第34話:死神の素顔
本選グループリーグ、AvsB。
予選11位の Trinity Raid が、絶対王者 REIGN を初動で叩き潰し、100ポイントという異常なスコアで「グループ優勝・決勝進出一番乗り」を決めてから三日。
インターネットの海は、未だにその衝撃で荒れ狂っていた。
TR公式チャンネル。配信開始三十分前にもかかわらず、待機所にはすでに25万人が詰めかけている。
SNSのトレンドは『#TR新衣装』そして、何より『#死神のコーチ』というワードが独占していた。
『決勝進出を決めた瞬間のあのオーダー、人間業じゃないだろ』
『「怪物」を育てた「黒幕」がついに喋るのか……?』
『11位をここまで変えた男、一体何者なんだ』
そんな世間の狂乱を余目に、都内のワンルームマンションでは、葉月が胃を抑えながらモニターを睨んでいた。
隣では姉のMintyが、ニヤニヤと笑いながら最高級のコンデンサーマイクをセットしている。
「……おい、姉貴。やりすぎだ。ただの音声出演だろ」
「いいから黙って! 決勝進出のお祝いよ。あんたの声がどれだけ『正解』に近いか、世界に知らしめてあげなさいな」
カチャリ、とボイスチャットが繋がる音。
待機していた三人の声が、ヘッドセット越しに流れ込んできた。
『コーチ。準備、いいですか?』
リーダーのレイ。声は凛としているが、マイクの向こうで激しく心拍数が上がっているのが、葉月には手に取るように分かった。
『ねね、お水三杯飲んじゃいましたぁ! コーチくん、緊張して変なこと言わないでくださいね?』
『ねねちゃん。コーチが緊張する確率より、あなたが放送事故を起こす確率の方が99%高いわ。……さあ、始めましょう。私たちの、最強の証明を』
時刻は二十時ちょうど。
レイが震える指で「配信開始」のボタンをクリックした。
暗転していた画面が、鮮やかな光と共に弾ける。
そこに現れたのは、これまでのカジュアルなパーカー姿ではない。
黒と紫を基調にした、ゴシックで洗練されたドレス。腰元には死神の鎌を模した意匠が輝き、瞳には「決勝進出者」としての鋭い光を宿した、新生・Trinity Raidの姿だった。
「皆さん、お待たせしました。グループリーグ1位通過、Trinity Raidです」
新衣装の破壊力に、チャット欄は一瞬で「可愛い!」「かっこいい!」「11位の面影がねえ!」という絶叫で埋め尽くされる。
だが、三人は互いに顔を見合わせ、いたずらっぽく、けれど最高に誇らしげに微笑んだ。
「今日は、新衣装だけじゃありません。決勝へ連れて行ってくれた、私たちの誇り。……コーチを紹介します」
同時視聴者数は、ついに45万人を突破。
葉月がマイクのミュートを解除した。
「……騒ぎすぎだ、お前たち。耳が痛いぞ」
――。
一瞬の、静寂。
直後、インターネットが物理的に揺れた。
『え、声良すぎだろ!?』
『待て待て、低音イケボすぎて脳が震える』
『……この落ち着き、ただの素人じゃない。何だこの威圧感は』
驚愕と、ある種の「納得」がチャット欄を埋め尽くす。
あの一週間、地獄のようなタクティクスを平然と授け、王者を絶望に叩き落とした「死神のタクト」。その主が、これほどまでに冷たく、重厚な存在感を持っていることに、視聴者たちは戦慄していた。
「湿度45%、維持できているか。ノイズが混じると、お前たちの声が聴き取りづらい」
葉月の徹底した「ルーティン」への言及に、リスナーたちは再びざわついた。
『湿度管理までさせてるのかよww』
『本物だ。こいつ、ガチの「怪物」だ』
配信開始からわずか数分。同接数はついに50万人の大台を突破した。
画面を埋め尽くすのは、新衣装への称賛と、初めて「声」を披露した謎のコーチへの驚愕だ。
『ガチのイケボじゃねーか……』
『喋り方の威圧感が完全にプロのそれなんだが』
『レイちゃん、こんな怖い人に教わってたの!?』
そんな視聴者の反応を横目に、レイが少しだけ誇らしげに、けれど緊張した面持ちで切り出した。
「えっと……今日は特別に、事前に募集したリスナーさんからの質問に、コーチにも答えてもらおうと思います!」
「勝手に企画を増やすなと言ったはずだ」
「あはは、いいじゃないですかコーチくん! 減るもんじゃありませんし!」
ねねの能天気なフォローを無視し、ほむらが淡々と最初の質問を読み上げた。
『質問:予選11位でバラバラだった三人を見て、勝てる見込みはあると思いましたか?』
一瞬、チャット欄の速さが緩まった。全リスナーが、この「死神」の回答を待っている。
葉月は、手元のマウスを無意識に一回クリックし、冷徹に言い放った。
「……見込みなど関係ない。勝てる素材を、俺が『正解』の場所に置いただけだ。……努力の量に酔うのをやめ、最短ルートを通れば、結果は自ずとついてくる。それだけの話だ」
全方位への、あまりにも傲慢な正論。
プロのこれまでの歩みさえ「非効率」と切り捨てるようなその回答に、リスナーたちは戦慄し、そして狂喜した。
『……今の聞いたか? 「素材を置いただけ」って』
『プロを全否定しやがったwww』
『でも実際、REIGNをハメ殺したもんな……』
質問は続く。『三人のうち、誰が一番お気に入りですか?』という、ラブコメ的な煽りを含んだ問いに対しても、葉月の回答は容赦なかった。
「お気に入り? ……。……。……全員、俺の指示を完遂するための『駒』だ。そこに感情を入れる隙などない。……強いて言うなら、一番マウスの滑りが安定しているのはほむらだ」
『ちょ、コーチ! 酷いですぅ! ねねのことも褒めてくださいよぉ!』
『……ふふ。……。……。……。……コーチらしいわね。計算外の答えだわ』
画面の中、頬を膨らませるねねと、どこか嬉しそうなほむら。
そしてレイは、真っ直ぐにカメラ(視聴者)を見据えて、宣言した。
「……私たちは、駒かもしれません。でも、このコーチが選んだ『最強の駒』なんです。……グループリーグの1位は、まだ通過点。……決勝でも、私たちはこの人の『正解』を証明して、必ず日本一を獲ります!」
レイの力強い言葉に、チャット欄は「推せる」「TRについていくわ」という熱狂に包まれた。
一時間の配信が終了し、画面が暗転する。
『THANK YOU FOR WATCHING』の文字が浮かび上がると同時に、葉月は深く椅子に背を預けた。
「……。……。……終わったな。これでもう満足だろ」
『……はいっ! コーチ、ありがとうございました!』
『……。……。……。……これで、世間も「正解」の主を知ったわね』
『ねね、お肉おねだりしちゃおっかなー!』
三人の明るい声が、ヘッドセット越しに響く。
日本一を決める「グランドファイナル」まで、あと七日。




