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第40話:静寂と狂騒の境界線

 [ Trinity Raid THE CHAMPION ]

 画面を埋め尽くす黄金の文字。

 その瞬間、葉月の安アパートのモニターからは、実況者の絶叫に近い咆哮が漏れ出した。

『信じられない! Trinity Raid! 弾丸一発の絶望から、地形を利用した「罠」で格上を飲み込んだぁぁ!!』

 だが、葉月の六畳一間の自室は、不気味なほどに静かだった。

 聞こえるのは、高鳴る自分の鼓動と、熱を持ったPCのファンの回転音だけ。

 ボロボロのマウスを握りしめていた指を、ゆっくりと解く。

 指先は、自分でも驚くほど白く震えていた。

(……獲りやがった。あの土壇場で、俺の「悪だくみ」を正解に変えやがった)

 画面の中では、三人のアバターが抱き合うようにして跳ねている。

「勝った! 勝ったよコーチ! 見てるー!?」

 ねねの、マイクが割れんばかりの絶叫がヘッドセット越しに響く。

「……信じられない。……でも、最高の計算通りね」

 ほむらの、安堵に震える声。

「……コーチ。私、リスポーンして……本当によかった……っ」

 レイの、涙を堪えて絞り出したような声。

 三人の声は、Discordのボイスチャットを通じて、葉月の耳元に直接届けられる。

 葉月はマイクをオンにし、いつもの冷淡な声を意識して短く告げた。

「……喜びすぎだ。あんなの、相手が慢心していただけのラッキーパンチに過ぎない」

「えっ、コーチ……!?」

 ねねの落胆した声が響く。だが、葉月はフイとモニターから視線を逸らし、独り言のように付け加えた。

「だが――あの状況で折れずにフライパンを振り回した根性だけは、俺の想定を超えていた。……今日だけは、自分を褒めておけ」

 回線の向こう側で、三人が「やったぁぁぁ!」と再び爆発する。

 

 勝利の文字が画面に刻印された瞬間、公式配信の同時視聴者数を示すカウンターが、一気に跳ね上がった。

 公式大会生配信の視聴者が100万を突破しようとしている。

 普段なら注目されない「日本リージョン予選」のいち試合に、今、日本のFPSファンどころか世界中のゲーマーが釘付けになっている。

 チャット欄はもはや、肉眼で追える速度を超えていた。

『嘘だろおおおおおおお!!』

『REIGNを初期武器で壊滅!? 何が起きたんだよ!!』

『ねえ泣いてる。レイちゃんがリスポーンして勝つの熱すぎ……。』

『P2020とフライパンwww 舐めプじゃなくてガチの戦略だったのかよ!!』

『コーチの登録名『H.Sakuraba』……誰だよ。検索しても何も出てこない』

『 ……待て。今の「誘爆させて車を落とす」ムーブ。五年前の伝説、OUKAが得意としていた『嫌がらせ』にそっくりなんだが』

『まさかTRに、あのOUKAがついてるってのか?』


 公式配信の解説席も、困惑を隠せない。

『……信じられない展開です。Trinity Raid、この土壇場で、教科書にはない「正解」を叩き出しました! 実況の私にも、彼女たちの背後に巨大な「影」が見えるようです!』

 暗い自室。葉月は、眩しすぎるモニターの光を避けるように、深くため息をついた。

 オンライン大会の規約上、コーチはボイスチャットには参加できるが、その姿が表に出ることはない。

 だが、その「不在の存在感」が、かえってネット上の疑惑を加速させていた。

(……騒がれすぎだ。名前だけでそこまで辿り着くか、普通)

 葉月は、かつての戦友や業界の重鎮たちからの「OUKA、お前なのか?」という執拗なメッセージが届くスマホを、無造作に机に伏せた。

 

 そして、海の向こう側。

 海外プロチーム『Black Lotus』の専用サーバーでは、エースのヴィクターがこのリプレイを凝視していた。

『……見つけたよ、Ghost。日本で何をして遊んでいるんだ?』

 その宣戦布告は、まだ葉月の耳には届かない。

「コーチ! 見た!? 公式配信、私たちの名前で埋まってるよ!」

 ねねの、ヘッドセット越しでも分かるほどの絶叫。

「……コーチ。私たち、やりました。……日本の『正解』、書き換えられましたか?」

 レイの、安堵と誇らしさが混じった震える声。

 葉月はマイクのスイッチを入れ、冷淡な、だがどこか熱を帯びた声で告げた。

「……喜びすぎだ。次は予選の最終マッチ。今のでお前たちは、国内の全チームから『最も警戒すべき敵』に格上げされた。次は今回のような奇策は通じないぞ」

「ええーっ! 余韻ゼロ!? さすが鬼コーチ!!」

「……ええ。望むところよ。次は『偶然』じゃないってことを、日本中に分からせてあげるわ」

 ほむらの不敵な笑みが、マイク越しに伝わってくる。

 日本を「世界最弱」と嘲笑った全ての者たちへ。

 彼女たちの快進撃は、まだ一ページ目に過ぎない。

「……よし。……獲ってこい。残りの、全部をな」

 葉月は、誰にも見えない暗い自室で、小さく、だが確かに拳を握りしめた。

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