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第71話:廃都バビロンの号砲

「―― Day1 最終マッチ、全プレイヤー接続確認! 舞台は、今大会最も過酷と称される『廃都バビロン』! 複雑怪奇な高低差、そして数多の『音』が反響するコンクリートの迷宮に、今、二十チームが解き放たれます!」


 実況ジャックの絶叫が幕開けを告げると同時に、レイの視界は、暗転から巨大な輸送機の機内へと切り替わった。

 ゴォォォォと、鼓膜を圧するような爆音が轟き、機体全体が激しく振動している。前方にある巨大なハッチがゆっくりと開き始めると、そこから差し込んだのは、煤けた灰色の空と、眼下に広がる廃墟の街――バビロンだった。


「……ねねちゃん、ほむらちゃん。聞こえる?」

 レイは、風圧に負けないよう、少し声を張り上げた。

「バッチリだよ! でも、ここ、上から見てもすっごく広くて怖い……。ビルが全部崩れてるもん」

 ねねが、機体の壁にしがみつきながら外を覗き込む。


「高低差が凄まじいわね。……森とは比べ物にならないほど、射線が複雑に交差するはずよ。レイ、あんたの耳が頼りよ。……でも、無理だけはしないで」

 ほむらが、愛銃のボルトを引き、最後のリロードを確認する。その横顔には、かつての冷たさではなく、仲間を守ろうとする鋭い覇気が宿っていた。


「――全チーム、ドロップ開始!」


 無機質なアナウンスと共に、ハッチから次々とプレイヤーたちが空中へと飛び出していく。


「いくよ! Trinity Raid、ダイブ!」


 レイの合図と共に、三人は灰色の空へと身を投げ出した。

 凄まじい風圧が全身を襲う。眼下に迫るバビロンの街は、崩落した高層ビルが折り重なり、路地裏には錆びついた車両が放置されている。風がビルの隙間を吹き抜けるたび、笛のような不気味な鳴き声が街全体に響き渡っていた。


(……このフィールドの情報量は、森の比じゃない。空調の音、砂利が流れる音、遠くの銃声――それらを整理し、処理しようとすればするほど、脳の深部が熱を持ち、余計な感情を削ぎ落として「最適解」だけを抽出しようとする感覚が、再び首をもたげ始めていた……)


 レイはあえて、降下中に隣を飛ぶねねの小さな悲鳴と、上空で風を切るほむらの確かな気配に意識を向けた。先ほどヨハンに言われた「不純物」という言葉。そして葉月が危惧していた「覚醒」。


「……ダメ。一人で全部聞こうとしちゃダメだ。みんなの音を、ちゃんと捕まえておかないと……」


 レイは、廃ビルの屋上へと滑り込むように着地した。

 着地の衝撃と同時に、耳を打つのは、遠くで鳴り止まない不規則な風の音と、崩れた建物の軋み。これまでのフィールド以上に「音の情報量」が多い。


(……一人のほうが、効率がいい。……もしレイちゃんがまた、そう思っちゃったら……)


 脳裏に、ねねの不安げな呟きがリフレインする。

 このフィールドの複雑な音響情報を処理しようとすればするほど、脳の深部が熱を持ち、余計な感情を削ぎ落として「最適解」だけを抽出デコードしようとする感覚が、再び首をもたげ始めていた。


(……させないわよ。一度『爆破』して連れ戻したんだもの。何度だってやってやるわ)


 ほむらの強い言葉が、レイの視界を覆いかけていた冷たい霧を少しだけ晴らす。


「――来たわよ」


 ほむらの警告と同時に、上階の窓から銃弾が降り注ぐ。Valkyrieだ。

 彼らは第2マッチの敗北を学習し、地形の反響を利用して射撃位置を特定させない、より冷徹な集団連携を構築していた。


「レイ! 右のビルの反響を無視して! 正面三階、あのカーテンが揺れた場所よ!」


 ほむらが叫ぶ。レイの脳内にある「全知」は、右側からの音が実体だと告げていた。だが、レイは迷わず、ほむらの言葉に従って正面へ銃口を向けた。


 ――ガツンッ!


 レイの放った弾丸が、隠れていた敵のシールドを激しく弾く。

 「全知」が導く理論上の正解よりも、仲間の「叫び」を優先した一撃。その迷いのなさが、Valkyrieの計算をわずかに上回った。


「……ふふ、面白いね、レイ」

 通信チャンネルに、どこからともなくヨハンの声が混ざる。

「君はまだ、その不確かなノイズを信じるというのか。だが、この『バビロン』は嘘をつく。君の仲間が信じている音さえも、この街は無慈悲に歪めてみせるよ」


 ヨハンの不吉な予言通り、街の至る所に設置されたスピーカーから、突如として激しい環境音が流れ始めた。爆発音、偽の足音、複数の銃声――そのすべてが、偽物の「ノイズ」として三人の五感を狂わせにかかる。


「きゃあ! どっちから敵が来てるかわからないよ! 全部本物の音に聞こえるもん!」

 ねねがパニックに陥りかけ、銃口を乱れさせる。

 視界は遮られ、音は偽物に塗り替えられる。かつてのOUKAであれば、この混沌の中から「真実の音」だけを選別し、独りで全てを終わらせただろう。そして今のレイにも、それができる予感があった。仲間を切り離し、情報の深淵に沈めば、このノイズさえも愛おしい「静寂」に変えられる。


 だが、今のレイは目を閉じた。

 偽物の爆音の中でも、隣で必死にトリガーを引くねねの振動と、背後を守るほむらの確かな気配。

 それだけを唯一の「現実」として繋ぎ止める。


「……二人とも、私を見て! 音を聴くんじゃない、私の『リズム』に合わせて!」


 レイは走り出した。

 それは、全知の死神が歩む静かな歩みではない。泥臭く、不格好で、けれど三人の鼓動が一つに重なった、Trinity Raidにしか刻めない狂詩曲。

 混沌の廃都バビロンで、レイは初めて「一人で聞く」ことを拒絶し、仲間の出すノイズと共に深淵へと挑みかかった。

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