第76話:深夜のweb女子会
Day1という名の激戦が幕を閉じ、ロンドンの夜は静かに更けていく。ホテルの自室に戻ったレイ、ねね、ほむらの三人は、肉体的な疲労と、それ以上に膨れ上がった精神的な高揚感で、すぐには眠りにつけそうになかった。
そんな時、三人の共有チャットに一通の通知が届く。
「お疲れ様! 日本のファンは大盛り上がりだよ! ……っていうか、みんな目が冴えちゃってるでしょ? ちょっとだけ『女子会』しよっか」
差出人は、Trinity Raidを日本から全力で支え、監督である葉月の実姉でもあるMintyだった。
数分後、ノートPCの画面上には、パジャマ姿でマグカップを抱えたMintyと、ホテルのベッドでくつろぐ三人の顔が並んだ。
「Minty姉! 見ててくれたの!?」
ねねが画面に顔を近づけて身を乗り出す。
「もちろんだよ! 特に第2マッチ。あの状況で、あえて自分たちの位置を晒して突っ込んだ作戦……あれ、ねねちゃんとほむらちゃんが、レイを呼び戻すためにやったんだよね? 画面越しでも二人の覚悟が伝わってきて、私、泣きそうになっちゃった」
「……気づいてくれたんだ。……ありがとう、Minty」
レイが少し俯きながら呟く。あの時、独りで深淵に沈みかけていた自分を、二人の無謀な突撃が力ずくで地上へ引き揚げてくれたのだ。
「……お恥ずかしい限りです。でも、あそこでレイが『音』に呑まれたら、チームは終わりだったので」
ほむらが少し照れくさそうに髪をいじる。
「そうだよ! 私はレイの隣がいいもん。独りで勝つより、三人で足掻く方がずっと楽しいでしょ?」
ねねが笑ってレイの肩を叩く。
画面の中のMintyが、その光景を眩しそうに見つめた後、ふっと表情を和らげてマグカップを置いた。
「……実はね、みんなにずっとお礼を言いたいと思ってたんだ。あいつ――ハヅキのこと」
「え、コーチのことですか?」
レイが不思議そうに首を傾げる。
「そう。あいつね、過去のことがあってから、ずっと自分を許せなかったんだと思う。ずっと冷たくて、どこか諦めてて……姉の私でさえ、あいつの心がどこにあるのか分からなかった。でもね、みんなと出会ってから、あいつ変わったんだよ」
Mintyの瞳には、コーチとしての信頼だけでなく、弟を案じ続けてきた姉としての深い愛情が滲んでいた。
「最近のハヅキ、すごくいい顔をするようになったの。あいつが誰かのためにあんなに必死になって、あんなに熱くなって……また『明日』の話をするようになるなんて。それは全部、あなたたちが、あいつが捨てたはずの可能性をもう一度信じさせてくれたから。……本当に、ありがとうね」
三人は、思わず顔を見合わせた。
自分たちが必死に足掻いていると思っていた時間は、同時に、かつて絶望した一人の男を救う時間でもあったのだ。
「……お礼を言うのは、私たちのほうです。コーチが信じてくれたから、私たちはここまで来れたんですから」
ほむらが少し誇らしげに言うと、Mintyは嬉しそうに何度も頷いた。
「……実はさっき、弟から連絡があったの。あいつ、ロンドンで昔のチームメイトの『グリード』に会ったみたいでね」
その名を聞いたレイの耳が、ぴくりと動いた。
「グリードからの情報だと、今のBlack Lotusを実質的に操っているのは、かつてGreedやOUKAと一緒にチームを組んでいた『Machina』なんだって」
「はい。ロンドンに着いた初日に……」
「当時のOUKAに心酔しすぎていたみたいだからね。OUKAがチームを抜けて引退したことを、今でも『裏切り』だって根に持ってる。今のBlack Lotusの強さは、その『裏切りに対する復讐』で動いてるんじゃないかな」
「復讐……。だから、ヴィクターの音はあんなに冷たかったの……?」
レイが問いかける。Mintyは静かに頷いた。
「マキナはヴィクターを、決して自分を裏切らない『完璧な偶像』として再構築しようとした。皮肉だよね……世界1位の原動力が、過去の執着だなんて。だからマキナは、仲間なんていう不確定なものを信じてる今のあなたたちが、視界に入るだけで不快なはずだよ」
「……否定したいんでしょうね。自分たちが辿り着けなかった、その先を歩こうとしている私たちのことを」
ほむらが冷静に、かつ鋭く分析する。
「うん。だからこそ」
Mintyが画面越しにレイの瞳を真っ直ぐに見つめた。
「レイ。第2マッチで見せた、あの『仲間が仲間を呼び戻す不条理な作戦』こそが、マキナの計算機には絶対に出てこない答えだよ。……明日、その音で、あの人の止まった時間を動かしてあげて」
レイはその言葉を噛みしめるように頷いた。
マキナの憎悪も、ヴィクターの暴力も、すべてを飲み込んで進む。自分たちには、一人きりで高みを目指していた「OUKA」にはなかった、自分を現実に繋ぎ止めてくれる最高の仲間がいる。
「……よし! 暗い話はここまで! あと10分だけ、ロンドンのスイーツの話とかして、ぐっすり寝よう? 明日はお肌のコンディションも大事なんだから!」
「そういえば、さっきねねがルームサービスで頼んだスコーン、岩みたいに硬かったんだよ!」
「ちょっと! それは私が注文ミスしただけだもん!」
夜の静寂の中、通信回線を通じて響く四人の笑い声。
それは、どんな完璧な理論も予測できない、不格好で愛おしい三人の旋律。
Day2、かつての「亡霊」が待ち受ける最終戦場へ。
三人の絆は、かつてないほど鋭く研ぎ澄まされていた。




