表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/70

第49話:沈黙の牙

 「――おい。意識をこっちに戻せ。マウスが泣いているぞ」

 葉月の冷徹な声が、静まり返ったフロアに響く。

 WiFi開通まであと三週間。ネットという外界との繋がりを断たれたこの「城」で、三人は狂ったように「オフライン・トレーニング」に没頭していた。

 これまでの彼女たちなら、一時間もボット(標的)を撃てば「飽きたー!」と叫んでいたはずだ。だが、今の三人は違う。

 昨夜、Mintyから聞いた「空白の十分間」。コーチがかつて、独りで背負い、そして壊れてしまった絶望の重さ。

 それを知った彼女たちの集中力は、もはや「努力」という言葉では生ぬるい、狂気すら孕んだ純度を見せていた。

(……なんだ、この精度は)

 背後で見守る葉月は、モニターに映るレイの視点移動を凝視し、内心で舌を巻いた。

 一切の迷いがない。標的に吸い付くようなエイム。リロードの一瞬の隙すらも、反射神経で最短化されている。

 

「コーチ。……次のメニュー、お願いします」

 レイがヘッドセットを外し、葉月を真っ直ぐに見つめる。

 その瞳には、不安も、甘えもない。あるのは、コーチがかつて辿り着いた「正解」の先を、自分たちが切り拓くという静かな殺意だ。

「……いいだろう。今日は『目隠し索敵』だ。音だけで敵の位置を三センチ以内の誤差で言い当てろ。外せば、明日の朝食は抜きだ」

「「「はいっ!!」」」

 三人の迷いのない返事が重なる。

 葉月は、彼女たちの変化の理由を測りかねていたが、今はそれを問う必要はないと感じていた。

 そんな中、フロアの重厚なドアが開き、Mintyが数人の大人を引き連れて入ってきた。

「はいはい、修行中失礼! 葉月、三週間目のお仕事よ」

 連れてこられたのは、高級そうなスーツを着た男たち。

 国内最大手の周辺機器メーカー『ゼノス』の役員たちだった。

「Mintyさん。……例の『新人プロ』とは彼女たちのことですか? 噂では聞いていますが……ネットも繋がらない環境で、一体何ができるというんです?」

 男の言葉には、あからさまな「客寄せパンダ」を見るような侮蔑が混じっていた。

「あら、失礼ね。うちの子たちは、ネットがなくても『世界』を獲れるわよ。……ねえ、コーチ。見せてあげなさいよ。『正解』の基礎体力ってやつを」

 葉月は、キャップを深く被り直し、三人に短く命じた。

「……練習通りにやれ。……ただし、一発も外すな。……外せば、クビだ」

 大人たちの冷ややかな視線に晒される、真っ白なオフラインの練習場。

 静まり返ったフロア。最新鋭のゲーミングデバイスから響くのは、心地よいはずの打鍵音ではなく、獲物を屠る直前の鋭い金属音だけだった。

「……目隠し索敵? 冗談でしょう。このデバイスの性能を宣伝してほしいと言ったんですよ。サーカスの芸が見たいわけじゃない」

 メーカー役員の男が、鼻で笑いながら時計に目をやった。

「いいから見てなさいよ。瞬き厳禁よ?」

 Mintyの余裕の笑みを合図に、葉月が短く指を鳴らした。

 三人は迷いなくヘッドセットを装着する。画面は暗転。一切の視覚情報が遮断されたトレーニングステージ。

 葉月がランダムに、ボット(標的)を配置するコマンドを叩く。カチッ、カチッ、という微かなポップアップ音。

「……右、45度、距離20」

 レイの声に、ねねのマウスが電光石火の如く走った。

 ドン、と一発。

 視界が戻った瞬間、そこには眉間を正確に撃ち抜かれた標的の残骸があった。

「……え?」

 役員の口が半開きになる。

 だが、それは序の口に過ぎなかった。

 続いてほむらが、ヘッドセットから漏れる微かな環境音だけで敵の移動パターンを割り出し、画面を見ることなく「予測射撃」で空中の標的を叩き落としていく。

 一切の無駄がない。一切のミスがない。

 それは、五年前のロンドンで人々を熱狂させ、同時に恐怖させた「伝説の指揮官」の動きそのものだった。だが、当時と決定的に違うのは、彼女たちの動きには「命令への服従」ではなく、コーチを守り抜こうとする強烈な「意思」が宿っていることだ。

「…………これ、は……」

 役員の手から、資料のタブレットが滑り落ちそうになる。

 ネットがないから、実力が見せられない?

 笑わせるな。ネットがないからこそ、彼女たちは「一発の重み」と「音の正体」を、脳に直接刻み込んできたのだ。

「……これ以上、見せる必要があるか?」

 葉月がキャップの鍔を上げ、初めて役員の目を真っ直ぐに見据えた。その瞳に宿る威圧感に、男は思わず一歩後ずさった。

「彼女たちはパンダじゃない。……世界を獲りに行く『怪物』だ。あんたたちのデバイスは、その牙の一部になれるか?」

「……失礼、しました。……すぐに、契約内容を見直させます。……追加の支援も、前向きに検討させてください」

 先ほどまでの侮蔑は消え失せ、男たちは震える声で頭を下げ、逃げるようにフロアを去っていった。

 再び訪れた静寂。

 ヘッドセットを外した三人は、肩を上下させながら、どこか誇らしげに葉月を見つめていた。

「……レイ。あんなメニュー、教えた覚えはないぞ。……いつからあんな精度で撃てるようになった」

 葉月の問いに、レイは少しだけ照れたように、だが力強く笑った。

「コーチが言ったんです。……『正解』は上書きできるって。……私たち、コーチが昔見た景色を、もっと綺麗な『正解』で塗り替えたいんです」

 その言葉の意味を、葉月は理解しきれなかった。

 だが、彼女たちの澄んだ瞳を見た瞬間、五年前のあの雨の日に凍りついたままだった彼の胸の奥が、わずかに熱を帯びた。

「……バカ野郎。浮かかれるな。……明日からは今の倍の速さでボットを動かす。一発でも外せば、連帯責任だ」

「「「望むところです!!」」」

 ネット開通まで、あと二週間。

 牙を研ぐ城の中で、彼女たちの「本能」は、もはや画面の枠を越えようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ