第29話:盤面の支配者
第5パルスの収縮。安地は市街地を外れ、遮蔽物の乏しい緩やかな斜面へと絞り込まれていた。
その中心付近、僅かな岩陰に陣取る Trinity Raid の三人の周囲を、生き残った5チームが円を描くように包囲し、一斉に銃口を向けている。
『……ハァ、ハァ……。周りの車……全部、こっちを向いてますぅ! まるで、私たちが安地の中心になったみたいです……!』
ねねの悲鳴に近い報告。
普通なら、一歩動けば五つの方向から弾丸を浴びて即死する「詰み」の局面。だが、ほむらの眼鏡の奥では、冷徹な計算が完了していた。
『……ねねちゃん、落ち着いて。……誰も、私たちを撃てないわ』
ほむらの不敵な呟き。
円状に包囲している5チームは、すべて予選を勝ち抜いたプロの強豪だ。彼らは熟知している。今、この静寂の中で最初に銃声を響かせれば、その瞬間に「自分の居場所を他の4チームに晒すことになる。
『……レイちゃん、10時方向と2時方向を見て。……あいつらは、私たちを殺したい。……でも、それ以上に、隣のチームに「横槍」を入れられて脱落することを恐れているわ』
包囲網は、完璧であればあるほど、お互いが互いを監視し合う「相互監視の檻」と化す。
一発撃てば、残りの4チームがその銃声を合図に「漁夫の利」を狙って一斉に牙を剥く。プロ特有の慎重さが、逆に彼らの引き金を重くさせていた。
『……レイちゃん、ねねちゃん。……コーチが授けたのは、この膠着を利用するロジックよ。……私たちが動かなければ、彼らは安地の外側から迫るパルスに追われ、先に「隣のチーム」を撃たざるを得なくなる』
「……。……了解。……彼らの『プロとしてのプライド』を、そのまま監獄の格子にするんだね」
レイは、王者から奪ったライフルの銃口を、あえてどこにも向けずに静止させた。
パルスの収縮まであと30秒。
「11位を殺せ」という殺意に満ちていた戦場は、いつしか「誰が最初に撃つか」という、互いの顔色を伺い合う滑稽な心理戦へと変貌していた。
『……。……。……見て。……パルスが動いたわ。……さあ、誰が最初に、隣のプロを裏切るかしら?』
ほむらの冷徹な合図。
パルスの青い光が背後に迫り、プロたちの「余裕」が削り取られていく。
沈黙を破ったのは、 Trinity Raid ではない。
焦りに耐えきれず、隣のチームへ向けて放たれた、一発の裏切りの銃声だった。
――ッパァン!!
沈黙を破ったのは、 Trinity Raid ではない。安地の外側に迫るパルスに耐えきれず、隣のチームの背中を撃ち抜いた、どこかの中堅チームの焦燥だった。
その一発が、張り詰めていた「相互監視の檻」を木っ端微塵に砕いた。
「決壊したぁぁ!! 5チームが同時に牙を剥いた! 乱戦、いや共食いです!! 全チームが互いの背後を狙い、射線がめちゃくちゃに入り乱れています!!」
スタジオの実況、田中が裏返った声で叫ぶ。
『……演算通り。……盤面が崩壊したわ。……ねねちゃん、レイちゃん。……私たちは一歩も動かない。……この「嵐の目」の中で、パルスに追われて飛び出してきた獲物を、ただ刈り取るだけよ』
ほむらの冷徹な号令。
周囲では、強豪たちが互いの射線を遮り合い、泥沼の共食いを演じている。だが、中心に座る三人は、その爆音をBGMに、岩陰から悠々と銃口を突き出した。
「見てください! 中心にいる TR だけが、全くの無傷! 彼女たちの周りでプロたちが勝手に傷つき、安地へ逃げ込もうとする背中を、レイ選手が、ねね選手が、淡々と撃ち抜いていく!!」
「……佐藤さん、これ、彼女たちは最初からこの『膠着』を狙っていたのか……!?」
「……おそらく。……自分たちを撃てば漁夫られるというプロの心理を逆手に取った、完璧なチェスですよ、これは……っ!!」
解説の佐藤が戦慄に声を震わせる。
[ TR_Nene knocked down TEAM_D_Leader ]
[ TR_Rei killed TEAM_E_Ace ]
一歩も動かず、一滴の血も流さず。
自分たちを包囲していたはずのプロたちが、自分たちの目の前で勝手に崩れ、11位の少女たちのスコアへと変換されていく。
配信のチャット欄は、もはや恐怖に近い熱狂で埋め尽くされていた。
『……は!? 一歩も動いてないのにキルログが止まらない!』
『もはや、盤面を支配する神か何かかよ……』
第2マッチ終了のファンファーレが、電子の空に響き渡った。
[ Trinity Raid THE CHAMPION ]
二連続の、金文字。
「決まったぁぁーー!! 第2マッチも制したのは、 Trinity Raid !! 二連覇! 二連覇です!! 11位の『怪物』たちが、またしても頂点に立ちました!!」
各自室。
レイは、汗で湿ったマウスからそっと手を離した。
ほむらは、深く椅子に背を預けて眼鏡を直し、ねねは、「やったぁぁぁ!!」とモニターの前で泣き笑いの声を上げている。
カチリ、とマイクが入る音。
「……。……及第点だ。……。……第1、第2マッチ、完全制覇。……。……さあ、世界を絶望させる仕上げの時間だ」
葉月の声が、暗い部屋の中で誇らしげに、けれど誰よりも冷酷に響いた。
伝説の逆襲。その第二章が、鮮烈な「正解」と共に完結した。




