第44:世界への宣誓
焼肉屋での喧騒から数日。
Trinity Raidの公式チャンネルには、待機画面の時点ですでに3万を超えるリスナーが集結していた。
【緊急生放送】日本代表決定!コーチと一緒に世界大会への抱負を語る会【#TRWIN】。
「……よし、全員チェック。マイク、入ってるな?」
葉月の落ち着いた声が、裏方のDiscordから響く。
「準備万端だもん! コーチ、今日はリスナーのみんなに自慢しなきゃ!」
「ねねちゃん、自慢じゃなくて報告よ。……でも、確かに。今日は特別な日ね」
「……はい。皆さん、お待たせしました。始めましょう」
レイの合図とともに、画面が切り替わる。
そこには、いつもの三人のアバター。だが、背景には大きく『FGC FPS Global Championship LONDON』のロゴが踊っていた。
「「「こんレイドー!! Trinity Raidです!!」」」
挨拶と同時に、チャット欄が制御不能な速度で流れ始めた。
『おめでとううううう!!』
『日本代表! 夢じゃないんだな!!』
『コーチいる!? サクラバさんの声聞こえるぞ!!』
『あのP2020の解説してくれw』
『ロンドン行くの!? オフライン!? マジか!!』
「みんな、応援本当にありがとう! 準優勝だったけど、無事に世界大会の切符を手に入れたよ!」
レイが晴れやかな声で告げる。焼肉屋での涙は、もうそこにはなかった。
「……そして、今日は特別なゲストがいます。私たちの『正解』を導いてくれた、鬼コーチです」
「……鬼は余計だ。……こんばんは、コーチの桜庭だ」
葉月が短く挨拶すると、画面上の「草(笑い)」と「待ってました!」の文字が画面を埋め尽くす。
「コーチ、リスナーのみんなが『ロンドンで勝てるの?』って心配してるよ!」
ねねが無邪気に、だが核心を突く質問を拾い上げた。
葉月は、自室で安物のコーヒーを一口飲み、マイクに向かって静かに、だが重みのある声を届けた。
「……正直に言おう。今の彼女たちでは、世界には一歩も届かない。……だが、世界大会は半年後だ。その半年という時間は、俺が彼女たちを『バケモノ』に変えるには十分すぎる時間だと思っている」
チャット欄が一瞬、静まり返った。
根拠のない自信ではない。予選を戦い抜いた彼女たちのポテンシャルを、誰よりも信じているからこその言葉。
「……半年後、ロンドンのステージでお前たちが見るのは、日本代表という名の『敗者』じゃない。世界を上書きしに来た、三人の『正解』だ。……震えて待っていろ」
葉月の宣言に、リスナーたちが再び熱狂する。
そして、画面の端。
一通の、高額な「赤スパ(スーパーチャット)」が投げ込まれた。
『Good luck, Little Birds. ロンドンの霧の中で、君たちの翼が折れるのを楽しみにしているよ』
画面を横切った鮮烈な赤。
『Victor_BL』という、FPS界でその名を知らぬ者はいない「絶対王者」からのスーパーチャットに、数万人のリスナーが息を呑んだ。
『……え? 今の、本物?』
『Black Lotusのヴィクター!? なんでここにいるんだよ!!』
『「翼が折れるのを楽しみにしている」……これ、完全にロックオンされてるだろ……。』
『怖い……。世界一位が日本の新人を監視してるの……?』
「……ヴィ、ヴィクター……? あの、世界最強の……?」
レイの声が、目に見えて震え始めた。画面越しでも、彼女が硬直したのが伝わってくる。
ほむらも無言になり、ねねの騒がしかったチャット読みもピタリと止まった。
王者の威圧感は、たった一行のテキストだけで、日本の新人たちを「絶望」の淵に追いやる。
だが、葉月は自室で、冷え切ったコーヒーのカップを静かに置いた。
(……相変わらず、趣味の悪い挨拶だ。ヴィーのやつ)
葉月はマイクのミュートを解除し、低く、地を這うような声でマイクに乗せた。
「……聞こえているか、ヴィー。わざわざ極東の新人配信にまで足を運ぶとは、随分と暇なようだな」
葉月の「煽り」に、チャット欄が再び爆発する。
「……安心しろ。こいつらの翼は、お前が思っているほどヤワじゃない。……ロンドンの霧の中で見失わないよう、今のうちにその自慢の『眼』を磨いておくんだな」
一瞬の静寂。
直後、画面の端で再び高額なスパチャが飛んだ。中身はない。ただの「無言の赤」。
それは、ヴィクターが満足げに、あるいは面白そうに「承諾」した合図だった。
「こ、コーチ……! あんな、世界一の人にそんなこと言って大丈夫なの!?」
ねねが悲鳴を上げる。
「……大丈夫よ、ねねちゃん。……言ったからには、もう、やるしかないわ。……ね、レイちゃん」
ほむらの問いかけに、レイがゆっくりと、だが力強く頷いた。
「……はい。コーチがああ言ってくれたんだから。……私たち、世界一に喧嘩、売っちゃったんですよね」
レイの瞳には、先ほどまでの怯えはない。
「世界最強」に目をつけられたという恐怖が、今は「倒すべき標的」としての熱量に変わっていた。
「……配信を閉じるぞ。……いいか、三人とも。お祝いはこれでおしまいだ」
葉月は、淡々と、だがどこか楽しげに宣言した。
「明日から、世界一の男に恥をかかせるための『正解』を叩き込む。……六時集合だ。一分でも遅れたら、ロンドンには置いていく」
「「「はいっ!!」」」
三人の力強い返声が重なり、配信は真っ暗なエンドロールへと切り替わった。
同時視聴者数、最終的には10万人突破。
「世界最弱」と蔑まれた少女たちが、ついに「世界王者」の視界に入った歴史的な一夜。
葉月はヘッドセットを外し、暗い自室で一人、窓の外を見つめた。
スマホの画面には、かつての戦友たちからの通知が止まらない。
(……待ってろよ、ヴィー。……俺の教え子が、お前の『常識』を上書きしに行くからな)




