第58話:残された正解、そして「第三の牙」
「――激突! 乱戦を切り裂いた死神の鎌が、ついに王者の首を捉えたあああ!」
実況ジャックの絶叫がアリーナに響き渡る。
三方向からBlack Lotusの立てこもるビルへ突入したTrinity Raid。だが、そこに待ち構えていたのは、混乱の中でも微塵も揺るがないヴィクターの「暴力的な精密さ」だった。
突入の瞬間、ヴィクターの狙撃銃が火を吹く。
「……っ、ねねちゃん!」
先頭で囮として飛び込んだねねが、ヴィクターの容赦ないヘッドショットにより、一瞬で膝を屈した。
「大丈夫だもん……! ほむらちゃん、あとは頼んだもん!」
ねねが倒れ込みながらも放った最後の一撃が、ヴィクターのアーマーを半分削り取る。
「解説のキースさん! Black Lotusもただでは済みません! ヴィクター以外の二人が、ほむら選手の冷静な連射によって排除されました!」
『……ですが、そのほむら選手もヴィクターの返り討ちに遭った! 生き残ったのは、両チームのアタッカー……レイ選手とヴィクター選手、二人だけです!』
廃墟のビル内。一階にレイ、二階にヴィクター。
お互いにリソースは限界、アーマーはボロボロ。ここからは技術を超えた、魂の削り合いになる。
レイは、指先が痺れるような感覚を覚えた。極限の集中による過負荷。
(……見える。そこに、いるね)
レイは、キャラクターを敢えて「全力疾走」させた。
――バタバタバタ!!
派手な足音。ヴィクターはその音が向かう「角」に銃口を固定する。
だが、現れたのはレイが投げた「空の弾倉」と「手榴弾」。ヴィクターが弾倉を虚しく撃ち抜いたその瞬間、レイは反対側の崩落した壁から滑り込んだ。
「……最後のアナログ、だよ」
レイが引き金を引く。ヴィクターもまた、驚異的な反応速度で銃口を捻り、レイの胸元を捉える。
二人のマズルフラッシュが、暗いビル内を真っ白に染め上げた。
互いの銃弾が、互いの残存アーマーを粉砕し、体力がミリ単位で削れ、二人の影が重なる――。
その、刹那だった。
――パン、パンッ。
乾いた、しかし重い二発の銃声。
それはレイのものでも、ヴィクターのものでもなかった。
ビルから数百メートル離れた、時計塔の頂。そこから放たれた大口径の弾丸が、重なり合ったレイとヴィクターの頭部を、一筋の線で貫いた。
[ JPN_Johan eliminated BL_Viktor ]
[ JPN_Johan eliminated TR_Rei ]
「…………え?」
実況の声が止まった。数万人の観衆が、何が起きたのか理解できず、アリーナが水を打ったような静寂に包まれる。
巨大モニターに映し出されたのは、勝利の咆哮を上げるレイでも、無敗を誇るヴィクターでもなかった。
遠く時計塔の上。一発も弾を外すことなく、淡々と銃身を冷ましている一人の男の姿。
「――な、なんという事だ……!! 漁夫だ! 完璧な、あまりにも完璧すぎる「漁夫の利」だ!! 優勝したのはTrinity RaidでもBlack Lotusでもない!! もう一 つの日本代表『Valkyrie』のエース、ヨハンだああああ!!」
ジャックの絶叫が、静寂を無理やり切り裂く。
『……やってくれましたね。彼はこの20チームの乱戦の間、一発も撃たず、ただこの「最後の一瞬」だけを待っていた。世界が注目する因縁の対決、その主役二人を一つの弾道で葬り去る……。なんという冷徹なロジックだ……!』
防音ブース内。レイは、マウスを握ったまま固まっていた。
あと一歩。あと数ミリで、王者の首に手が届いていた。
隣のブースでは、ヴィクターもまた、信じられないものを見るようにモニターを見つめている。
コーチ席の葉月は、座席から身を乗り出し、時計塔の男――ヨハンのアイコンを、親の仇のように睨みつけた。
(……ヨハン。貴様、最初からこれを狙って……!)
一方、別のブースでヘッドセットを外したヨハンは、カメラに向かって、薄く、冷たい笑みを浮かべた。
それは「死神」と「王者」の死闘を、最初から最後まで冷笑していた、真の捕食者の顔だった。
そのまま、もう一つの日本代表『Valkyrie』が第1マッチでチャンピオンとなった。
世界が目撃したのは、新星の躍進でも王者の防衛でもない。
「もう一つの日本代表」が、世界の頂点へと宣戦布告する、血塗られた幕開けだった。




