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第68話:響け、三人の狂詩曲(ラプソディ)

「――見てください! これが……これがTrinity Raidか! 満身創痍、アーマーはボロボロ、弾薬も底をつきかけている! しかし、彼女たちの動きには、先程までの冷徹な予知を超えた『熱』がある!!」

 実況ジャックの絶叫に、会場のボルテージは最高潮に達する。アリーナを揺らす大歓声は、もはや実況の声さえも飲み込もうとしていた。


 スモークの壁を突き抜け、森の最深部――最終安全地帯へと続く開けた斜面。そこには、第2マッチの覇権を狙う強豪たちが、まるで鉄の防波堤のように立ちはだかっていた。地形は圧倒的に不利。遮蔽物のない平原を、彼女たちは駆け抜けなければならない。一歩間違えれば、集中砲火の餌食になる死の荒野だ。


「……レイ、プランはあるの?」

 ほむらが、残弾わずかとなった狙撃銃のボルトを操作し、次弾を装填しながら問う。その横顔には、かつての冷たさではなく、仲間を鼓舞するような鋭い覇気が宿っていた。


 レイは一瞬、深くまぶたを閉じて耳を澄ませた。

 聞こえてくるのは、もはや神の視点のような無機質な「情報の断片」ではない。激しく大地を叩く銃声、隣で荒い呼吸を繰り返す仲間の生きた証、そしてアリーナの底から響き渡る数万人の地鳴り。

 ――それら不ぞろいな音のすべてが混ざり合い、今のレイには、世界でたった一つの自分たちを導く「ビート」として響いていた。


「……プランなんて、もういらないよ。……ただ、二人のリズムに、私が合わせる。……それだけ。この戦場を、私たちの歌で塗り替えるの」

 レイが力強く、かつてないほど迷いのない動作でマウスを振り切る。


「了解! 私が一番前で、すべてのノイズをかき消してやる!」

 ねねが咆哮と共に飛び出した。

 残りのブーストアイテムをすべて一気に叩き込み、システム上の限界速度で斜面を駆ける。敵陣から降り注ぐ、曳光弾の豪雨。それを、ねねはあえて「避けない」。盾となり、肉壁となり、自身のキャラクターが被弾し、火花を散らすその凄まじい「衝撃音」を逆手に取り、敵の狙撃手が刻む精密な射撃リズムを、強引に、力技で狂わせていく。


「……そこ。右から二番目の木陰、射線が通ったわ。レイ、道は作ったわよ!」

 ねねが火花を散らしながら作り出した、わずか一瞬の死角。ほむらがその針の穴を通すようなタイミングで、一発の重い弾丸を放つ。スコープ越しに捉えた敵の最前線アタッカーのヘルメットが、鮮やかに弾け飛んだ。


「――今!!」

 二人が命を削って作った「一筋の道」を、レイが駆け抜ける。

 もはや情報のオーバーロードに苦しむことはない。レイは、ねねが散らす火花の激しさを、ほむらが刻む正確な銃声の余韻を、自分を導く譜面スコアに変えていた。


 敵が動く。レイが撃つ。

 それは冷たい予知などではない。仲間が敵を絶望の淵へと「追い込み」、レイがその唯一の「出口」に銃口を置く。三つの異なる個性が重なり、一つの破壊的な旋律となって、最強を自負していた世界レベルのチームを次々と飲み込んでいった。


 コーチ席の葉月は、気づけば身を乗り出し、モニターのガラスに額を押し当てるほど見入っていた。

(……信じられない。あいつらは、俺が……『OUKA』が辿り着けなかった『答え』に、自力で辿り着きやがった……)

 一人の天才が世界を統べるのではない。欠けた個性が、互いの不協和音を認め合い、それを力に変えて戦場を塗り替えていく。かつて自分がその全能感に恐怖して逃げ出したあの日。もし自分に、あんな風に自爆してまで、自分という人間を引き戻してくれる仲間がいたら。葉月の瞳に、熱いものが込み上げ、視界を滲ませる。


「――ジャック! Trinity Raid、ついに最終チームの懐に潜り込んだ! 相手は……北欧の覇者、Valkyrieの生き残りだ!」


 司令塔ヨハンを失ってもなお、氷のような統率された動きを見せるValkyrie。彼らの冷徹な一斉掃射が、Trinity Raidの足を止めにかかる。だが、今の彼女たちを止める術は、この世界のどこにも存在しなかった。


「……ねね、最後のフラッシュバンを! 私たちの光で、あいつらの計算を焼き切るよ!」

「いくよ! これで、最後の一撃!!」

 投げ込まれた閃光弾が弾け、視界が白一色に染まる。

 その白銀の世界の中で、レイは迷うことなく、自らの魂を込めて引き金を引いた。

 もはや音など聞こえなくてもわかる。二人の温かな背中がどこにあるか。そして、自分たちが次にどこへ進むべきか。


 ――ドンッ!!!


 最後の一撃が森の静寂を永遠に切り裂き、画面には燦然と輝く「CHAMPION」の文字が踊った。


 アリーナを揺るがす、この日一番の、そして世界で一番「うるさくて、愛おしい」歓声。

 レイはヘッドセットを静かに外し、隣に座る二人を見た。汗にまみれ、肩で激しく息をし、そして――人生で一番楽しそうに笑い合っている二人を。


「……お疲れ様。……最高に、いい音だったよ。みんな」


 亡霊が遺した古い轍を脱ぎ捨て、彼女たちが新しく刻んだ歴史の第一歩。

 第2マッチ、終了。そこには、かつての逃亡者が夢にまで見た、真の「仲間」の姿があった。

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