第54話:剥き出しの戦場
「――Ladies and Gentlemen! Please welcome, Japan's pride, Trinity Raid!!」
地鳴りのような重低音のBGMと共に、巨大なLEDモニターが左右に割れた。
まばゆいフラッシュの渦、そして数万人の観衆が放つ熱気が、物理的な圧力となって三人の肌を打つ。
これまでは画面の向こう側にいた彼女たちが、今、生身の体で、世界が注目するメインステージの中央へと歩みを進める。
「……っ、すごい。音が、お腹に響くもん……」
ねねが、少し肩をすくめながらも、観客席のサイリウムの海を見渡す。
「視線の密度が、計算外ね。……でも、悪くないわ。これだけの人間が、私たちの『正解』を特等席で見守っているんですもの」
ほむらが眼鏡を指先で押し上げ、冷徹な微笑を浮かべる。
そしてレイは、一歩一歩、踏みしめるようにステージを歩いた。その隣には、ジャージ姿のまま、深くキャップを被った葉月が「コーチ」として付き添っている。
「見て、あれが『死神』の正体……?」
「Vのアバターと全然雰囲気が違う……。なんて鋭い目をしてるんだ」
観客席から漏れる、驚きと興奮の混じった声。
彼女たちは今、アバターという最強の「盾」を脱ぎ捨て、一人の「プレイヤー」として白日の下に晒されていた。
ステージ上に設置された、防音ガラスに囲まれた特設ブース。
三人がそれぞれの席につき、一ヶ月間使い込んだ自分のマウスとキーボードをセットする。その背後、一段高いコーチ席に葉月が腰を下ろした。
カチリ、と葉月の手元のスイッチが切られる。
大会レギュレーションにより、マッチ開始から終了まで、コーチと選手間のボイスチャットは完全に遮断される。葉月に許されているのは、ただ無言で彼女たちの背中を見守ることだけだ。
(……ここからは、俺の声は届かない。地獄の合宿で叩き込んだ『正解』を、お前たちがどう形にするか……見届けさせてもらうぞ)
葉月はマイクを跳ね上げ、腕を組んだ。
レイはヘッドセットを装着し、静かに深呼吸をする。
瞬間、会場の喧騒が遮断され、耳元に届くのは二人の仲間の呼吸音と、ゲーム内の環境音だけ。
モニターが点灯し、戦場となる広大な乾燥地帯のマップが映し出された。
『――3, 2, 1... GO!!』
実況の叫びと共に、巨大な輸送機が動き出した。
降下地点を選ぼうとしたレイの瞳が、一瞬で「捕食者」の色に変わる。
「……二人とも。右斜め後ろ、三時方向。……Black Lotusの機影を確認。……あっち、私たちをマークしてる」
レイが冷静に告げる。画面上のアイコンではなく、隣のブースに座るヴィクターやマキナから放たれる、物理的な「圧」を肌で感じ取っていた。
「……初戦から私たちを潰しに来るつもりね。マキナ監督の論理らしいわ」
ほむらがマウスを握り直す。
「ねね、逃げたくないもん! あいつら、ここで叩いていいんだよね!?」
レイは背後のコーチ席を、一瞬だけ振り返った。
葉月は無言のまま、キャップの奥の鋭い瞳でレイを見据え、小さく顎を引いた。
言葉はなくとも、その意思は伝わる。
――『お前たちの正解を、俺に証明してみせろ』
「……了解。……ねね、ほむら。準備はいい?」
「もちろんだもん! 派手な花火、打ち上げてやるもん!」
「理論上の最適解は……『今、ここで王者を叩き潰すこと』ね。行くわよ」
Trinity Raidの三つの影が、空中で弾け、Black Lotusと同じ座標――マップ中央の激戦区へと急降下を開始した。
アリーナの巨大モニターに、その異常な軌道が映し出された瞬間、会場全体が割れんばかりの歓声に包まれた。
コーチの声が届かない孤独な戦場で、一ヶ月の「アナログ修行」の真価が、今試されようとしていた。




