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第75話:古き亡霊と、再会の代償

 ネオンが滲む深夜のウォーターフロント。潮風が運ぶ鉄錆の匂いと、アリーナから漏れ出る歓声の残響が混ざり合う中、葉月は指定された桟橋の先端で、一人の男を待っていた。


「……相変わらず、陰気な場所を選ぶな、グリード」

 背後から近づく足音に、葉月は振り返らずに言った。


「かつて俺たちが『全知』という名の神を目指し、そして瓦解したあの日から、俺たちの居場所は常に日陰だろ、ハヅキ」

 現れたのは、かつて葉月のチームメイトであり、現在は世界屈指のアナリストとして暗躍する男――グリードだった。


 二人の間に流れるのは、ロンドンに到着した際、形式的な挨拶を交わした時よりもずっと重く、濁った沈黙だ。かつて彼らは、最強の「OUKA」を支える三本柱だった。司令塔の葉月、分析のグリード。そして、OUKAという才能に最も心酔していたマキナ。


「……マキナの野郎、Black Lotusの裏で何を企んでやがる」

 葉月が吐き捨てるように問う。マキナがヴィクターの隣に立っている姿は、かつてOUKAの背中に心酔していた男の成れの果てに見えた。


「あいつは、今でもOUKAを許していないんだよ。ハヅキ、お前も知っての通り、マキナにとってOUKAは自分の理想を完成させるための『完璧な部品』だった。だが、その部品は俺たちを捨てて、勝手に壊れて消えた」


 かつてマキナは、OUKAという非凡な才能を、自らが構築した「必勝の数式」にはめ込むことに人生を捧げていた。しかし、そのOUKAが突然チームを去り、伝説を放棄したことで、マキナのプライドと理論は無残に粉砕されたのだ。


「あいつは今、ヴィクターという新しい『部品』を使い、自分を裏切ったOUKAという存在そのものを、歴史から消し去ろうとしている。ヴィクターのあの、一切の無駄を排した動き……あれはマキナが、かつてのOUKAを超えさせるために再構築した『理想の亡霊』だ」


 グリードがタブレットを操作し、今日の試合データを示す。そこには、レイとヴィクターの交戦データが、冷徹なまでの解析によって切り刻まれていた。


「マキナにとって、OUKAの技術を継承しながら、仲間なんていう『不純物』を連れている今のレイは、視界に入るだけで不愉快なバグに過ぎない。あいつは明日、レイを徹底的に叩き潰すことで、自分の信じた理論が間違っていなかったと、そしてOUKAが選んだ『逃避』が愚かだったと証明するつもりだ」


「……だから、わざわざ俺を呼び出したのか。マキナが明日、私怨でレイを絶望させに来ると?」


「それだけじゃない。ハヅキ、俺はお前に、マキナの……俺たちの過去に決着をつけてほしいんだ」

 グリードの瞳に、皮肉屋の仮面の裏にある切実な色が宿る。

「マキナはOUKAを憎みながら、今でもあの輝きに囚われている。お前はコーチとして逃げ場を作った。……だが、あの『レイ』という少女は、あの日俺たちが捨てた『絆』を、呪いじゃなく力に変えようとしている。それは、マキナが最も恐れている可能性だ」


 グリードは一枚のメモリを葉月に差し出した。そこには、Black Lotusが今日一日で収集した、Trinity Raidの癖と弱点のすべてが詰まっている。


「マキナは、レイが『仲間のために動く瞬間』を、必ず発生する『絶望のトリガー』として計算している。……ハヅキ、お前が育てたあの不協和音が、マキナの歪んだ執念を上回れると証明してみせろ。そうしなきゃ、俺たちは一生、あの日から一歩も進めない」


 葉月はそのメモリを黙って受け取り、力任せに握りしめた。

「……言われるまでもない。裏切られただの何だのと、過去にすがってる野郎に、あいつらの未来は邪魔させねえよ」


 葉月は踵を返し、闇の中へ歩き出した。

「グリード。お前も、いつまでも計算機タブレットを眺めてないで、明日は特等席で見てろ。……マキナの完璧な数式が、あいつらの熱で焼き切れる瞬間をな」

 

 背後でグリードが小さく、けれど晴れやかな笑い声を漏らす。

「期待しているよ、リーダー。……俺たちが果たせなかった、本当の終着点を」


 ホテルでは、明日への対策に頭を悩ませるレイたちが待っている。

 Day2、対峙するのは最強のプレイヤーだけではない。

 かつての友であり、裏切られた憎しみを勝利への渇望に変換し続ける男、マキナの執念。

 

 因縁の鎖が絡み合う中、Day2という名の最終決戦へと、物語は加速していく。

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