第33話:戴冠の正解
「……決まりましたぁぁぁーーー!! 本選グループAvsB、最終順位が確定!! 総合優勝は……Trinity Raid!! 予選11位からの、下剋上達成だぁぁ!!」
スタジオの実況、田中が絶叫しながら、手元の集計モニターを指差す。
「見てください、このスコア! 第1、第2、そして今の劇的な第3マッチ! 100ポイントを突破し、自らの手で『優勝』を掴み取りました!!」
画面には、黄金の王冠マークが添えられた最終リザルトが映し出される。
1位:Trinity Raid(122pt)
2位:REIGN(88pt)
3位:ASTRA(82pt)
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王者REIGNに40ポイント近い差をつけ、文字通りの独走。
「佐藤さん、これ……もはや『奇跡』なんて言葉じゃ片付けられませんよ!」
「……ええ。……。……。……全チームが彼女たちを『ターゲット』にして、初動で一人を欠き、二人になってもなお、ポイントを毟り取った。……。……。……そして最後、レイ選手が一人で王者を壊滅させたあの0.1秒の射撃。……。……。……。……完敗ですよ。日本FPS界の歴史が、今日、この瞬間に塗り替えられました」
解説の佐藤は、震える手で資料を置き、深々と椅子に背を預けた。
配信の同時視聴者数は、ついに40万人を突破。
チャット欄はもはや流動する光の壁と化し、SNSのトレンドは1位から10位まで、すべてTRに関連するワードで埋め尽くされていた。
『……伝説だ。……今、俺たちは伝説の誕生を目撃したんだ』
『「Vのプロごっこ」って言った奴ら、息してるか!?』
『11位の死神が、本物の王様を玉座から引きずり下ろしやがった!!』
そんな狂騒のド真ん中。
各自室で、デバイスからそっと手を離した三人の少女たちは、勝利の喜びよりも先に、肺が焼けるような激しい呼吸を繰り返していた。
『……。……。……勝った。……。……。……私たち、本当に、勝っちゃったんだ……』
レイの声が、極限の緊張から解放され、微かに震える。
『……。……。……論理的には、不可能に近い逆転劇だったわ。……。……。……でも、私たちの指先は、コーチのくれた「正解」を、最後まで離さなかった……』
ほむらが、涙で曇った眼鏡を外し、目元を拭う。
『……う、うわぁぁぁん!! ほむほむ、レイレイ!! やったよぉぉ!! お肉! お肉だよぉぉ!!』
ねねが、画面の向こうで子供のように泣きじゃくり、拳を突き上げる。
その時。
カチャリ、とマイクが入る無機質な音が、三人の耳に届いた。
一週間、彼女たちを地獄に突き落とし、冷徹に「正解」だけを求め続けた男の、静かな声。
「……。……。……。……。……。……。……。……」
数秒の沈黙。そして、葉月はゆっくりと口を開いた。
「……。……。……一秒も、無駄にしなかったな。……。……。……おめでとう、自慢の怪物ども」
「……自慢の怪物、か。……ふふ、最高の褒め言葉ね、コーチ」
ほむらが、涙を拭った眼鏡をかけ直し、不敵に微笑んだ。
画面上の『Trinity Raid THE CHAMPION』の文字が、三人の眼下に黄金色に輝いている。
その直後だった。
葉月の手元のスマートフォンが、壊れたかのように震え出した。
通知欄を埋め尽くすのは、Mintyからの『肉! 肉! 肉!』という狂乱のメッセージ……ではない。
『……見つけた、OUKA』
送り主は、かつて世界を共に制した最強のスナイパー、Machina。
今は欧州のトップチームを率いる彼からの、短くも重い一文。
葉月は無言で画面を伏せた。
この「異質すぎる正解」の連続。かつての戦友たちが、その指紋に気づかないはずがなかったのだ。
一方、公式配信のインタビュー席。
実況の田中が、興奮を抑えきれない様子でカメラを指差した。
「さあ、皆さん! 優勝した Trinity Raid の皆さんには、後日、公式スタジオでの独占インタビューが予定されています! ……ですが、その前に、彼女たちのSNSが大爆発していますよ!!」
画面に映し出されたのは、レイの公式アカウントの投稿だった。
『応援ありがとうございました! ……約束、守りましたよ。……次は、私たちの「コーチ」を世界に自慢する番です。……三日後、新衣装お披露目配信。……ゲスト:私たちのコーチ』
その投稿がアップされた瞬間、同接40万人の視聴者たちが、一斉に絶叫した。
『……マジか!? あの「死神のタクト」を振ってた黒幕が出るのか!?』
『声だけ? 顔出し!? 11位を怪物に変えた男、絶対に見る!!』
『……ってか、レイのあの書き方……完全に「自慢の彼氏」紹介するテンションじゃねーか!!』
各自室。
レイは、投稿を終えて真っ赤になった顔を両手で覆った。
「……言っちゃった。……言っちゃったよぉ……っ」
『……。……。……いいじゃない、レイちゃん。……。……私たちの「正解」を、今度は世界にわからせてあげるのよ』
ほむらの声も、どこか浮き立っている。
『ねね、お菓子いっぱい用意して待ってますからね! コーチくーーん!!』
都内の暗いワンルーム。
葉月は、モニタ-の中で騒ぐ教え子たちの声を聞きながら、深く、深く椅子に背を預けた。
「…………。……。……ったく、勝手に決めやがって」
呆れたような呟き。
だが、その手元にあるマウスは、五年前のあの日以来、最も軽く、そして熱を帯びていた。
日本を黙らせた「死神」たちは、今、世界という名の深淵へと、その一歩を踏み出した。




