第47話:残響のプロトコル
深夜の『Minty Agency』最上階。
撮影用のライトが落とされたフロアは、窓から差し込む月光と、サーバーラックの青いLEDだけが不気味に明滅していた。
ネットの繋がらない最新鋭のPCを前に、三人は円を描くように座り込んでいた。
「……ねえ。今日さ、カメラマンさんに『もっと可愛く笑って』って言われたとき、一瞬、自分が何のためにここにいるか分かんなくなっちゃった」
ねねが、衣装として着せられたフリルの付いた袖を弄りながら、ぽつりと零した。
「ねねも……。あんなにフラッシュを浴びるより、今はキーボードの打鍵音が聞きたいよ。……ねえ、ほむらちゃん、レイちゃん。私たち、本当に世界で戦えるのかな」
「……不安なのは、筋肉を動かせていないからよ」
ほむらが、眼鏡を外して目元を指で押さえた。
「今日の実演プレイもそう。ネットがないからって、ただの『動かない的』を撃たされる。……世間は私たちを『綺麗な人形』として消費したいだけなんじゃないかしら。コーチがあれほど言っていた『正解』も、このオフィスの中じゃただの言葉遊びに聞こえてしまう」
「…………」
レイは、自分のマウスパッドを指でなぞりながら、二人の言葉を静かに聞いていた。
「私はね……コーチのあの目が、嘘だとは思えないんだ」
「コーチの目?」
ねねが顔を上げる。
「うん。……昨日、撮影の合間に一瞬だけコーチと目が合ったとき。……あの人、私たちの姿を見てなかった。私たちの後ろにある『戦場』を見てた」
レイの声に、少しだけ熱が宿る。
「でも、だからこそ知りたいの。どうしてあの人は、あんなに強いのに、自分では戦わなくなったんだろう。……配信で誰かが言ってた『OUKA』っていう名前。……コーチは、五年前、何を失ったの?」
「あら、意外と鋭いわね。……特にレイちゃん」
背後から響いた軽快な声に、三人が肩を跳ねさせた。
見返すと、そこにはワイングラスを片手に、壁に寄りかかるMintyの姿があった。
「Mintyさん……。いつからそこに?」
「最初からよ。……女の子同士の密談を邪魔するほど野暮じゃないわ」
Mintyは歩み寄り、葉月の主のいないゲーミングチェアに腰を下ろした。
「Mintyさん。……教えてください」
レイが、意を決したように顔を上げた。
「コーチ……葉月さんは、昔、どんな人だったんですか? 配信のチャット欄でみんなが言ってる『OUKA』って……そんなに凄い人だったんですか?」
Mintyの動きが、一瞬だけ止まった。
彼女はグラスを揺らし、琥珀色の液体越しに、弟がかつて座っていた無人のゲーミングチェアを見つめる。
「……そうね。あの子が『世界最悪の裏切り者』として追放されてから、もう五年か」
「裏切り者……!?」
ねねが息を呑む。
「あの子はね、今のあんたたちよりもずっと若くして、世界の頂点に王手をかけたの。FPSチーム『Ground Zero』。その中心にいたのが、最強の指揮官・OUKA。……でもね、あの子は強すぎた。強すぎて、業界の『正解』を全部ぶっ壊しちゃったのよ」
Mintyは、壁に投影されたホログラムディスプレイを操作した。
そこには、ノイズ混じりの古い映像――五年前の世界大会、決勝戦。
キャップを深く被り、今よりもずっと刺すような鋭い眼光を放つ、若き日の葉月の姿が映し出されていた。
「あれは、ロンドンで行われるはずだった……幻の決勝戦の前夜。あの日、あの子の身に何が起きたのか。……あんたたちにだけは、話しておかなきゃね」
窓の外、東京の夜景が歪み、五年前の雨に濡れたスタジアムの光景へと溶けていく。
それは、一人の天才が「正解」を求めた果てに、すべてを失った日の物語――。




