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第65話:継承される亡霊

「――包囲網が縮まる! 『Iron Wolf』の重戦車級の圧力が、Trinity Raidを文字通り粉砕しにかかっています! 絶体絶命、しかしレイ選手の動きが……おかしい!?」

 実況ジャックの叫び通り、モニターの中のレイは、もはや「ゲーム」をプレイしているようには見えなかった。


 極限のオーバーヒート。脳が悲鳴を上げ、視界が真っ赤な警告色に染まる中、レイの意識はデジタルな制約を超え、情報の「深淵」へとダイブしていた。

 かつて世界を震撼させた伝説のプレイヤー、OUKA。その正体である葉月が、かつて到達し、そしてそのあまりの全能感と引き換えに払う代償の大きさに恐怖して、この世界から「逃げ出した」原因となった禁断の領域。

 ――全プレイヤーの入力、サーバーの演算周期、そして戦場の「意志」を音として統合し、未来を逆算する全知の感覚。


「……三秒後。……右、樹の裏。……跳ねる」


 レイが低く、感情の削げ落ちた声で呟く。

「えっ!? 何がだもん!?」

「撃って、ねね」

 ねねが反射的に引き金を引いた瞬間、霧の向こうで『Iron Wolf』のアタッカーが、遮蔽物から飛び出した瞬間に頭部を撃ち抜かれた。


「……次は、北東。……岩の間。……リロードの音」

 レイの銃口が、壁一枚隔てた向こう側にいるはずの敵を、まるで見えているかのように正確に追尾トラッキングする。

 その動きはもはやエイムという言葉では生ぬるい。まるで未来から流れてくる音に合わせて、正解のマス目を埋めていく冷徹な作業のようだった。


 コーチ席の葉月は、その光景に戦慄し、椅子から立ち上がった。握りしめた拳が白く震える。

(……まずい。その先へ行くな、レイ! それは……俺が、OUKAという化け物から逃げ出す直前に見た地獄だ!)


 葉月の脳裏に、数年前の光景がフラッシュバックする。

 すべてが聞こえ、すべてを支配したあの日。だがその代償として、隣で笑っていた仲間の声が「不要なノイズ」に変わり、彼らの存在が勝利を効率化するための「パーツ」に成り下がった。

 自分が人間ではなく、勝利するための冷たい機械に作り替えられていく恐怖。その精神の摩耗に耐えられず、彼は頂点の座を放り投げ、泥をすするようにしてこの世界から逃げ隠れたのだ。

 今のレイから放たれる気配は、かつての自分――「自分すら捨てて逃げたはずの亡霊」そのものだった。


「……ねね、止まって。……それ以上行くと、三時の方向に狙撃の音が鳴る」

「レイ、あなた……」

 ほむらが、異常なまでの的中率で指示を出すレイの横顔を見る。

 レイの瞳は、もはや画面を見ていない。焦点が合わず、ただ虚空から響く「何か」を必死に書き留めているような、異様な没入感。


(……何これ。これじゃ、私たちは『仲間』じゃない。……この子の『パーツ』だわ)


 ほむらは、銃を握る手に嫌な汗をかいた。

 レイの指示通りに動けば勝てる。無敵になれる。だが、そうすればするほど、レイという少女が、一人の人間から「勝利するためのシステム」へと変貌していく。

 かつて葉月が歩み、そして耐えきれずに逃げ出した、あの孤独な暴走のわだち


「……レイ、聞こえる!? 私たちの声が聞こえるの!?」

 ほむらの叫びも、レイには届かない。

 レイの耳に届いているのは、もはや現実の音でも、仲間の温かな声でもない。

 戦場に充満する、死と勝利が織りなす「冷徹な旋律」だけ。


「――ジャック! Trinity Raidが、たった三人で、完全武装の二チームを翻弄している! まるで敵がどこから撃ってくるか、最初から台本があるかのような動きだ!」


 霧の中、レイが最後の一発を放つ。

 その弾丸は、敵が逃げようとした先へ吸い込まれるように着弾した。


 一歩、また一歩と、勝利への階段を駆け上がる死神。

 しかしその瞳には、かつて葉月を絶望させ、この世界から追い出した、あまりにも静かで、あまりにも残酷な「全知の風景」が広がっていた。

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