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第69話:残響の向こう側

「――決着ッ!! 第2マッチ、勝者はTrinity Raid! あの絶望的な包囲網を、自爆という狂気の選択で打ち破り、最後は完璧な三重奏で駆け抜けました!」

 実況ジャックの絶叫がアリーナに響き渡り、観客席からは地鳴りのような「トリニティ」コールが巻き起こる。


 防音ブースの中。

 レイは、勝利のログが流れるモニターをぼんやりと見つめたまま、しばらく動けずにいた。指先はまだ微かに震え、耳の奥には先ほどまで聞こえていた「仲間の音」が心地よい残響となって居座っている。

 ヘッドセットを外すと、遮断されていた会場の大歓声が、物理的な圧力となってブース内に流れ込んできた。


「……勝った。……本当に、勝ったんだ」


 レイが小声で呟くと、隣で思い切り椅子が後ろに下がる音がした。ねねが弾かれたように立ち上がり、そのままレイに飛びついてきたのだ。


「レイちゃん! やった、やったよ! 戻ってきてくれたんだね!」

 ねねは、必死な顔でレイの肩を揺さぶった。その瞳には、安堵からくる涙が溜まっている。

「さっきのレイちゃん、なんだかすごく遠くにいるみたいで……。もう声が届かないんじゃないかって、怖かったんだから!」


 その言葉に、レイは胸が締め付けられるような思いがした。

 戦いの最中、自分を支配していたあの感覚。周囲の音が消え、ただ最適解だけが譜面のように浮かび上がっていたあの時、自分は確かに二人を見ていなかった。


(私は……あのまま、一人で行こうとしてた……)


 ほむらは、外したヘッドセットをデスクに置き、深く椅子にもたれかかった。

「……全く。自爆なんて、二度とやりたくないわ。コントローラーの耐久テストじゃないんだから」

 毒づきながらも、ほむらは鋭い視線をレイに向けた。

「あんた、さっき完全に『あっち側』へ行きかけてたわよ。……かつての伝説、OUKAと同じ場所に」


 レイが息を呑む。

「……気づいてたの?」

「気づかないわけないでしょ。指示が的確すぎて、気持ち悪いくらいだったわ。……でも、私たちはあんたの演算機じゃない。血の通った仲間なのよ」


 三人がブースを出て、薄暗いバックステージの通路を歩いていくと、その先に一人の男が立っていた。

 コーチ、葉月。

 彼は言葉を失ったように、ただ彼女たちを見つめていた。かつて自分が「全知」という怪物の前に膝をつき、すべてを捨てて逃げ出したあの日から、止まっていた時計が動き出したような感覚。


「……葉月さん」

 レイが歩み寄る。葉月は少しだけ顔を背け、目元の熱さを誤魔化すように、わざとらしく鼻を鳴らした。


「……クソみたいな試合だったな。自爆に誤爆、戦術もへったくれもありゃしない」

 葉月は、大きな手でレイの頭を乱暴に撫でた。

「……レイ。お前はさっき、俺がかつてなり、そして耐えられずに捨てた『OUKA』になりかけていた。独りで全てを背負い、仲間を駒に変える、孤独な完成体にな」


 葉月の瞳には、過去の自分への嫌悪と、それを超えてみせた教え子への誇りが混ざり合っていた。

「だが、お前にはあいつらがいた。……俺にはいなかった、俺を引き戻してくれる馬鹿野郎たちがな。……よくやった。お前は今日、俺が一生かかっても勝てなかった『呪い』に勝ったんだ」


 その言葉の意味を、レイは噛み締めるように頷いた。

 葉月をこの世界から追い出した「全知」という絶望。それを、ほむらとねねの不協和音が打ち破ったのだ。


「――さあ、セレモニーが始まります! 泥を啜り、光を掴んだ勝利の女神たちに、最大の喝采を!」

 ジャックのアナウンスに促され、三人は眩いスポットライトが照らすステージへと足を踏み出す。


 世界中が彼女たちを注視している。

 かつての亡霊が囁く冷徹な未来ではなく、今、この瞬間を共に歩む仲間たちの鼓動。

 レイは、隣で楽しそうに跳ねるねねと、不敵に微笑むほむらの手を取り、高らかに勝利を掲げた。


 しかし、喜びの渦の裏側で、モニターを睨みつける影があった。

 敗北を喫したヨハン、そして、第3マッチで彼女たちを待ち受ける「本物の深淵」。

 Trinity Raidの真価が問われるのは、ここからだった。

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