第72話:三つ巴の鎮魂歌(レクイエム)
「――市街地Cエリア、中央広場で激突! 日本勢の二強、『Trinity Raid』対『Valkyrie』! まさに意地とプライドがぶつかり合う、Day1最大のハイライトだッ!」
ジャックの実況が激しさを増す中、廃都バビロンの円形広場は、凄まじい銃声と爆音の渦に包まれていた。
ヨハン率いるValkyrieは、路地裏の反響を完全にコントロールし、レイたちの退路を断つように正確な十字砲火を浴びせてくる。
「逃がさないよ、レイ。君がその『絆』というノイズに縛られ、思考を鈍らせている間に、僕たちがチェックメイトをかける」
ヨハンの冷徹な声が、廃ビルの反響板を通じて四方八方から降り注ぐ。
「……くっ、どこから撃たれてるのか、反響が多すぎて絞り込めない……!」
ねねが物陰に身を潜め、飛来する弾丸の雨に歯を食いしばる。
「焦るんじゃないわよ! レイ、あんたの耳なら、この欺瞞の裏側が見えるはずでしょ!?」
ほむらが遮蔽物越しにカウンターの狙撃を放つが、Valkyrieの緻密な連携は、彼女たちの反撃の芽をことごとく摘み取っていく。
レイの意識は、極限まで研ぎ澄まされていた。ヨハンの狙いは分かっている。自分を追い詰め、仲間に頼る余裕を奪い、再び「一人で聴く」深淵へと引きずり出すこと。
(……ダメ、まだ聴こえる。二人の音が、私の錨になってる……!)
レイが反撃のタイミングを計ろうとした、その時だった。
遠くから、低く、しかし腹に響くようなエンジンの駆動音が聞こえてきた。それは猛スピードでこちらへ接近している。
「――ッ!? なんだ、あの車両は! 北側の大通りから、猛烈な速度で広場に突っ込んでくるぞ!」
実況が叫ぶ。ValkyrieもTrinity Raidも、一瞬だけ銃口をその「乱入者」に向けた。
しかし、その車両は広場の手前で急ブレーキをかけ、タイヤを軋ませながら横滑りして停止。それと同時に、車内から三つの影が吸い出されるように飛び出した。
完璧な降車。着地と同時に展開されるスモーク。その中から現れたのは、漆黒の蓮のエンブレムを掲げる、世界ランク1位の怪物たちだった。
「……ノイズが多いな」
低く、地を這うようなヴィクターの声。
スモークの中から、Valkyrieの側面を突くように放たれたのは、一切の無駄がない精密なフルオート射撃だった。
「なっ……なんだ、この精度は! 車から降りて一秒も経ってないのに……がはっ!?」
Valkyrieのアタッカーが、ヨハンの指示を仰ぐ間もなく、ヴィクターの放った一連射でヘッドショットを抜かれ、デジタルデータとなって霧散する。
「――**Black Lotus**参戦ッ!! Valkyrieの背後を完全に突いた! これが世界王者、ロシアの死神たちが仕掛ける『漁夫の利』か!!」
ヴィクター率いるBlack Lotusの動きは、先ほどのヨハンやレイのような「音を読み解く」繊細なものではない。敵の配置を完全に把握し、最短ルートで、最も殺傷能力の高い角度から弾丸を叩き込む。それは、ゲームのシステムそのものを蹂躙するような、圧倒的な暴力の効率化だった。
「ヨハン、君の実験には付き合いきれん。そしてレイ……君は落胆の極みだ。隣の弱者のために、自分の『翼』を折って飛ぶ真似をするとはな」
Black LotusはValkyrieを遮蔽物越しに制圧しつつ、同時にTrinity Raid側へも正確な牽制射撃を放つ。二チームを同時に「管理」し、泥沼の戦いすらも支配下におくその立ち回りに、広場は三つ巴の地獄へと変貌した。
「……予定外だね。だが、面白い。ヴィクター、君という最大の『壁』を前にして、彼女がどう覚醒するか……」
ヨハンは、不本意な乱入に目を細めつつも、口角を上げた。
Trinity Raidは、今、二つの「怪物」の間に立たされていた。
自分を深淵へ誘うヨハンの知略。そして、全てを力でねじ伏せるBlack Lotusの絶対的実力。
「レイ、前を向きなさい! 漁夫だろうが世界1位だろうが、全部なぎ倒して進むわよ!」
ほむらが銃口をヴィクターの隠れるスモークへ向け、叫ぶ。
「そうだよ! 三人一緒なら、絶対に負けないんだから!」
ねねがショットガンを構え直し、レイを守るように一歩前へ出る。
「……みんな。……ありがとう」
レイは、耳に突き刺さるヴィクターの威圧感と、ヨハンの欺瞞を、一つの「伴奏」として受け止めた。
廃都バビロン、最終盤。
世界トップの暴力と、冷徹な知略。その中心で、三人の不協和音がかつてない高鳴りを見せ始める。
「――行くよ。私たちの、音で!」
レイの指が、光速の弾丸を弾き出した。




