第77話:追撃の旋律
ロンドンの朝は、雲の隙間から差し込む鋭い光と共に訪れた。
会場となるアリーナには、昨日を遥かに凌ぐ観衆が詰めかけ、地鳴りのような期待と緊張が充満している。巨大なセンターモニターには、Day2開始時点の残酷なスコアボードが映し出されていた。
【Day2開始時・総合スコア】
1位:Black Lotus(42pt)
2位:Valkyrie(35pt)
3位:Trinity Raid(31pt)
―― 100pt到達でマッチポイント(MP)点灯 ――
「――さあ、運命のDay2が幕を開けます! 首位Black Lotusは100ポイントまで残り58。このまま独走を許せば、今日中に王者が決定する可能性も十分にある! 追う日本代表Trinity Raid、まずはこの第4マッチでどこまで点差を詰められるかッ!?」
ジャックの実況がアリーナの空気を震わせる中、選手たちの入場が始まった。
通路の向かい側から、漆黒のユニフォームを纏ったBlack Lotusの一団が姿を現す。先頭を歩くヴィクターの背後。影のように寄り添うマキナは、レイを一瞥すると、手元のタブレットから視線を外さずに冷淡な声を発した。
「昨夜は身内と傷を舐め合っていたようだが、無駄なことだ。お前たちの『絆』という不確定要素は、すでに僕の計算式の中で『脆弱性』として処理を終えている」
レイは立ち止まり、マキナの瞳を真っ直ぐに見つめ返した。かつてOUKAという才能に心酔し、そして裏切られたと信じ込んでいる男の瞳は、どす黒い執念に濁っている。
「……あなたの計算式に、私たちの『音』が収まると思わないでください。今の私たちは、あなたが捨てた過去よりも、ずっと予測不能ですから」
ブースに入り、重厚な扉が閉まると、外界の喧騒は一瞬で遮断された。
ヘッドセットを装着したレイは、自分の心音と、隣に座るねねとほむらの微かな呼吸音を聴く。
ふと視線を横に向けると、コーチ席に座る葉月が、三人と視線を合わせた。彼は言葉を発しなかったが、短く、力強く頷いた。その目には、「信じている」という無言のメッセージが宿っていた。
第4マッチ。
輸送機から飛び出した三人が降り立ったのは、建物の密集した倉庫街だった。
「いい、二人とも。今日は昨日よりさらに Black Lotus のマークが厳しくなる。……でも、怖がって縮こまったらマキナさんの思うツボだよ!」
レイが周囲の音を聴き取りながら、冷静に指示を飛ばす。
「わかってる! 100ポイントなんて、一人ずつなぎ倒して積み上げてやればいいんでしょ!」
ほむらが愛銃の排莢音を響かせ、高い建物の屋上に陣取る。
「私はいつでも突っ込めるよ! 建物に籠もってる奴らがいたら、全部あぶり出してやるんだから!」
ねねがショットガンを抱え、遮蔽物を縫うように最短距離で突き進む。彼女の役割は、自らを晒して敵の注意を引きつけ、レイとほむらの射線へ敵を誘い出すことだ。
試合中盤、安全地帯は無情にも遮蔽物の少ない開けた平原を最終地点に選んだ。
Black Lotusは、マキナの構築した「絶対生存圏」を維持するように、他チームの進軍ルートを完璧に封鎖していた。誰かがわずかでも動けば、ヴィクターの狙撃がコンマ数秒の狂いもなく頭を撃ち抜く。その精密さは、もはやゲームの枠を超え、マキナの私怨が乗った「呪い」のようでもあった。
「――Trinity Raid、現在4キルを獲得! 合計35ポイント! Valkyrieを抜き去り暫定2位に浮上! だが、前方にはBlack Lotusの鉄壁の射線が立ち塞がるッ!」
スモークの向こう側から聞こえるのは、マキナの「確信に満ちた静寂」だった。レイの耳は、彼が「レイが仲間をカバーするために足を止める瞬間」を今か今かと待ち構えている音を捉えていた。
「……ねね、ほむらちゃん。マキナさんの計算を、根底からひっくり返すよ」
レイが指示したのは、昨日よりも遥かに複雑で、かつ「非効率」な同時突進だった。
あえて仲間のカバーを捨て、三人がバラバラの方向から、しかし完璧なリズムで一点を突く。
マキナの理論では「各個撃破される愚策」と弾き出されたはずの動き。だが、レイの耳が捉える「音の重なり」が、バラバラの三人を一つの巨大な衝撃波へと変えた。
「なっ……何だ、この動きは!? 計算が合わない……なぜそこで、あえて不利な射線へ飛び出す!?」
モニターを見つめるマキナの表情が、初めて驚愕に歪んだ。
ねねが身一つで開けた場所に躍り出て敵の視線を釘付けにし、ほむらが敢えて一発も撃たずに別方向へ走り抜ける。その全ての「不合理なノイズ」を背負ったレイが、ヴィクターの死角から飛び出す。
「――ヴィクターの牙城が崩れたッ! Trinity Raid、王者の喉元に食らいついた!!」
最後の一撃。レイの放った弾丸が、ヴィクターのヘルメットを弾き飛ばす。
第4マッチ、ドン勝をもぎ取ったのはBlack LotusでもValkyrieでもなく、不格好な絆を武器にしたTrinity Raidだった。
100ポイントという頂は、まだ遠い。
しかし、このマッチで彼女たちが鳴らした不協和音は、確実に王者の「完璧な数式」を焼き切り始めていた。
ブースを出る際、葉月はそっとレイの頭に手を置いた。
「いい音だったぞ」
その言葉だけで、レイの視界は昨日よりも明るく、激しく燃え上がった。
追撃の旋律は、まだ始まったばかりだ。




