第39話:沈黙の指針
[ TEAM : REIGN WAS ELIMINATED ]
レイが脱落し、誰もが「終わった」と確信した。
だが、ねねが野生の勘で戦火を潜り抜け、ほむらがコンマ一秒の計算をし、勝利をもぎ取ってリスポーンビーコンを起動させた。
空から降りてきたばかりのレイは、初期装備の拳銃と、かき集めた数本の包帯しか持っていない。
この大会、試合が始まればコーチの声は届かない。
(……喜ぶな。まだだ、まだ終わっていないぞ)
コーチ席。葉月は、叫び出しそうな衝動を抑え込み、指が白くなるほど膝を握りしめていた。
画面の中では、倒れ伏す王者の死体の傍らで、ねねがぴょんぴょんと跳ねている。
マイクは生きていない。彼女たちの「おかえり!」「ただいま!」という声も、葉月には届かない。
だが、ねねはふと、カメラのレンズを覗き込むように顔を近づけた。
そして、何も聞こえないはずの葉月に向かって、指を一本立てる。
――『一等賞、取ってくるね』
その口の形。無邪気な、あまりに無邪気な勝利の予言。
「……バカ野郎。勝手に決めるな」
葉月は独り言ちた。
彼女たちのリソースは限界だ。弾薬は底を突き、回復薬もレイが持っている包帯が数本。
対して、安置の反対側――南の集落を制圧し、完璧な状態で北上してくるチームがいる。
[ Team:Gale Front ]
漁夫の利を狙う、ハイエナのような準大手チーム。
彼らは知っている。Trinity Raidが王者を倒し、今は「弾一発すら惜しい」ボロボロの状態であることを。
「……ほむらちゃん、右から車! 二台!」
「わかってる。……でも、弾がもう十発しかないわ」
「ねね、フライパンあるもん! 叩くもん!」
レイとほむらの焦燥を、ねねの脳天気な声が塗りつぶす。
葉月はモニターを凝視する。
本来ならここで「引け」と指示したい。だが、声は届かない。
(……思い出せ。昨日の夜、俺が教えた『最後の一手』を)
葉月の視線が、マップ上の一点に突き刺さる。
そこは、安置からわずかに外れた、遮蔽物のない「崖下」。
ねねが、不意に走り出した。
敵の車に向かってではない。真逆の、崖下に向かって。
「ねねちゃん!? どっち行くの!?」
「こっち! センセーが昨日、ここが一番気持ちいいって言ってたもん!」
葉月は目を見開いた。
昨日、休憩中に雑談混じりで話した「マップのバグに近い地形の隙間」。
戦術ですらない、ただの「知識の断片」。
それを、ねねはこの極限状態で「正解」として選び取った。
追ってくる『Gale Front』の車が、崖上から彼女たちを見失う。
声の届かないコーチと、野生の直感で動く教え子。
沈黙の中で、二人の「悪だくみ」が、今度こそ会場中の度肝を抜こうとしていた。
崖下、わずかな岩の窪み。
そこは、本来なら安置から外れ、じわじわと体力が削られる「死地」だ。
だが、頭上を掠めていった『Gale Front』の車両二台が急ブレーキをかけ、タイヤを悲鳴させた。
「消えた……!? どこに行った、あいつら!」
崖上。敵チームの焦燥が、イヤホン越しに伝わってくるようだ。
彼らの視界から、Trinity Raidの三人は忽然と姿を消した。
(そこだ。……今、お前たちの真上に『無防備な腹』を見せているぞ)
コーチ席。葉月は、身を乗り出すようにモニターを凝視する。
この場所は、テクスチャの隙間にある「安置外の安全地帯」。
昨日の夜、休憩中に雑談混じりで葉月が教えた、プロですら見落とす知識の断片だ。
「……ほむらちゃん、今!」
「ええ……。コーチの『嫌がらせ』、完遂するわ」
ほむらが、最後の一発――温存していたグレネードを、真上の崖の縁に向かって放り投げた。
崖上では、敵が車から降り、周囲を索敵しようとした瞬間だった。
ドォォォォォン!!
爆風が、彼らが乗ってきた車両の燃料タンクを直撃する。
誘爆。
崖の上で巨大な火柱が上がり、爆風に煽られた車両が、そのまま崖下へと「落下」してきた。
「ねね、叩く! 落ちてきたやつ、全部叩くもん!!」
「……私も、これ以上は負けられない……!」
落下し、横転した車から這い出そうとする敵チーム。
そこへ、弾切れのねねがフライパンを振り回して躍り出る。
そして、リスポーンしたばかりのレイが、初期装備の拳銃(P2020)を握りしめ、咆哮とともに飛び出した。
パン、パン、パン! と乾いた音が響く。
物資の差なんて関係ない。
虚を突かれ、パニックに陥った準大手チームを、三人の「執念」が飲み込んでいく。
[ TEAM : GALE FRONT WAS ELIMINATED ]
ログが流れた瞬間、会場の静寂が、地鳴りのような咆哮に変わった。
『信じられない! Trinity Raid! 弾丸一発の絶望から、地形を利用した「罠」で格上を飲み込んだぁぁ!!』
画面の中、三人が肩を寄せ合って勝利のポーズを決める。
葉月は、ゆっくりと膝の力を抜いた。
バクバクと心臓がうるさい。現役時代、世界一を決めた時ですら、こんなに熱くなったことはなかった。
ふと、カメラが勝利した彼女たちのアップを映し出す。
ねねが再び、レンズの向こう側の葉月を見つめた。
今度は、一本ではなく――「三本」の指を立てる。
――『あと三つ、勝ってくるね。コーチ!』
世界最弱と笑われた日本代表、その快進撃はまだ、始まったばかりだ。
「……ああ。全部、獲ってこい」
葉月は、誰にも見えないように、小さく笑った。




