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第74話:熱狂の残滓と、静かな誓い

 アリーナを包む地鳴りのような歓声は、三人が防音ブースを出てもなお、耳の奥にこびりついて離れなかった。

 通路の至る所にあるモニターには、今しがた自分たちを葬ったヴィクターの、冷徹なまでのハイライトシーンが繰り返し流れている。最後の一撃、レイのヘルメットを掠めた弾丸と、彼女の胸を正確に貫いたヴィクターの弾丸が対比されるようにスローモーションで映し出される。


「……負けちゃった。あと少しだったのに……本当に、あと少しだったのに!」

 ねねが廊下の隅で立ち止まり、ユニフォームの袖で何度も目元を拭う。

「ねね、前を向きなさい。……泣いてる暇なんてないわよ」

 ほむらが厳しく突き放すが、その声も微かに震えていた。彼女は自身の拳を血が滲むほど強く握りしめ、完備を認めたくないという自尊心と、届かなかった一撃への悔しさと戦っているようだった。


 レイは、自分の両手を見つめていた。

 ヴィクターの放った最後の一撃。あの時、確かに「音」は聞こえていた。相手がどこから飛び出し、どのタイミングで指をかけるか、その未来の残響は耳に届いていたはずだった。けれど、体が追いつかなかった。あるいは、一瞬だけ「絆」という重みを背負うことに、無意識の迷いが生じたのかもしれない。


「……私のせいだ。私が、もっと早く……」

「違うぞ、レイ」


 重厚な声が響き、顔を上げると、そこには葉月が立っていた。

 彼はいつもの厳しい指導者の顔ではなく、どこか遠い目をして、教え子たちを見つめていた。


「お前らは今日、世界1位と、そして『かつての俺』が逃げ出した全知の呪いに、真正面からぶつかった。結果は[BKL]にチャンピオンを譲ったが……内容は大金星だ。アリーナの誰一人として、最後の一瞬までBlack Lotusが勝つと確信できていなかった」

 葉月はレイの肩に手を置く。

「ヴィクターが最後、お前に言葉をかけた。……あいつが敗者に口を開くなんて、俺の知る限り初めてだ。それはつまり、あいつがお前を『排除すべき脅威』として、対等な敵として認めたってことだ」


 その言葉に、ねねが鼻をすすりながら顔を上げる。

「……認めてくれたの? あの、血も涙もなさそうな怖い人が?」

「ああ。だが、それは同時に『次は容赦しねえ』という宣告でもある。……Day2は、今日以上の地獄になるぞ。ヨハンも、そしてヴィクターも、お前らの不協和音を『対策可能なノイズ』として徹底的に分析してくるだろうからな」


 葉月の言う通りだった。Day1で見せた、仲間を錨にした戦い方や、自爆という不条理な戦術。データ至上主義の怪物たちは、明日の朝にはそのイレギュラーを「処理可能な数値」に書き換え、さらに精密な死を運んでくるだろう。


「……対策されるなら、それをさらに超える音を作るだけです」

 レイが静かに、しかし力強く言った。

「私たちがバラバラに聞こえるんじゃなくて、三人が重なって、誰にも予測できないひとつの『曲』になれば……。三人のリズムが完全にシンクロすれば、きっと、ヴィクターさんにも、ヨハンさんにも勝てる」


 その瞳には、かつてのOUKAのような冷たい全知の光ではなく、仲間と共鳴し、泥を啜ってでも勝とうとする「人間」の熱い色が宿っていた。


「……ふん、言うようになったじゃない。あんたがその気なら、付き合ってあげるわよ」

 ほむらが不敵に笑い、ねねの手を強引に引いて歩き出す。

「さあ、さっさとホテルに戻って反省会よ。明日は私たちが、あの真っ黒な蓮を根こそぎ引き抜いてやるんだから!」

「……うん! 焼肉、一番高いコース食べて、力つけるんだもん!」


 三人の背中を見送りながら、葉月はふと、アリーナの天井を見上げた。かつて自分が捨て、呪い、忘れようとした夢。それを、この少女たちが不格好な不協和音を鳴らしながら、今まさに拾い上げようとしている。


(……OUKA、見てるか。お前が望んだ、あるいは辿り着けなかった結末は、ここにあるのかもしれないな)


 廃都バビロンに沈む夕日は、明日への嵐を予感させるほどに赤く燃えていた。

 三人の姿が見えなくなったのを確認し、葉月が息を吐きながらポケットのスマートフォンを取り出した時だった。


 微かなバイブレーションと共に、画面に一通の通知が表示される。

 差出人の名を見た瞬間、葉月の表情からわずかな安堵が消え、かつての「勝負師」の鋭い眼光が戻った。


 [Greed]:今晩、少し会えないか? 大事な話がある。


「……ちっ、死神の次は、強欲グリードのお出まし共かよ」


 葉月は短く毒づくと、背後の喧騒を切り捨てるように、闇の深まり始めた裏口へと歩き出した。


 Day2開始まで、残り14時間。

 戦場はもはや、ゲーム画面の中だけでは収まらなくなっていた。

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