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第57話:混沌の指揮者(オーケストラ)

「――何が起きた!? Trinity Raid、自分たちを囲む『Iron Wolf』でも『Blue Fang』でもなく、その遥か後方のタンク車を爆破したあああ!」

 実況席のジャックが身を乗り出し、ヘッドセットを叩きつけるように叫ぶ。

 「キースさん、見てください! 爆発に驚いた後方のチームが、自分たちが撃たれたと勘違いして、無関係な隣のチームに反撃を開始した! 全20チームが沈黙を守っていた戦場が、一瞬にして地獄の乱戦へと塗り替えられた!」


『……信じられません。彼女たちは自分たちで「包囲網」を物理的に壊したのではなく、包囲している連中の「背後」を突くことで、彼らの連携を内側から崩壊させた。これは……かつてのOUKAが最も得意とした、戦場のヘイトをコントロールする戦術です!』


 防音ガラスに囲まれたブース内。レイの瞳には、もはやモニターの映像すら映っていない。

 極限まで研ぎ澄まされた彼女の脳は、四方八方から鳴り響く銃声、爆発音、そしてアリーナの床を叩く数万人もの「足踏み」の振動を、完璧な情報として処理していた。一ヶ月間のアナログ合宿で培った、視覚に頼らない「空間把握」が、デジタルな戦場を完全にハックしていた。


「ねね、二時の方向! 敵がパニックになって遮蔽物から出たわ。ショットガンで路地を塞いで! ほむらちゃん、北の稜線のスナイパーは今、後ろのチームに撃たれて焦ってる。……そこを抜けるわよ!」

「了解だもん! どさくさに紛れて、全部なぎ倒してやるもん!」

「……計算通り。敵同士が喰らい合っている。……今、この戦場で『静寂』を保っているのは、私たちだけね」


 三人の動きは、もはや一つの生物だった。

 レイが「音」で敵の注意を逸らし、ねねが「音」で敵を追い込み、ほむらが「音」の空白を正確に撃ち抜く。

 彼女たちはあえて自分たちからキルを取りに行かない。敵と敵を衝突させ、過熱した戦場にさらにガソリンを注ぎ込む。傷ついた側を「掃除」し、弾薬を奪い、また次のカオスへと滑り込む。


 コーチ席の葉月は、組んでいた腕の震えを隠せなかった。

 マイクを通す必要などなかった。彼女たちは、彼が教えた「正解」のさらに先を行っていた。

(……そうだ。敵が多ければ多いほど、その足音と銃声は、お前たちにとっての『道標』になる。……マキナ、お前の『論理』は、このカオスの中ではノイズに過ぎない)


 一方、『Black Lotus』のブース。

 ヴィクターを蘇生させたばかりのマキナは、モニターを見つめたまま、初めて苦い表情を浮かべていた。

 彼の手元のマイクスイッチもまた、赤く消灯している。今の彼は、世界最高の頭脳を持ちながら、自分の論理が作り上げた「静寂」が、教え子の手から滑り落ちていくのをただ黙って見ていることしかできない。


(……ヴィクター、応じるな。その「音」は誘いだ。……だが……)

 マキナの願いは届かない。

 「最強」という絶対的な論理で生きてきたヴィクターにとって、目の前で戦場をかき乱す三人の「ノイズ」は、最早無視できる存在ではなかった。


「……監督ボスは黙っていろと言いたげだが。……生憎と、私のプライドがそれを許さない」

 ヴィクターは独り言ち、ボルトアクションのライフルを背負い直して、腰のサブマシンガンを引き抜いた。

 彼はマキナの静止を、その無言の背中から読み取った上で、自らの意思で「カオス」の中へと足を踏み入れた。


「――ジャック! 見てください! 王者Black Lotusが動いた! ヴィクター自らが、この乱戦の渦中へと飛び込んでいく! まるでTrinity Raidの挑発に応じるかのように!」

 『……王者の矜持が、計算を上書きしましたね。これで第1マッチは、完全に予測不能な領域に突入しました。20チームの乱戦の果てに、何が残るのか……!』


 市街地の路地裏、硝煙が立ち込める中で、レイは不敵に笑った。

「……来るもん。ねね、さっきの借りを返しに行くもん!」

「……ええ。王者の首を獲って、この『包囲網』を私たちの凱旋ロードに変えましょう」


 レイが最後の一発を装填する。

 アリーナの熱狂は最高潮。数万人の観衆が、モニターに映る「一対一」の距離感に息を呑む。

 実況の叫び声すら、もはや地鳴りのような歓喜にかき消されていく。


「――ジャック! Trinity Raidが、乱戦を抜けて再び『Black Lotus』の真正面に現れた! 逃げるどころか、自分たちを狙った全チームを置き去りにして、王者に再挑戦です!」


 霧と硝煙を切り裂いて、三人の死神が、ついに王者の喉元へと手を伸ばした。

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