第30話:王手の宣告
本選AvsB、第2マッチ終了時点の暫定順位表がメインモニターに映し出された瞬間、配信の同時視聴者数は25万人を突破し、チャット欄は物理的に追えない速度で埋め尽くされた。
「……信じられない。……田中さん、これ、現実のスコアボードですよね?」
スタジオの解説、佐藤が、手元の資料を握りしめたまま呆然と呟いた。
「間違いありません。……暫定1位、 Trinity Raid。……第1、第2マッチ連続のチャンピオン。……合計ポイントは、すでに80ポイントに到達しました!!」
実況の田中が、震える声でマイクを握り直す。
「いいですか視聴者の皆さん、今回の本選規定をもう一度おさらいしましょう。……この AvsB の全6試合のうち、合計100ポイントに到達したチームが、さらに『チャンピオン』を獲った瞬間に、このグループの総合優勝が確定します。……つまり、彼女たちは次の第3マッチで20ポイント以上を稼げば、その次の試合からは、勝った瞬間に決勝進出が確定する『マッチポイント』に突入するんです!」
田中の絶叫が、スピーカー越しに日本中の視聴者を戦慄させる。
予選11位、誰からも「カモ」だと思われていたVtuberの三人が、決勝への最短切符に王手をかけている。
「……ですが田中さん、問題はここからです。……今回、本戦決勝へ進めるのは『総合優勝チーム』を除けば、ポイント上位のわずか9チームのみ。……合計10枠しか椅子がないんです」
佐藤の声が、低く、重く響く。
「現在、TRが独走していることで、他の23チームの計算は完全に狂いました。……彼女たちが早々に優勝を決めれば、残された席はたったの9つ。……今、ボーダーライン上にいるプロチームからすれば、TRにこれ以上ポイントを稼がれることは、自分たちの『予選敗退』を意味します」
「……。……。つまり、次の第3マッチからは……」
「ええ。……全チームが、なりふり構わずTRを『潰し』に来るでしょう。……もはや、自分たちがドン勝を狙う以上に、11位を初動で排除することが、決勝へ進むための唯一の『正解』になってしまったんです」
画面には、各自室でデバイスを握り直すプロたちの、血走ったような眼光が映し出されていた。
第3マッチ、カウントダウン。
2連覇という「衝撃」は、今、戦場にいる72人全員を狂わせる「毒」へと変わろうとしていた。
実況席が「TR包囲網」の成立を確信し、視聴者が固唾を呑んで見守る中、ボイスチャットの静寂を、葉月の冷徹な声が切り裂いた。
「……。……。浮かれるな。……今のお前たちは、全チームから『予選通過を阻む最大の障害』として認識されている」
カチャリ、とマイクが入る無機質な音。三人は、それぞれの自室で、一瞬だけ見せた安堵の表情を消し、再び戦士の顔に戻った。
「……100ポイント。……王手だ。……だが、王手をかけた瞬間が、最も『安地』から遠ざかると思え。……第3マッチ、お前たちを初動で落とせば、他のチームには決勝進出の目が生まれる。……23チーム、69人のプロが、お前たち一人一人の首を、賞金首として狙い、追い回してくるだろう」
『……ハァ、ハァ……。……コーチ、もうロビーチャットが怖くて見られません。……「TRだけは絶対に生かして帰さない」って……。……みんな、目が血走ってるみたいで……』
ねねの声が、再び恐怖で震え始める。
『……。……。いいじゃない。……全チームが私たちを狙うということは、盤面の動線がすべて、私たちに向かって収束するということよ。……計算は、より「単純」になるわ』
ほむらは、返り血を浴びた眼鏡を拭くことさえせず、次のパルス予測を上書きし続けていた。
「……レイ。……。……第3マッチの作戦だ。……。……お前たちは、あえて『最も目立つ場所』へ降りろ。……。……死神が隠れるのをやめたとき、戦場がどうパニックに陥るか……教えてやれ」
『……。……了解。……コーチのロジックを、また一つ、上書きしにいくよ』
レイは無言で、手元のデバイスの感度を再確認した。
第3マッチ、カウントダウンがゼロになる。
実況席。田中が、興奮を抑えきれない様子で身を乗り出す。
「さあ、注目の第3マッチ! 80ポイントで首位を独走する Trinity Raid ! 全チームが彼女たちを『ターゲット』にする中、彼女たちは一体どこへ逃げるのか、あるいは、どこに潜むのか――っ!?」
輸送機から躍り出た三つの影。
その軌道を見た瞬間、佐藤が絶叫した。
「……佐藤さん、これ! 逃げるどころか、全チームのど真ん中へ、自分から正体を晒して突っ込んでいきますよ!!」
11位、 Trinity Raid 。
二連覇という「衝撃」を、確固たる「支配」に変えるための、最も過酷な、そして最も残酷な戦いの幕が上がった。




