された「2位」の文字を、ただ呆然と見つめていた。彼の完璧な理論は、またしても敗北した。
だが、その胸にあるのは、かつてOUKAに置いていかれた時の冷たい絶望ではなかった。
「……負けたな、マキナ」
ヴィクターが、少しだけスッキリしたような顔で笑っていた。
「ああ。……僕の計算式は、最初から間違っていたのかもしれない」
マキナは手元でずっと握りしめていたタブレットを、そっと机に置いた。そして、通路の向こうで抱き合って泣いているTrinity Raidの姿を見つめ、小さく、本当に小さく微笑んだ。
「ハヅキ……お前の勝ちだよ。あの子たちの熱は……確かに、美しかった」
金色に輝くチャンピオンのトロフィーが、ステージの中心で待っている。
不器用で、バラバラで、だけど誰よりもお互いを信じ抜いた三人の少女たちが、今、世界の頂点へと駆け上がる。
彼女たちが響かせた不協和音の残響は、集まった観衆の鳴り止まない拍手と共に、いつまでも、いつまでもアリーナに響き渡っていた。




