第51話:観測不能の弾道
フィールドは、霧に包まれた廃墟都市。
カスタムロビーには『Black Lotus』を筆頭に、招待された欧米の強豪チームが「見物料」と言わんばかりに居並んでいる。だが、全プレイヤーの視線が注がれているのは、マップ中央に降り立った、三つの「影」だった。
「……コーチ、敵の位置、わかります」
レイが呟いた。まだ画面上に敵の姿はない。足音すら聞こえない距離だ。
「……空気の『重さ』が変わったわ。北北西、300メートル先のビル屋上。……そこに、殺意が溜まっている」
ほむらが、スコープを覗くことさえせずに断言する。モニターに映るスローモーションのような景色。その「描画される前」の予兆を、彼女たちの神経が直接捉えていた。
「ねね、そこに向かって投げるもん! コーチ、いっていい!?」
葉月は背後で腕を組み、不敵に笑った。
「……許可する。野蛮な王者に、日本の『沈黙』を教えてやれ」
ドォォォン!!
ねねが投げたグレネードが、まだ姿も見えないヴィクターの陣取るビルを正確に強襲した。
『――What!?』
ボイスチャットから漏れたのは、ヴィクターの驚愕の声。
姿を見せる前に、位置を特定され、先制攻撃を受けた。世界最強のプライドが、わずかに揺らぐ。
「……そこだ」
レイが指先を滑らせる。
彼女がマウスをクリックしたのは、敵が遮蔽物から「顔を出す直前」――未来の座標だった。
パンッ! と乾いた銃声。
ヴィクターが画面に現れたコンマ一秒後、彼のヘルメットにはすでに弾丸が着弾し、火花を散らしていた。
『……Ghostの弟子、と言ったのは訂正しよう』
ヴィクターの声が、ヘッドセット越しに低く響く。
『君たちは、Ghostの影ですらない。……ただの「バグ」だ』
その直後、ヴィクターが「覚醒」した。
世界王者の本能。彼は、Trinity Raidが「予測」で撃っていることを瞬時に理解し、その予測を上書きする「不規則な超高速移動」で間撃を縫い始めた。
画面の中のヴィクターが、物理法則を無視した残像のような動きでレイの視界を撹乱する。
「……速い……! 予測データが、一瞬で書き換えられる……!」
ほむらの指が、キーボードの上で踊る。
「ねね、見えないもん! どこ叩けばいいかわかんないもん!」
焦燥。一ヶ月の特訓で得た「正解」が、ヴィクターという圧倒的な「個の暴力」に捻じ伏せられようとしていた。
「……落ち着け。レイ、ほむら、ねね」
葉月の低い声が、フロアの温度を数度下げた。
「……ヴィクターの動きは、確かに速い。だが、奴は致命的なミスを犯している。……『自分だけが最強だ』と思い込んでいることだ」
葉月の指が、三人の共有モニターの端を叩く。
「……レイ、目をつぶれ」
「えっ……?」
「いいから閉じろ。……画面を見るな。ほむらが弾き出す『音』と『風圧』のデータだけを信じろ。……ねね、お前は盾になれ。一発も当てる必要はない、ただヴィクターの逃げ道を『音』で塞げ」
レイは、躊躇った。
だが、あの日、暗い夜道でコーチが言った言葉を思い出す。
――『お前が何度ミスをしても、それを正解に変えるために俺がいる』
(……信じる。コーチを。……そして、二人を!)
レイは、モニターの前で、そっと瞼を閉じた。
視界が消える。代わりに、耳元に届くほむらのキータイプ音、ねねの銃撃音、そして……ヴィクターが空気を切り裂く「衣擦れ」のような微かな残響が、一本の光の筋となってレイの脳内を走り抜けた。
「……ここ」
真っ暗な闇の中で、レイがマウスをクリックした。
それは、ヴィクターが「次に移動するはずの空中」――まだ誰もいない虚無への一撃。
[ TEAM : BLACK LOTUS _ VIKTOR WAS ELIMINATED ]
静寂。
世界中の観戦者が、そしてヴィクター本人が、何が起きたのか理解できずに固まった。
ヴィクターが高速移動の果てに着地した場所。そこに、あらかじめ置かれていた一発の弾丸が、彼の眉間を完璧に射抜いていた。
『……Invisible……(見えない弾丸か)』
ヴィクターの、乾いた笑い声が届く。
『……面白い。ロンドンで会おう、Trinity Raid。……僕の「暴力」が、君たちの「幽霊」を霧散させてあげるよ』
接続終了。
ログインからわずか十分。
世界1位を「目隠し」で葬り去ったという前代未聞のニュースは、この夜、世界中のFPS界を激震させた。
「……ふぅ。……コーチ、心臓止まるかと思いました」
レイが瞼を開け、大粒の汗を拭う。
葉月は、満足げに彼女たちの頭を一人ずつ乱暴に撫でた。
「……合格だ。……これで、世界中がお前たちを『ターゲット』にする。……ロンドンまでは、一秒も休ませないぞ」
その様子を遠く離れたロンドンの自室で、冷徹な目で見つめる男がもう一人。
「……ふん。相変わらず、趣味の悪い戦い方だ。……なぁ、OUKA」
『Black Lotus』の監督であり、葉月の因縁の相手――Machinaが、不気味に微笑んでいた。




