第78話:不協和音の残響
第4マッチ。Trinity Raidが絶対王者Black Lotusを打ち破り、劇的な逆転劇でチャンピオンを獲得した瞬間、アリーナを埋め尽くした大歓声はしばらくの間、止むことがなかった。
『――ジャイアントキリングだッ!! 誰もがBlack Lotusの独走を予想したこのDay2初戦、それを力ずくで引っくり返したのは日本代表Trinity Raid!! これで上位の点差は一気に縮まりました!』
実況席のジャックが興奮冷めやらぬ声でまくしたてる。モニターに表示された最新の総合スコアは、世界大会の行方が完全に混沌に陥ったことを物語っていた。
【第4マッチ終了時・総合スコア】
1位:Black Lotus(46pt)
2位:Trinity Raid(44pt)
3位:Valkyrie(39pt)
―― 100pt到達でマッチポイント(MP)点灯 ――
1位の王者と、わずか「2ポイント差」。
完全に射程圏内に捉えたその数字に、アリーナのファンは熱狂し、日本の配信チャット欄は未だかつてない速度で流れていく。
防音ブースの重い扉が開き、レイ、ねね、ほむらの三人が廊下へと出た。
やりきった高揚感と、それ以上に激しい疲労が同時に襲ってくる。ねねは「やったぁぁ!」とレイの背中に飛びつき、ほむらも息を荒くしながら、心なしか満足げな笑みを浮かべていた。
だが、その熱気に冷水を浴びせるように、通路の奥から低い足音が近づいてくる。
Black Lotusのメンバーたち。その中心で、マキナが一人、タブレットを握りしめたまま立ち尽くしていた。
いつもなら冷徹で、感情の起伏を一切見せないその顔が、今は微かに歪んでいる。
「……なぜだ」
マキナの口から漏れたのは、絞り出すような声だった。
「なぜ、あそこから崩れる。お前たちの動きは論理的じゃない。生き残るための確率論を無視し、自ら死地に飛び込むような真似をして……なぜ、ヴィクターの狙撃を躱せる!?」
マキナの問いは、レイたちに向けられているようで、その実、彼が信奉する「完璧な数式」そのものへ向けられた悲鳴のようでもあった。
レイはねねを背中からそっと下ろし、マキナの前に一歩踏み出した。
間近で聴く彼の「音」は、昨夜Mintyから聞いた通り、かつてOUKAに置いていかれたあの日の絶望と、裏切りへの憎悪でひび割れていた。
「マキナさん。あなたの計算は、きっと世界で一番正しいんだと思います。でも……」
レイは自分の胸に手を当て、まっすぐにその瞳を見据えた。
「私たちは、確率で動いてるんじゃないんです。ねねが走ってくれたから、ほむらちゃんが銃口を向けてくれたから。その瞬間、私の耳には二人の『次の一歩』が音になって聴こえる。私たちは、お互いの未来を信じて動いてるだけです」
「未来……? 絆などという、いつ壊れるかもわからない不確かなものをか!」
マキナが声を荒らげる。その脳裏には、かつて「全知」を掲げながらも、エースであるOUKAの突然の離脱によって瓦解した自分たちの過去が蘇っていた。
「そんな不確定要素、いつか必ず裏切られる! 独りで戦うヴィクターの純粋さこそが、完成された唯一の答えだ!」
「それは違うな、マキナ」
背後から、低く、しかし重みのある声が響いた。
Trinity Raidのジャージを羽織った葉月が、静かに歩み寄ってくる。
「ハヅキ……」
「お前がOUKAの幻影を追って、ヴィクターという完璧な人形を作ったのは自由だ。だが、あの日俺たちがバラバラになったのは、俺の裏切りが多きい。……だけど、お互いの熱量に耐えきれなくなって、目を背けたからだ」
葉月はマキナの横を通り過ぎ、レイたちの肩に手を置いた。
「俺はこの3人に、かつての俺たちの形を押し付けるつもりはねえ。こいつらは、自分たちの不協和音を、自分たちの力でひとつのスコアに変えちまう奴らだ。お前の古い計算機じゃ、こいつらの熱は測りきれねえよ」
マキナは言葉を失い、ただ葉月と、その背中に隠れる少女たちの姿を見つめることしかできなかった。彼が「脆弱性」だと切り捨てたはずの絆が、今は眩しいほどの光を放っている。
「……フン、言うようになったじゃない」
不意に、マキナの背後から静かな声がした。
Black Lotusのエース、ヴィクターだった。彼はいつもと変わらない無表情のまま、レイをじっと見つめていた。
「マキナ、計算が狂ったのなら、もう一度作り直せばいいだけだ。次は、あの変則的なリズムごと、俺が力ずくで捻じ伏せる」
「ヴィクター……」
「行くぞ。次は、一歩も引かない」
ヴィクターに促され、マキナは悔しげに歯を食いしばりながらも、ゆっくりと踵を返した。
去っていく彼らの背中を見送りながら、レイは深く息を吐き出した。
王者はまだ折れていない。むしろ、冷徹だったマキナの数式に「意地」という生々しい熱が混ざり、Black Lotusはさらに凶暴な怪物へと変貌しようとしている。
「みんな、ナイスゲーム。……だけど、ここからが本当の地獄だぞ」
葉月が不敵に笑う。
「望むところです!」「次も絶対に勝つもん!」
ほむらとねねが力強く応じる。
点差はわずか2ポイント。
世界王者の座をかけた戦いは、ここからさらに激しさを増していく。第5マッチへのカウントダウンが、アリーナに冷酷に響き渡った。




