第37話:死神の残光
[ V_Johan killed TR_Rei ]
非情なログが画面を流れ、リーダーのレイが戦場から消えた。
本来、チームの「脳」であり「矛」であった彼女を失ったTrinity Raidは、その瞬間に瓦解するのがプロの常識だった。
だが、現実は違った。
車を走らせるねね。
いつもなら「怖いよぉ!」と叫び声を上げ、仲間の指示を仰ぐはずの彼女が、今は一言も発さず、ただ前方の稜線だけを見据えている。
彼女の脳内には、試合前に葉月が叩き込んだ「地形の死角」のマップが、鮮明なレイヤーとなって重なっていた。
「……ねね、左。……三秒後に、車を九十度傾けなさい」
助手席のほむらが、短く告げる。
コーチの声が消えた静寂の中で、二人の意識は、かつてないほど「一つの意志」として同期していた。
一方、ヨハンを失い、蘇生に走ろうとしていた『Valkyrie』の残党は、混乱の極致にあった。
「……っ、ヨハンが落とされた!? 早く蘇生を! 敵は二人だ、構うな!!」
精密な計算を捨てた、怒りに任せた乱射。
だが、ねねはあえて速度を落とさず、敵の射線の「ど真ん中」を突っ切った。
『な、なんだあの動き!? Trinity Raid、自分から敵の懐に飛び込んでいくー!』
実況の田中が叫ぶ。
だが、それこそが葉月の授けた「毒」だった。
ねねが激しく車を蛇行させ、敵のエイムを撹乱する。そのコンマ数秒、敵が車を追って視点を固定した瞬間。
後部座席から身を乗り出したほむらの銃口が、吸い込まれるようにValkyrieの二人目を捉えた。
「――チェックメイト」
乾いた銃声。
[ TR_Homura knocked down Valkyrie_Support ]
ヨハンという脳を失い、感情に走ったValkyrieは、もはやTRの「合理的殺意」の敵ではなかった。
[ TEAM : Valkyrie WAS ELIMINATED ]
「……そうだ。それでいい」
コーチ席。葉月は、震える右手を左手で押さえつけ、モニターを睨みつけた。
三人から二人へ。
人数が減ったことで、逆に「予測すべきノイズ」が減り、二人の動きは一つの生き物のように研ぎ澄まされていく。
だが、その勝利の余韻を、一筋の鋭い弾道が切り裂いた。
狙撃の衝撃が、ねねの乗る車のフロントガラスを粉砕した。
王者の放つ初弾。それは、逃走経路を塞ぐための「警告」ではなく、確実に命を奪いにくる「処刑」の弾道だ。
安地の中央を盤石の布陣で守る絶対王者、生存三人の『REIGN』。
リーダーのCaptainが、ついにその牙を剥いたのだ。
(……来たか、王者)
葉月の視線の先、Captainの銃口が、レイを失い、リソースを使い果たした二人の死神に向けられていた。
「……っ、右から! 距離400、岩陰に一人、稜線上に二人!」
ほむらが叫ぶと同時に、車体を激しい火花が包む。REIGNの集中砲火だ。
遮蔽物のない平原。リソースは枯渇し、煙幕も残り一つ。
実況席が悲鳴を上げる。
『ああーっと! ここで絶対王者REIGNの介入だ! Trinity Raid、満身創痍の二人に逃げ場はありません!』
絶望的な状況。だが、ねねの瞳に怯えはなかった。
彼女の耳の奥には、練習場で聞き飽きるほど繰り返された、あの男の「不遜な声」が響いていた。
『――いいか、三体一より二体一の方が、情報の伝達速度は速い』
脳裏に浮かぶのは、ホワイトボードを叩く葉月の背中だ。
『三人の時は「面」で戦え。だが二人の時は「線」になれ。……敵の王者が完璧主義者であればあるほど、その「線」の細さは死角になる』
「……ほむらちゃん」
ねねが低く呟く。
「……ええ、わかってる。――『最速の最短』ね」
二人の意志が、火花を散らして噛み合った。
ねねはブレーキを思い切り踏み込み、時速百キロを超える車体を強引にスピンさせた。
車を「盾」として捨てる――のではない。
スピンの慣性を利用し、最後の一つの煙幕を、REIGNの射線ではなく「自分たちの進む直線上」に叩きつけた。
「なっ……突っ込む気か!?」
REIGNのリーダー、Captainが驚愕に目を見開く。
煙の中に消える車体。普通なら、煙幕の中で停止してやり過ごす場面だ。
だが、二人は止まらない。
煙を突き抜け、むき出しの平原を、王者の銃口が並ぶ「真正面」へと全速力で突き進む。
それは、FPSのセオリーをドブに捨てた、狂気の突撃。
しかし、これこそが葉月の授けた、対王者用の「劇薬」だった。
『完璧な布陣には、完璧ゆえの「硬さ」がある。予測不能な速度でその懐を抉れば、奴らの精密な歯車は一瞬で狂う』
「――今!!」
ほむらの合図。
走行中の車から、二人が同時に飛び出した。
慣性で無人のまま突き進む車が、REIGNの視線を一瞬だけ引きつける。
そのコンマ数秒。
地面を転がり、即座に膝をついたねねのレティクルが、岩陰から身を乗り出したREIGNのサブアタッカーを、一点の曇りもなく射抜いた。
[ TR_Nene knocked down REIGN_Ace ]
『……ッ!? 落としたぁぁ!! ねね、走り抜ける車を囮に、王者の守りに穴を開けた!』
コーチ席で、葉月の口元がわずかに吊り上がる。
震えていた右手は、いつの間にか止まっていた。
「そうだ。思考を止めるな。……王者の座から引きずり下ろせ」
残るは二人。
数的不利を覆し、少女たちは「死神の残光」を纏って、絶対王者の喉元へと躍り出た。




